#6 街の中の森の館の主

 騎士風の男は広場を見まわして探すが、影も形も見当らない。


「のがしたか、なんて逃げ足の速いやつだ──きみたち、ケガはないかい」


 ガシャリと鎧の音を立てながらシュウトとアイレンのほうに向き直り、ふたりに優しく声をかけた。


「大丈夫です。あの不審者が勝手に騒いでただけなんで」


「おかげ様で助かりました。なにかお礼を──」


「礼ならいらないよ。これが自分の仕事だからね」


「そうですか……」


 お礼ができずにしゅんとするアイレン。


「あの、ひとつ聞きたいんですが」


「なんだい」


 仕事を探してるんですけど、どこへ行けばいいですかね」


「ふむ……」


 騎士風の男はシュウトの姿を眺め、少し考え込んでから答えた。


「きっとお目当てはあそこだろう。ほら、この道をまっすぐに進んだ突き当りにある、あのレンガ造りの建物。あそこへ行ってごらん。それじゃあ、自分は不審者を追うから、またなにかあったらすぐに助けを呼ぶんだよ」


 ふたりはお礼を言い、騎士風の男はガッシャガッシャと走り去っていった。


「親切な人でよかったな」


「この町の衛士の方ですね」


「ふーん、騎士とは違うのか?」


「はい。騎士はもっと難しい国家試験に合格しないとなれないみたいです。この町には騎士を目指す優秀な人たちが集まる学校があるのですよ」


「エリートコースってわけか。きっと雲の上の人たちなんだろうな。とにかくおれたちは仕事を見つけないと」


「そうですね。教えていただいたところに行ってみましょう」


 ふたりは衛士から教えられた道を並んで歩きはじめた。まっすぐ伸びた道の先に目的の建物が見えている。迷子になる心配はなさそうだ。


「そういえば、あの方はいったいなんだったのでしょうね」


「さあね。お笑い芸人かなにかだろうな」


 ふたりはたいした時間もかからず目的地にたどり着いた。しかし、すぐになかに入ろうとはしなかった。門の前で立ち止まり、敷地のほうを眺めている。


「──なんだか不気味なところだな」


「はい……暗い感じがしますね」


 そこはふたりにあまりよろしくない第一印象を与えた。


 黒ずむほど年季の入った赤レンガでつくられた建物は、周囲のものよりも低く、モミの木のような針葉樹に囲まれているため、昼間にもかかわらずあまり光が届いていない。森のなかの洋館をまわりの木ごと運んできたかのような不自然さがあり、この一角だけ妙に浮いて見えた。


「魔女でも出そうだ」


 シュウトは突っ立ったままポツリとつぶやく。


「とんがり帽子をかぶったわし鼻のおばあさんですか? ふふっ、そんなのいませんよ。おとぎ話のなかだけです」


 と、アイレンは微笑みながら言った。そして、軽やかな足取りで陰気な敷地のなかへと入っていく。


 一方のシュウトはなんとも言えない気持ちに戸惑っていた。彼にしてみればここがおとぎ話の世界であり、アイレンはその登場人物のようなものだ。そんな彼女におとぎ話だと笑われるのはひどく馬鹿にされた感じがした。もちろん彼女には彼をけなすつもりは一切なく、それは彼も理解してはいるが、いまひとつすっきりしなかった。


「シュウトさーん、はやく行きましょう!」


 先に進んでいたアイレンが振りかえり、大きく手を振ってシュウトを呼んだ。


 活力にあふれる元気なアイレンの姿を見て、シュウトは思った。この世界の住人からすれば、おれのほうこそ別の世界からあらわれたよそ者であり、魔女なんかよりよっぽどファンタジーな存在ではないか。彼女にとってのこの世界は、ファンタジーでもおとぎ話でもなく、あたりまえの日常なのだ。


 そう考えると気にするだけ無駄なような気がしてきて、シュウトはアイレンを追って敷地に足を踏み入れた。


 実際に敷地内に入ってみると、そこは外から見て感じたとおり森のようだった。門から建物までの道は舗装されているが、それ以外の場所は黒っぽい土がむき出しになっている。針葉樹の葉に覆われて陽の光がさえぎられているせいか、雑草はあまり生えておらず、ところどころ光の差しこむ場所に集まって生えていた。


 古びたレンガ造りの館は、くすんだ外壁にツタが這っていて、遠くから眺めるよりも不気味さが増した。これでカラスのギャアギャア鳴く声があれば完璧だったのだが、鳥はおろか人っ子ひとり見あたらない。活気ある街中のはずなのに、ここだけ静まり返っていて、まるで異世界にでも迷い込んだかのようだった。


「やっぱり出るだろ。魔女のばあさん」


「まだそんなことを考えていたのですか? さあ、入りますよ。善は急げです」


 アイレンは、足を止めて館を見上げるシュウトをおいて、ためらいなく戸を開けてずんずん進んでいった。シュウトはアイレンの度胸に感心しつつ、彼女のあとに続き扉を押し開けてなかに入る。


「ほう──思ってたのと違うな」


 外で受けた印象とは打って変わって、館のなかは清潔感があって思いのほか明るかった。天窓から陽の光が差し込んでいるからだろうか。


 広めの部屋は横長の台によって手前と奥に仕切られていた。入口側には安っぽい木製のイスやテーブルが並んでいて、壁に大きなコルクボードが設置されている。仕切りとなっている横長の台の奥側には、いくつかの大きめの机があり、そのうえには書類やペンなどが置いてあった。


「いかにもお役所って感じだ」


「ほら、魔女なんていなかったでしょう」


 アイレンは胸を張って言った。


「魔女どころか、だれもいないんだが」


「そうですね、この町の方たちはお仕事に困っていないのでしょうか。それはよいことだと思うのですが……どうしましょうね」


 館のなかにはシュウトとアイレン以外だれも見あたらず、特に物音も聞こえなかった。ふたりはそれぞれ歩きまわり、館のなかを探してみる。


 シュウトは大きなコルクボードを見てみる。画びょうを刺したような小さい穴がいくつも開いていて、紙を張り出す掲示板だと思われた。しかし、いまは一枚も張られておらず、無駄に存在感だけ放っている。


 安っぽいイスに腰かけてみると、それはギシリと音を立てる。かたくて座り心地の悪い見た目どおりの安物だった。おそらくこれが待合席で、仕切りの台が窓口カウンターといったところか。


「これを鳴らせばよいのではないですか?」


 窓口のそばまで近づいたアイレンが小さなハンドベル型の呼び鈴を見つけた。優しく左右に振ってみると、静かな室内にチリンチリンとベルの音が鳴り響く。しかし、これといった反応はなかった。


「だれも来ませんね」


「聞こえてないのかも。貸してみな」


 シュウトはイスから立ち上がって窓口のほうに行く。アイレンから呼び鈴を受けとり、さっきよりも強く鳴らしてみた。ヂリリリリ、という目覚まし時計のような騒々しい音が響き渡る。


「うるさいです。そんなに鳴らさなくてもわかりますから」


 いきなり窓口の奥に女性があらわれ、不機嫌そうに言った。


 どうやらイスの背もたれを最大限まで倒して横になっていたようだ。そのため、ふたりからは隠れて見えなかったのだろう。もしかすると、わざと見えないように隠れてサボっていたのかもしれないが、それはあくまで憶測にすぎない。真実は彼女のみぞ知る、ということにしておこう。

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