第9話:夢
三学期に入った。僕はあと数ヶ月で三年生。そろそろ進路を考えなければならない。僕のやりたいことは一つ。この世界から差別を無くしたい。だけど、そのために何をしたら良いのだろうか。
ある日のこと、なんとなくSNSを見ていると、ヘテロセクシャルを自称する人のアカウントが宣伝しているweb小説が目に止まった。男女の恋愛小説——つまり
読み進めて行くと主人公の恋人の台詞が目に止まる。
『私のせいで君がいじめられてしまうのが耐えられない。別れよう。異性も同性も恋愛対象になるなら、同性を選んだほうがいいよ』
この台詞を、僕は知っている。どこで聞いたんだっけ。
「あ……」
思い出した。二階堂先生だ。先生が恋人に言われた言葉だ。
作者の名前は『Licht』作者のプロフィールによると、フランス語で希望や光を意味する言葉らしい。読み方はリヒト。二階堂先生の下の名前と同じ。さらにプロフィールにはこう書いてあった。『作者はヘテロではなくバイですが、異性との交際経験がある者として、ヘテロセクシャルやバイセクシャルを含めたセクシャルマイノリティの差別の根絶を訴えたくて、仕事をしながら執筆しています』と。ここも先生と同じ。すごい偶然だ。もしかしてと思い、作者のSNSを覗いてみる。先ほどの作品は自身の体験談が元になっているようだが、モデルとなった女性とは別れたと書いている。先生は亡くなったと言っていた。ここは先生とは違うらしい。やはりただの偶然だったようだ。それにしてもすごい偶然だなと思いながら、作品のコメント欄を見てみる。ものすごい量のコメントやレビューが来ている。
そこには、当事者からの共感の声が多く寄せられていた。その中に『異性愛者男性です。中学生です。いじめられて、ずっと不登校で、死のうと思っていましたが、SNSでLichtさんの作品を見つけて気になり、読ませて貰いました。僕も主人公みたいに頑張って生きてみようと思います。ありがとうございます』というコメントを見つけた。
それに対してLichtさんは『こちらこそ、書いて良かったと思わせてくれてありがとう』と短い返信。その短い返信の中に優しさが詰まっているように思えた。
この世界は同性愛者の物語が多い。恋愛物のドラマは大体同性愛の物語だ。そして、異性愛者が登場するだけで『HBTに配慮している』とネットで騒がれる。僕の世界でもそうだった。異性愛者の物語に同性愛者が出るだけで配慮だと騒がれたし、BL作品に『BLである必要はあるのか』という難癖をつける人がいたり『同性愛ではないただの愛の物語』とか『性別の壁を超えた愛』と称されたり、同性愛の物語だと分からないように宣伝されたりしていた。この世界では、同じことが異性で起きている。『性別を超えた愛』というフレーズだけはまぁ、確かにそうだなと思ってしまうけれど。
彼の作品やプロフィールを読んで、僕はふと思った。僕の元居た世界の話を舞台に物語を作ってみたらどうだろうと。僕にとっての当たり前はこの世界では当たり前ではない。僕の自分の体験談を元にした物語はこの世界の人々にとって斬新な物語になるのではないかと。
僕はさっそく、二階堂先生にそのことを相談してみた。すると先生は「いいと思う」と顔を輝かせた。
「三輪の居た世界の話、俺も興味深いなと思ってたんだ。完成したら読ませてよ」
「けど……結局、進路のことは決まらないままです。小説を書くにはどんな学校に行けば良いんでしょう」
「そうだなぁ。ここに行けば必ず小説家になれるっていう学校はないから……どこでもいいと思うよ」
「……先生って、適当ですよね。こっちは真剣に悩んでるのに」
「ははは。ごめん。あ、小説書くならさ、敢えて普通科じゃない学校行ってみるのも良いかもよ。商業とか工業とか」
「なるほど……ちなみに先生はどこの高校出身なんですか?」
「
「難しい方の蒼に明るいって書いて蒼明ですか?」
「そう。超名門校」
蒼明高校は向こうの世界にもあった。偏差値県内一の名門校だ。全国で見てもトップクラス。この世界でもそれは変わらないらしい。
「三輪の今の学力じゃかなり厳しいから絶対受からないとは言わないけど、おすすめはしないよ」
「それは自覚してます。大丈夫です」
絶対受からないと言わないあたりに先生の人の良さが表れているなぁと思った。
「……小説書きたいならさ、学校での勉強より、本をたくさん読んだり、模写すると良いらしいよ」
「模写?」
「小説の文章をそのまま書き写すんだ。簡単に出来るし、やってみたら?」
「ありがとうございます。頑張ってみます」
「おう。頑張れよ。正義先生」
「や、やめてくださいよ……まだ何も書いて無いですよ」
「はははっ」
その日から僕は、家にある小説の模写を始めた。目標は一日一ページ。その効果なのか、国語の先生から感想文が上手くなったと褒められるようになった。高校は相変わらずまだ決まらないけれど、夢はできた。僕にも、Lichtさんのように誰かを救える物語を作れるだろうか。
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