第51話 よく分からない、が分かった

「まず何から情報を纏めようか」


 俺はポチから降り立つ。パオーン様は、そのままポチの頭の上でボヘっとしているつもりらしい。

 俺が大地に降り立つ、とそこからわさわさと草が生え出て来る。砂漠だろうが何だろうが容赦なしだ。なんだっていいとにかく草だ、という強固な意志は狂気すら感じる。


 これはメリットである一方で、デメリットになることは言うまでもない。特に今回のような撤退戦では相手に逃走経路を提示しているようなもの。

 ポチの頭の上に乗っていなければ緑の絨毯を目印にして、どこまでも追いかけて来ていた事であろう。


 緑の絨毯の上に腰を下ろす。何気なく座ったつもりであったが、あろうことか女の子座りとなっていた。

 これはいったい、どういうことか。以前は胡坐が基本だったというのに。


「むむむ」

『何を唸っているのですか?』

「いや、男としての尊厳が消失しつつあるという葛藤がだな」

『どうでもいいです。それよりも全てを喰らう者フェンリルの情報から整理しましょうか』

「ひどぅいっ」


 俺が割と悩んでいるというのに、おはなさんは薄情者である。

 だが、まぁ、今はこれを気にしている時ではないのも確か。よって、限られた時間を有効的に活用するためにも、今はこの問題を保留することにする。


全てを喰らう者フェンリルか」


 その名を口にする、と恐怖と怒りが同時に湧き出してきた。黒い感情を全て吐き出したつもりでいたが、実のところそうではないらしい。

 でも、以前よりかはだいぶマシになっている気がした。憎悪から嫌い程度には緩和された気がする。


『色々と知っている口ぶりでしたね。そして、ナナシを再生の芽ゼロと呼んでいました』

「それな。あのサイボーグ女は何を知っているんだろう」


 俺の事を再生の芽ゼロと呼称した者は知っている限りではあいつだけだ。

 そして、俺をそれと認識した途端におかしくなった。俺を捕獲することを第一として害するつもりはないらしいが、捕獲された後の事を考えるとその限りではない可能性もある。


 そして、プログラムとか任務とかがある以上、彼女の背後には何者かが控えているに違いなかった。そいつこそ、俺が気を付けなくてはならない敵の可能性が高い。


 いや、その前に敵かどうかを確認しなくてはならないか。面倒臭いなぁ。


再生の芽ゼロなどという単語はデータにはありません。中央管理センター、人間たち共々、それを口にした者がデータに引っ掛かることはありませんね』

「失われたデータに記録されている可能性は?」

『可能性はあります。そして、都合が悪い、という理由でわざと損壊させた可能性も』

「なんでだろうな」

『さぁ? 現時点では推測することもできないでしょう。情報が不足し過ぎています』


 その他にも身体を機械化しているあの技術力だ。もし、この世界にサイボーグ化の技術が普及しているなら、もっと戦闘用のサイボーグ人間が多数存在していてもおかしくはない。

 しかし、俺たちは今まで、そんな人間に出会った事など無かった。それは、この世界にサイボーグがほぼ存在していない、という理由になるのではなかろうか。


全てを喰らう者フェンリルの超技術力はなんなんだろうな」

『それに尽きますね。明らかにこの世界の技術力、科学力を超越しております』

「でも、俺もこの世界じゃ【異端】なんだろ?」

『それは……そうです。誕生したのが奇跡、と断言できるほどに無茶苦茶な存在です』


 そう、俺もまた異常な存在。そうなるように創られた者。歩くだけで命を生み出す、常識を外れた存在。

 その誕生は、とある研究施設内にて偶然が重なったからだ、と教えられた。


 でも、それは本当の事なのだろうか。


 気付いた時には、俺は一人ぼっちで砂漠に突っ立っていた。全裸で。

 気づかなかった可能性はあるが、付近には研究施設と呼べるような建物も無かった。

 俺の誕生には多くの秘密があるようだが、それを確かめる術が現状ない。


 中央管理センターに辿り着けば或いは。だが、そこに居る連中が秘密を隠している可能性だってあるではないか。


「やっぱ、確かめるにはサイボーグ女を直接どうにかするしかないのかな?」

『確実な方法はそれですね。ですがリスキーですし、私的にはナナシが再生の芽ゼロであろうと、なかろうと、どちらでもいいのです。あなたは私たちの希望。それが変わることが無いのですから』

