第6話:彼だけど彼じゃない
転校して二ヶ月が経った。冬休みが近づいてきているけれど、相変わらず柴崎は学校に来ない。僕は意を決して、二階堂先生と一緒に彼の家に向かった。
「あ……三輪。久しぶり」
「……久しぶり。柴崎」
出迎えてくれてくれたのは彼だ。
「柴崎。親御さんは?」
「今出かけてて。俺一人です」
「そうか」
「あ、でも、どうぞ。上がってください」
「ん。じゃあお邪魔します」
「三輪も。どうぞ」
「……お邪魔します」
彼の家には、前世で何度かお邪魔したことがある。小学生の頃は家に遊びに行くくらい仲が良かったから。その頃は名前で呼び合っていた。だけど、僕が告白してしまったあの日から、僕らの友情は簡単に壊れた。
こっちの世界の柴崎の家は、僕の記憶の中にある、幼い頃にお邪魔した向こうの世界の彼の家とよく似ていた。
「三輪……? 大丈夫?」
柴崎の心配そうな顔が視界の端からひょっこりと現れて、僕は自分が泣いていることに気づく。
「ごめん……昔のこと思い出して……」
「……俺の顔見るの辛い?」
「……ううん……平気だよ。君は僕をいじめた彼と違うから」
同じ名前で同じ顔、同じ声。だけど違う。全然違う。目の前にいる彼は、あんな奴とは全然違う。
「とりあえず、お茶出すからその辺に座ってて。先生も」
「ありがと」
彼からクッションを貰い、先生の隣に座る。
そういえば、僕の父はこの世界では女性になっていた。彼の両親もそうなのだろうか。そもそも、異性愛が差別されるこの世界では子供はどうやって出来るのだろうか。大人である二階堂先生なら知っているのだろうけれど、ちょっと聞き辛い。後で調べてみよう。
「……はい。お茶。先生はコーヒーで良かったですよね?」
「うん。ありがとう」
「ありがとう」
柴崎が僕の正面に座る。なんだか微妙な空気が流れる。
「……気になったんだけどさ、三輪が居た世界は、異性愛者と同性愛者の立場が逆なんだよな?」
「うん」
「……同性婚はできないの?」
「国によるけど、日本は異性婚しか出来ない」
「……親は? 男性と女性一人ずつってこと?」
「うん。母親と父親が一人ずつ」
「両方とも血が繋がってるの?」
「柴崎や先生は、両親と血が繋がってないの?」
「うん」
僕は流れでこの世界では赤ちゃんがどうやって出来るのか聞いてみた。
元の世界では、男性の精子と女性の卵子が合体して受精卵になり、それが子宮の中で育って人間の形になっていくのだと保健の授業で習った。この世界でもその仕組みは変わらないらしい。ただし、その受精卵を身体の中で育てるわけではなく、外で育てるのだという。アニメや漫画で人間が液体につけられて培養されているシーンをたまに見るが、ちょうどあんな感じらしい。子供がほしい場合は親になるための試験があり、それに婦婦、あるいは夫夫揃って合格した人達だけが子供を持つことが出来るのだと二階堂先生が教えてくれた。僕の居た世界の常識からは考えられないが、望まない妊娠をしてしまうリスクがないのはいいことなのかなとも思う。しかし、この世界では許可無く妊娠出産した人は、妊娠した女性もさせた男性も犯罪者扱いになるらしい。例え暴行を受けて望まぬ形で妊娠してしまったとしても。
「……そういう一部の性犯罪者のせいで、女性よりも男性の異性愛者の方が世間の目は冷たいんだ」
「……そうなんですね」
すると柴崎がぽつりと呟いた。「死んだら、三輪が元居た世界に行けるのかな」と。僕は何も言えなくなってしまったけれど、先生は静かにこう言った。
「俺も死にたいって思ったこと何度もあるから、死ぬなんて言うなとは言わないよ。けど、俺は君に生きていてほしい。だからこうやって家庭訪問してる。それは覚えておいて」
すると柴崎は俯き、静かに泣き始めてしまった。
「先生って……ずるいですよね」
「死にたい人間に死ぬなって説教するのは逆効果だって分かってるからね」
「……僕も、柴崎には生きていてほしい」
僕と同じくらい苦しめば良いと思った。だけど今、苦しんでいる彼を目の前にしても、僕の心は全く満たされない。あの時僕が星に願ったせいで彼がこうなっているのなら、申し訳なく思う。世界平和でも祈れば良かった。誰もが自分らしく生きられる世界になってほしいと願えば良かった。呪いではなく、祈りを乗せればよかった。
「……ごめん。僕があの時、君が不幸になるように呪ったから」
すると柴崎は首を振った。そしてこう言った。
「三輪が転校してくる前から、俺は異性愛者だったよ。いじめが始まったのは中学入ってすぐだった。三輪が向こうで死んだのはまだ最近なんだろう?」
「……転校する少し前だから、四月くらい」
「じゃあきっと、俺がいじめられたことと、三輪は関係無いよ」
だから自分を責めないで。と、彼は泣きながら笑う。やっぱり向こうの世界の彼とは全然違う。同じ顔で同じ声をした全くの別人だ。こんな優しい柴崎賢人を、僕は知らない。僕が復讐したかった人はこの人ではない。憎かった人は、この人ではない。
「ごめん……ごめんね……」
「泣くなってば……」
と、そこに彼の両親が帰って来た。僕の家は母親二人だったけれど、彼の家は父親が二人らしい。彼の両親は僕が三輪正義だと知ると、お礼を言った。そして「これからも賢人の友達で居てあげて」と頭を下げた。
「「友達……」」
僕と柴崎の声が重なる。どうやらお互いにお互いのことを友達だと思っていなかったらしい。顔を見合わせて、どちらともなく笑い合った。
その日は明るい雰囲気で彼と別れたけれど、翌日も彼は学校に来ることはなかった。
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