第2話:僕は被害者

 僕は両親の意向で、中学を転校することになった。


三輪みわ正義まさよしです。よろしくお願いします」


 同性愛主義の世界は居心地が良かった。みんながする恋愛話は当たり前のように同性愛の話だ。セクシャルマイノリティという言葉はあるようだが、LGBTはLとGがヘテロセクシャルの頭文字であるHに置き換わり、HBTに変わっていた。

 クラスには、不登校の男の子が居た。彼の名前は柴崎しばさき賢人けんと僕をいじめた主犯格の男子と同じ名前だった。小さいから豆柴と呼ばれていたが、あだ名まで一緒らしい。クラスメイトに聞くと、彼はヘテロだからといじめられて学校に来れなくなったらしい。いい気味だった。僕はクラスメイトと一緒に彼のことを蔑んだ。ヘテロなんて気持ち悪いと、その場にいない彼を罵った。すると、教室に入ってきた担任の二階堂にかいどう先生が僕らの元にやってきて言った。『柴崎のことを悪く言うのはやめなさい』と。彼は元の世界には居なかった。担任はもっとおじさんだったし、名前も違った。なにより、こんなイケメン教師、居たら絶対忘れない。けど、タイプなのは見た目だけで、性格は相性悪いなとすぐに察した。彼は『君達のしていることは差別だ』と諭し始めたのだ。うざいなと僕は思った。


「なんでそんなにヘテロを庇うんすか? 先生もヘテロなの?」


 クラスメイトの一人が笑いながら言う。彼は違うと否定したが、一呼吸置いてこうつづけた。『俺はバイセクシャルだ』と。教室がざわついたが、彼は堂々としている。何が悪いんだと言わんばかりに。


「異性愛の何が悪い。昔は罪だったが、今は違う。異性婚は出来ないままだけど、罪ではなくなってるし、異性愛者はその辺に普通に居るよ。俺達となんの変わりもない普通の人間だよ。君らだって、柴崎がヘテロだって分かるまでは普通に接してただろ。普通に友達だっただろ。彼が普通の人間だって、本当は分かってるはずだろ」


 誰も何も言い返せなくなる。


「……僕、そいつがどんな奴だとか知らないですし」


 思わず呟くと、彼は言った。『だったら尚更彼のこと悪く言う権利はないな』と。冷たい視線が突き刺さる。僕をいじめた奴らと同じ視線。怖くなって、息ができなくなる。せっかく差別されない世界にやってきたのに、なんでまた嫌われなきゃいけないんだ。

 嫌だ。嫌だ。もういじめられたくない。怖い。怖い。


『気持ち悪い』


『死ねよ』


『消えろ』


 僕をいじめた彼らの声が、脳裏に響く。ごめんなさい。ごめんなさい。生きていてごめんなさい。

 あぁ神様、なんで僕をあの時あのまま殺してくれなかったの。なんで生かして別の世界に飛ばしたの。なんでまた責められなきゃいけないの。意味がわからない。僕は被害者なのに。悪いのはあいつらなのに。どうして——。

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