第52話 一歩前進

「……」


 この状況、理解に苦しむ。私は草の子を追いかけていたはず。だというのにこの有様はいったい。

 自我を取り戻した私が目にしたのは、周囲一面に広がるマンイーターの死骸。それと損傷したスレイブニールの無残な姿。幸いなことに破損個所は無限軌道のみで応急処置すれば、なんとか自走出来そうである。


 だが、私には戦車を修理する技術が無い。私にできる事は破壊のみだ。どうしてこんなことになってしまったのか。私はただ、あの子と話がしたかっただけだというのに。


 分からない、分からない……私はなんなのだ。


「お~い! 生きてるかっ!?」

「ヘイムか」

「ヘイムか、じゃねぇよ。一人で突っ走りやがって。追いつくのにどんだけ苦労したと思ってやがる。おまけに戦車までぶっ壊れてるじゃねぇか」

「うん、気付いたら壊れてた。直して」

「直して、じゃねぇよ。貸し一つ、だからなっ!?」


 ヘイムは文句を言いながらもスレイブニールの修理を始めた。私はその間、何もすることが無いので周囲を警戒することにする。

 転がっている球状のマンイーターは全て息絶えているようだ。恐らくは私がやったことなのだろう。

 しかし、その記憶は私に存在していない。どうやって仕留めたのか、何故、スレイブニールが破損したのかも。


 私の身体がこうなってしまった事も記憶にない。そもそも、私が本当に私なのかも分からない。私が分かることは、マンイーターを滅ぼすために存在している、ということ。

 私が、私でいるには、マンイーターを殺すしかないのだ。そうしろ、と私の中の私がそう囁くのだ。


「こりゃあ酷ぇ。半日で済むかなぁ」

「済ませて」

「鬼か、おまえは」

「私はニーブル」

「名前を聞いているわけじゃねぇよ、ったく」


 再びガチャガチャと工具を動かす音だけとなる。時々、乾いた風が通り抜けてゆくけどマンイーターどころか小動物ですら周囲には存在していない。

 とても静かな時間が流れていった。こういう静けさは嫌いではない。


 どれくらい時間が経っただろう。特に気にしていなかった、が唐突にヘイムの手が止まる。


「ふぅ……腹減った。飯にしようぜ」

「もう、そんな時間?」

「昼は過ぎてるだろうな。おまえ、食料は?」


 確か干し肉をトランクに突っ込んでおいたはず。それと蒸留水が二リットル程度。


「確認する」

「おう」

「無かった」

「早ぇな、おい」


 そうだ。以前の仕事で待機時間が暇だったから食べて気を紛らわせていたのだった。その後、補充するつもりで忘れていた。なんという不覚。


「食料を分けてくれ」

「ふふん、だったら身体で払いな」

「わかった。バックドロップでいいだろうか?」

「死ぬわバカタレ」


 何かおかしな点はあっただろうか。ヘイムは呆れ顔を見せた後に、がっくりと肩を落とした。


 その後、【カツサンド】と蒸留水を分けてもらい、ヘイムと共に昼食を摂る。


 かなり奮発した、というカツサンドは確かに美味しかった。噛み締めるとカツの油がじゅわりと口いっぱいに広がり、なんとも言えない幸福感に包まれる。

 ソースの甘じょっぱさもいい塩梅だし、それを引き締めるマスタードも実にぐっど。

 パンも柔らかいし耳も切られているので、柔らかいが氾濫を起こしている。

 野菜が微塵もないのは致し方ない事か。肉よりも高価だからな。


 口の中が少しくどくなったら蒸留水を流し込む。これも無味無臭という高級品だ。

 質の劣る浄化水ではこうはいかない。薬品の臭いは飲む気をも萎えさせる。


「うん、美味しい」

「だろ? やっぱ【みかげや】のお持ち帰りは最高だぜ」


 みかげやはロゲシャブの町にある小さな弁当屋だ。だが、安くて美味しいとの評判でハンターたちに長く親しまれている。

 そこでもピンからキリまで存在しているが、これはピンで間違いないだろう。


「幾らだった?」

「ふふん、なんと5000G」

「安いな」

「おまえと一緒にするな」


 どうやら、私とヘイムとでは金銭感覚が違うらしい。私にとって5000Gは直ぐに稼げる金額であるため、失っても即取り戻せるのだ。

 しかし、ヘイムの腕前では頑張って1000G稼げるかどうかなのだそうだ。


 彼が奮発した、というのも今の話を耳にしてようやく理解できた。そう考えると狩人小屋ハンターズにいるハンターモドキは、彼よりも稼げていないということになるだろうか。

 それにしては、身に着けている物がヘイムたちよりも高価なような気がするが。


「それで、草の子は……って聞くまでもないか」

「あぁ、逃がしてしまった」


 膝を抱えて遠くを眺める。この向こう側に彼女はいるのだろうか。

 話をしてみたかった。何が目的で、どうしてマンイーターを従えているのか。何故、人間一人にそこまで感情的になれれるのか。彼女もまた、マンイーターであろうに。


