#5 見知らぬ男

「さて、これからどうするかだな」


 おそらく別の世界に飛ばされてしまったと考えるシュウトは、もとの世界に帰る方法がわからないため、この世界で生きていくことを覚悟していた。


「おれには仕事も家も金も、なにもないんだけど、きみは?」


「わたしも同じです。つい最近までは孤児院に住み込みで働いていたのですが、火事で焼けてしまって住む場所も仕事もいっしょに失いました。貯めていたお金はここに来るまでに使い果たして残っていません」


 シュウトは言葉に詰まった。なかなかに重い話だったからというのもあるが、それを平然と語るアイレンへの戸惑いも大きかった。


「その……なんだ、悪かったな。つらいことを思い出させてしまって──」


「いえ、それほどつらいことではありませんでしたよ」


「えっ?」


「院長様がたき火でおイモを焼いていたときに火が燃え移って全焼してしまったのですが、もともと建っているのが不思議なほどの古い建物でしたから、取り壊す手間が省けたと院長様は笑っていました。それに、けが人はひとりもいませんでしたし、子どもたちはみんなもっと立派な施設に引き取られましたから」


「──そ、そうか。でも、そのあとは?」


「わたしはひとりで旅に出ました。聖女さまと同じように各地を歩いて人助けをしようと思ったのですが、後先考えずに貧しい人たちに分け与えていたら、すぐになくなってしまいました」


「……きみが根っからの善人だ、ということだけはよくわかった」


 感心すべきかあきれるべきか、シュウトにはわからなかった。そう簡単には真似できない立派な行動ではあるが、その結果文無しで行き倒れになるのはいかがなものか。


「なんにせよ、まずは仕事と住む場所を見つけないことにはどうしようもないな。今度はふたりそろって行き倒れになってしまう」


「そうですね。探しに行きましょう」


 ひとまず目的が決まり、行動をはじめようとするシュウトとアイレン。


 しかし、ふたりがベンチから立ち上がろうとしたとき、穏やかな午後の広場の静寂は、無残にも破られたのであった。


「ふはははははは! ようやく見つけたぞ、小娘よ!」


 突然、笑い声とともに謎の男があらわれ、アイレンのほうをビシッと指さした。その男はなぜか街路樹の枝の上に立ち、大声で叫んでいる。


「いまそっちへ行くから、ちょっと待っていろ!」


 男は膝を曲げ、ジャンプの体勢に入った。


「とうっ!」


 威勢のよいかけ声を発して跳ぼうとしたが、その瞬間、男の乗っていた枝がバキッと折れた。腕をまっすぐ上にあげ、手先から足先までが一直線になった見事な姿勢のまま、石の地面に落下する。


