第8話:まずは身内から

「ただいま」


 ある日のこと。家に帰ると父——もとい紬さんが僕に言った。「最近、ヘテロの男の子と仲良くしているらしいな」と。賢人のことだ。

 ちなみに、この世界ではお母さんもしくはお父さんと呼ぶとどちらを呼んでいるか分からないため、親のことは名前で呼ぶのが一般的らしい。


「そうだけど、悪い?」


 僕の父は厳しい人だった。そして、差別主義者だった。この世界の紬さんもほとんど性格は変わらない。変わったのは性別くらいだ。だから、何を言われるかはなんとなくわかる。


「ヘテロなんかと仲良くするのはやめなさい。あいつらは——「彼は普通の人だよ。紬さん」


 紬さんの言葉を遮り、僕は言う。真っ直ぐに彼女の目を見据えて。以前の僕なら何も言い返せなかった。けど、今の僕は違う。黙っているなんてできない。差別を見過ごすなんて、もう出来ない。


「父さ——紬さんは、僕が彼と仲良くすることで僕がいじめられるんじゃ無いかって心配してるんだろうけど、大丈夫だよ。彼をいじめる人はもうあのクラスには居ないから」


 学年全体で見たらまだ偏見だらけだ。だけど、クラスではもう彼を悪く言う人はいなくなったし、少しずつ「自分もヘテロなんだ」と声を上げる人が増えてきた。賢人が勇気を出して学校に来たことに勇気をもらった人が居るらしい。

『セクシャリティは目に見えない。だから目の前に居る人が同性愛者かそうじゃないかなんて、本人に聞くまでは分からない』

 二階堂先生はそう言っていた。僕は前の世界にいた頃、クラスにも学年にも同性愛者は自分だけなんだと勝手に思っていたけれど、隠れているだけで僕以外にも居たのかもしれない。その人を見つけられていたら、僕の人生は変わっていたかもしれない。


「……賢人は、良い人だよ。大事な友達なんだ。だから、ヘテロってだけで、仲良くするのをやめろなんて言わないでほしい」


 僕の訴えが通じたのか通じていないのか、紬さんは黙ってしまった。

 と、そこに瞳さんもう一人の母が返ってくる。異様な空気を察した母は話を聞き、そしてこう言った。


「今度、その子うちに連れてきてよ。紬も、実際に会って、悪い人じゃないってわかれば安心するでしょう?」


 瞳さんの言葉に紬さんは頷く。母は父に比べるとまだ話が通じる方だった。こっちの世界でもそれは変わらない。ちゃんと向き合っていれば、何か変わっていたのかもしれないと改めて思った。今となってはもう遅いけれど。僕はもう元の世界には戻れない。いや、戻れたとしても、戻りたくない。僕はこの世界で生きていく。この世界の住民として、この世界を差別のない世界にしていきたい。もう二度と誰からも差別されたくないし、したくないから。

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