 いや、その前に知性あるマンイーターの存在自体が希少なのだ。

 彼女は知性的で思慮深い感じがした。短絡的な行動はしないと思ったが……。


「いや、違うな」

「あ? 何がだよ?」

「……こっちの話」

「?」


 思わず口に出してしまったようだ。ヘイムは首を傾げながら、再びスレイブニールの修理に取り掛かった。


 話は戻るが、恐らく先に手を出したのは私の方だろう。時々だが、私は発作が起こって前後不覚になる。意識を取り戻した時には全てが終わっている事が殆どだ。

 その結果、私は血の海の中で立っている事が多い。或いはスレイブニールの中で意識を取り戻すこともある。

 どちらにせよ、私は破壊とは縁が切れない。


「また、会えるだろうか。あの子に」


 今度は発作が起こらないよう祈るしかない。私は人間であって、人間ではない者。

 機械の四肢を持つ人間モドキ。自分の直し方も知らない無知者だ。


 でも、不思議と四肢が損傷しても寝て起きたら直っている。これが不思議でならない。

 もしかしたら、この四肢は実は機械ではなく硬いだけの肉、ということは……。


「ないない」


 考えを否定する。そんな馬鹿なことがあって堪るか。それが事実だとしてら、女性として最悪という結果に繋がる。

 私はこの四肢が嫌いなのだ。これのせいで人間モドキとなっているのだから。


 だが、同時に私の武器でもあるので蔑ろにはできない、という葛藤を抱えている。せめて、この腕さえ真面な形状であったなら、私の生き方も変わっていただろうに。

 これは、ただ壊すためだけに存在している腕だ。その手も破壊するためだけの形状。何かを掴んだり、握ったりするのも難しい。


 まぁ、腕の装甲内に細いサブアームが収納されているので、食事や運転には支障が無いのだが。

 でも、見た目が最悪なので、あまり人前では見せたくない。さっきも無理して巨大な手でカツサンドを食べていたのだ。


「なぁ、ニーブル」

「なんだ?」


 唐突にヘイムが声をかけてきた。何用であろうか。


「マジに草の子を追いかけるつもりか?」

「そのつもりだ」

「なら、ロゲシャブから拠点を移すのか?」

「……結果的にはそうなる可能性もある。ハンターなら珍しい事ではないだろう」

「そうだけどよ、そうじゃないんだ」

「何が言いたい?」

「それは……だな……」


 何故、そこでもじもじする必要があるのだ。ハッキリといってほしい。


「あのよ、お、俺と一緒になってくれねぇか?」

「今も一緒だろう」

「そういうのじゃねぇよ。俺と結婚してくれってことだ」

「それは出来ない」

「即決かよっ!? チクショー!」

「ヘイムが嫌いというわけじゃない。私にはやらなければならない事がある。だから結婚はできない。それだけの話だ」


 そう、私には使命がある。マンイーターの絶滅。あぁ、それも使命の一つだ。でも、本当に達成するべき使命はただ一つ。


「私は……私は……ぜ……ゼロを保護する使命を受けている。ハンター活動もその一環に過ぎない」

「ゼロ? 人間か?」

「ゼロ? 私はゼロと言ったのか?」

「あ、あぁ……確かにそう言ったぜ?」

「そうか、そうか……ゼロを認識できたのか」


 そうだ、ゼロを保護する。靄の一つが晴れた感じがした。

 大切な使命、何かを保護せよ、との命令にも似た何かに従い、漠然と世界を渡り歩いてきた。

 だが、その何かが今まで認識できなかった。ようやく前に進めた気がする。やはり鍵となるのは、あの少女。草の子だ。


「ゼロ……ゼロ……あぁ、早く会いたいな」

「お~い、帰ってこい」


 ゼロがなんなのか、今の私には分からないが、その言葉を口にすると草の子の顔が思い浮かぶ。きっとこの両者には深い関係性があるに違いない。

 それを確かめるには、やはり彼女と再会する必要がある。


「ヘイム、私の事が好きか?」

「お、おう」

「なら、ハンターを辞めてメカニックになれ。それなら一緒にいる大義名分が生まれる」

「お、おう……はぁ?」

「言質は取った。今からお前はメカニックだ。しっかり働いてくれ」

「ちょ、おまっ!? 勝手に決めるなよっ!?」






 後日、私はロゲシャブの町に帰還し、狩人小屋ハンターズの禿げに、ヘイムがメカニックに転職することを伝え、それは正式に受理された。


 使命を果たすためにはスレイブニールを直す者の必要性を実感したから仕方がない。ヘイムは、そのための尊い犠牲となったのだ。


 それにハンターの癖に戦車の修理が得意なのがいけない。よって、私は悪くない。うん、完璧な論破である。

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