『ビターン!』というものすごい音が町じゅうに響き渡ったような気さえした。騒ぎを聞きつけた野次馬たちが集まってきて、静かだった広場はざわめきはじめる。


「なんなんだ、あいつ。キミにむかって叫んでたみたいだけど、知り合いか?」


「さあ、見たことのない方ですね」


 シュウトの問いに首をかしげて考え込むアイレン。


「ちょっと待てい、そんなわけあるか!」


 男は何事もなかったかのように立ちあがり、ふたりのもとに走ってきた。


「知らないわけがないだろう! おまえをしつこく追いかけまわしたボクの、この美しい顔を忘れたとは言わせんぞ!」


 両腕を左右に広げ、右斜め四十五度の決め顔を見せつけてくる男。しかしその顔は、かたい地面に打ち付けられて真っ赤になっていた。


「だってさ。見覚えある?」


「うーん、逃げるときは前を向いて走りますからね。後ろを振り向いて顔をじっくりと見つめたわけではありませんし……」


「なるほど、合理的だ」


 シュウトはうんうんとうなずいた。


「納得するんじゃないよ! まったく──ん? なんだか騒がしくなってきたな」


 集まっていた野次馬たちのざわめきがいつの間にか大きくなっていることに、男は気がついた。


「おい、聞いたか」


「ああ。あの変な男、女の子を追いまわしてたんだってな」


「まったくとんでもない変態男だねえ。取っ捕まえてやろうか」


 野次馬たちは男に冷たい視線をおくり、口々にしゃべった。


「外野のみなさんには、すこし静かにしていてもらおうか」


 そう言って、男は腰に帯びていた剣を抜き放つ。派手な装飾が施された雅な剣──というより、無駄に飾り立てた悪趣味なものだった。つばの部分にドクロや十字架、チェーンなどがゴテゴテとくっつけられている。


「うわー、趣味わるー」


「センスのかけらもない」


「やっぱり取っ捕まえたほうがいいねえ」


 ひるむどころか好き勝手にいい放題の野次馬たち。


「ふっ、所詮は一般庶民か。ボクの優れた美的感覚は理解できまい──はいはい、散った散った」


 虫でも追い払うかのように、剣でしっしっと野次馬を遠ざける。


 そんな様子を眺めながら、シュウトはのんきに言った。


「剣は持ち主に似ると言うからな。悪趣味な変態ストーカー男に似てしまったんだろう。あわれな剣よ」


「そんなことがあるのですか? かわいそうな剣ですね」


「あるわけないだろうが! というかこの美男子に対して変態ストーカー男とはなんだ。キサマに用はないから黙っていろ。用があるのはそっちの小娘だけだ」


「だからそれがストーカーなんだってば」


「そろそろ本題に入ろうか」


 変態ストーカー男はシュウトを無視することにして、アイレンにクソダサソードの切っ先を向けた。


「さあ、渡してもらおうか。その──」


「きみ、冒険者?」


 突然、何者かがストーカー男の肩をポンっと叩いた。


「なんだおまえは──って、え? ええ、まあ……そんなところですけど……」


 ストーカー男からさっきまでの威勢がなくなり、キョロキョロと目を泳がせながら歯切れ悪く答えた。


 声をかけてきたのは白い甲冑に身を包んだ騎士風の男だった。腰には飾り気のない剣をさげている。


「だったら、こんな人の多いところでむやみに剣を振りまわしちゃいけないって知ってるよね? 冒険者免許証と、この町での帯剣許可証見せてくれる?」


「──ああ、あれね。どこにしまったっけなあ。うーん、今朝はたしかにあったんだけどなあ。おっかしいなあ」


 ストーカー男は、わざとらしく大きな声でしゃべりながら、おおげさにポケットや袋のなかを探してみせた。その姿は、やってもいない宿題のプリントをやったのにと言い張り、ありもしないのにバッグのなかを必死に探すふりをする中学生のようだった。


「それにさっき、その子を追いまわしたとかなんとか言ってたらしいね。ちょっと話を聞かせてほしいから、詰所までいっしょに来てもらえるかな」


 有無を言わせないといった態度で連行しようとする騎士風の男。この職務質問のようなやり取りを見ていたシュウトは、騎士風の男はこの町の警察官のような存在なんだろうな、と解釈した。


 ストーカー男は頭をかきながら愛想笑いを返す。


「いやあ、いま忙しいんだけどなあ、あははは…………一時撤退!」


 そう叫んでなにかを地面に叩きつけると、あたりに白い煙が立ちこめた。


「なんだこれは、なにも見えんぞ! おい、どこへ行った!」


 騎士風の男が片手で口を覆いながら怒鳴る。もう一方の手でストーカー男を捕まえようとするが、つかむことができたのは煙だけだった。


 立ちこめる煙のなか、ストーカー男の声が響き渡る。


「また会おう、さらばだ! ふはははははは、う、げへげほ……ふははは……」


 謎の自信に満ちた笑い声はだんだん小さくなっていき、煙が晴れたときにはまったく聞こえなくなっていた。

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