第2話 シュウトのシュウカツ
#4 見慣れぬ町並み
路地裏を出ると、そこにはシュウトになじみのない街並みが広がっていた。
ヨーロッパの観光地のような街並み。幅の広い石畳の道路がまっすぐに伸びていて、その両脇には石造りの家々が並んでいる。どっちを向いても石、石、石。唯一空を見上げたときにだけ、見慣れた風景が目に入った。
いや、そうでもないか。シュウトはすぐに考えを改める。石だらけの街も、コンクリートジャングルも、似たようなものだ。
「ん? あれは──」
視線を上に向けたシュウトの視界に、なにかぼんやりとした光の線のようなものが映った。よく目を凝らすと、それは電線のように張りめぐらされており、それぞれの建物とつながっていることがわかった。
「電線みたいだけど、なんだろう……」
「あら、ご存じないですか?」
立ち止まって不思議そうに上を向いているシュウトに、アイレンは少し驚きながら説明をはじめる。
「あれは魔法の力が通る光の線ですよ。魔化製品を動かすのに必要なのです」
「魔化製品?」
「日々の暮らしを便利にしてくれるものです。最近ではすっかり身近になったのですが……知らないということは、やはりあなたは──あっ!」
アイレンは口元に手をあてて小さく叫んだ。
「どうした?」
「すっかり忘れていました。わたし、まだあなたのお名前を聞いていません。わたしはアイレン・ミグメイアと申します。あなたのお名前は?」
律儀にもアイレンはもう一度名乗った。他人に名をたずねるときはまず自分からということだろう。
「シュウト」
これ以上ないほどの簡潔な名乗りだった。
「シュウトさんですか。ずいぶん短いお名前なのですね。シュ・ウトさん?」
「そんな変な切り方はしない」
「では、名字はないのですか? お家のお名前は」
「シュウトだけでいいよ」
そっけなく答えたシュウトは行く当てもなく歩きだした。
なにか失礼なことを聞いたかしら、と首をかしげながら、アイレンは先をゆくシュウトのあとについていく。
しばし無言のまま歩いたふたりはひらけた場所にたどり着いた。二本の大きな通りが十字に交差していて、その交点が円形の広場になっている。シュウトはベンチに腰かけ、アイレンも隣に座った。
街を行き交う人々を眺めながら、シュウトは思った。まるで日本史の教科書で見た文明開化期のようだ。
ファンタジーに出てきそうな服装の人もいれば、和服に似たものを着ている人もいる。さらには中世の騎士のような甲冑をつけている人まで歩いていて、様々な文化が混ざり合っているようだった。
街灯が立ち並ぶ通りの中央には馬車が走っていた。市民の足として利用されているのだろう。車に比べれば、ずいぶんのんびりとしたペースだ。
やはり別の世界にでも飛ばされてしまったのだろうか。そう考えたシュウトは、アイレンにいくつか質問してみることにした。
「ミグメイアさん──だっけ? 聞きたいことがあるんだけど」
「アイレンでかまいませんよ」
「じゃあアイレン。ここはどこなんだ?」
「広場ですね」
アイレンは即答した。お約束の答えをありがとう。
「いや、そうではなくてだな。この……世界というか、なんというか……」
「世界? うーん、よくわかりませんが、ここは王都ですよ。国の内外からいろんな人々が集まってくる大都市です」
「王都──ということは、ここは王国か。当然日本ではないよな」
シュウトはあたりまえのことを確認する。
「ニッポンですよ」
「……ん? いまなんて?」
「ここはニッポン王国の王都トーキョーです」
「…………は?」
シュウトはポカンと口をあける。そして、自分の耳を疑った。
ニッポン王国。王都トーキョー。よく知っているはずの国名や地名が微妙に違っている。なんともいえない響きのわるさに背中がむずがゆくなる。
おかしい、なにかがおかしい。だが、なにがおかしいのだろう。聞き間違いか、それとも偶然の一致か。いや、じつはここは自分がもといた日本なのか? 耳ではなく頭がおかしくなったのかと疑いたくなってくる。
「シュウトさんはニッポンの方ではないのですか?」
アイレンに声をかけられて、シュウトは不毛な思案を中断した。
「え? あー、うん。その……日の本から」
こことは違うけど同じニッポンという名前の国から。そんなややこしいことを言うわけにもいかず、シュウトはとっさにごまかした。日の本とは日本の異称であるから、ウソはついていない。
しかし、『ニッポンの方ではないのですか』と言われるとは。生粋の日本人であるシュウトには縁のない言葉だった。
「シュウトさんはそのヒノモトという国からやってこられたのですね」
「うむ」
「聞いたことがありませんが……どこにあるのですか?」
「たぶん、すごく遠いところ。小さい島国さ」
シュウトは、『別の世界にある』と答えればアイレンに正気を疑われるだけだろうと思い、言わないでおいた。そもそも、別の世界から来たなどという考えも、突拍子のない推測でしかないのだが。
「やはりそうでしたか! そうではないかと思っていたのです」
アイレンは胸の前でパチンと手を合わせた。
「どうして?」
「シュウトさんの着ている服です。まったく見たことのないものでしたから、遠い国のご出身ではないかと」
「なるほどな」
自分の服装を見て納得するシュウト。
真っ黒な詰襟に金色のボタンが並ぶ特徴的な洋服。彼が着ているのは学ランだった。休日の町内会ボランティア活動とはいえ、彼にとっては美化委員としての校外活動であり、制服着用は基本だった。
また、シュウトは私服をほとんど持っていなかった。およそおしゃれというものに興味がなく、遊びに出かけることもない彼にとって、私服は必要のないものだった。家ではいつも中学校時代のジャージを着ていた。それは彼の家が貧乏だったから、という理由ではない。あくまで彼が倹約家だからであって、決して貧乏だったわけではないのだ。
「かっこいい服ですけど、シュウトさんの故郷では一般的なものなのですか?」
「いや、これは学校の制服だ。基本的に十八歳までしか着ることが許されていない」
「シュウトさんは学生さんだったのですね。もしも大人が着たらどうなるのですか?」
「しぬ──社会的に」
「そんな、なんておそろしいのでしょう……」
アイレンはシュウトの冗談を真に受けてプルプルと震える。いや、あながち冗談とも言い切れないのだが。よほど童顔ならバレないかもしれないが、いい歳をして制服を着ているところを身内や知り合いなどに見られでもしたら、一生癒えない傷を負うことになるだろうから。
「その腕についているものはなんですか?」
シュウトの二の腕に巻かれた腕章を指さしながら、アイレンがたずねた。そこには美化委員と書かれていた。
「これは美化委員の証だよ」
「びかいーん?」
「主に学校の敷地内でポイ捨て犯や校内を汚すやつらと戦う者たちのこと」
「学生さんをしながら掃除のお仕事もしていたのですか。それは大変なことですね」
シュウトは首を横に振って、アイレンの解釈を否定する。
「仕事じゃない。生き様だ。他人に強いられたわけではなく自分の意志でやっていることだから、大変だなんて思ったことはない」
「生き様……ですか。なんだかステキですね」
アイレンが笑みを浮かべて言ったあと、お腹の鳴る音が聞こえた。彼女は自分のお腹をさすりながら照れ笑いした。
「すみません。ここ二日ほど、ろくに食べていなかったもので……」
「あっ、そういえば────あった。はい、これ」
シュウトは、背負っていたリュックからラップに包まれた丸いおにぎりをふたつ取り出し、ひとつをアイレンに手渡す。お昼に食べようと用意しておいたが、いろいろあって食べるタイミングを逃していたのだった。
「いただいてよいのですか? ありがとうございます」
アイレンはお礼を言って受けとり、「いただきます」と手を合わせてからおにぎりを口に運んだ。
「とてもおいしいです」
「それはよかった」
おいしそうに食べるアイレンを見てから、シュウトも食べはじめた。黙々と食べ続け、ふたりはあっという間に完食した。
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