「そっか」


 サイボーグ女……全てを喰らう者フェンリルの情報はこんな所でいいだろう。

 もっと情報を取得する必要はあるが、それは追々でいいはずだ。


 それよりも、もっと重要な案件がある。それは俺の記憶。そして、何故、この世界に地球の戦車が多数存在しているか。

 そして、明らかになオーバーテクノロジーが存在している理由。


全てを喰らう者フェンリル関連のまとめはこれくらいでいいだろう」

『そうですね」

「おはなさん、ここからは割と最近、気づいた事なんだけど」

『なんでしょう?』

「そうだな……もし、俺に別の世界の記憶……いや、知識があったとしたらどうかな?」

『なんですって?』


 おはなさんに俺の抱える秘密を打ち明けた。早い話が【俺は転生者かもしれない】という可能性を聞かせたのである。


『ふむ……可能性は無くはないです。ですが、あなたは作られた存在。そういう設定をされた可能性もあるのです』

「言われてみれば……この記憶も作りものだってこと?」

『前世の性別、容姿も思い出せないのでしょう?』

「う、うん」


 前にそれぽっい記憶がチラリと垣間見えたのだが、それは自室と思わしき光景と自分の体だけで顔の方は確認できなかった。


 もし、この記憶が誰かに作られ植え付けられたものであるとするなら、自身が転生者であると信じ込むのは早計である。

 なので歯切れの悪い返事に留めた。


『ならば、その可能性も十分にある、ということになりますね』


 おはなさんの言う通りである。この記憶が本物という保証はどこにもないのだ。


『重ねて言いますが……どうでもいい事なのです。ナナシはナナシなのですから』

「そっか。ありがとう、おはなさん」


 俺は俺……か。確かにそうだ。俺は俺だ、何者でもない。


「じゃあ、地球という星の戦車が、この世界に存在している件についてだ」

『地球……ですか』

「どうかしたの?」

『いえ、その名がデータ検索に一件ほど引っ掛かりました』

「なんだって?」


 まさかの新事実。この世界に地球という存在が伝わっていた、というのだ。


「それで、そのデータの内容は?」

『それが、意味不明でして』

「構わないから教えて」

『え~っとですね……損傷が激しく、断片的なものになります』

「うん」

『では……地球、ラノベ、異世界、ハーレム、チート最高……だそうです』

「あっはい」


 つまりだ、地球から異世界転生をした人間がこの世界で色々とやらかした結果、地球での技術が広まった可能性がある、ということなのだろう。

 そこまでは理解した。だが、人間を丸々転移させるワープ技術なんて地球には存在してないだろう。

 この世界にも魔法はあるが、それは科学技術の一部に近い。とてもではないが転移などと言う高等技術を生み出せるとは思えないのだが。


「う~ん、ArmアームCurationクリエイションや、元素魔法媒体エレメントミディアム元素銃エレメントガンも異常な技術だ。地球の技術力で誕生させることは難しいと思う」

『それらは、今から千年前には既に存在していたらしいです』

「えっ?」


 マジか。ということは転生者は千年前に存在していた?


『そして、戦車ですが……これらが誕生したのは、今より200年前の事です』

「えっ? 割と最近?」

『最近といえば最近ですね』

「う~ん? 頭が混乱してきたぞ」


 超技術が発見されたのは千年前で、チート転生者がもたらしたであろう戦車たちの誕生が200年前、ってどうなんだ?


『戦車は今でも人間の技術で生産可能です。ですが、元素魔法媒体エレメントミディアム

元素銃エレメントガンといった物は彼らの技術力では生産できないでしょう』

「昔は……マンイーターが誕生する前はどうだったの?」

『極限られた施設内でのみ生産が可能だった、というデータが存在しております』

「その施設は?」

『中央管理センター』

「むむむ」


 ん? ということは……ACアームクリエイションも中央管理センターで生産されていたってことか? だとするとフールーのメカニックたちって……。


「なぁ、ACアームクリエイションも中央管理センターで作られているのか?」

『かつては。今は生産されていないはずです』

「じゃあ、なんでフールーの連中が、その技術を使っているんだ? しかも、あいつら整備や生産もしていたんだぞ」

『……言われてみればそうです。おかしいですね』

「あいつら、中央管理センターの関係者の子孫だって可能性は?」

『十分にあります。ですが、そうであるなら流浪の民であるクロウでいる理由がありません』


 確かに。


 ACアームクリエイションの能力があればどこかに拠点を作って、基本的にそこで暮らせばいいだけの事。遠征して必要な物資を入手し転移で帰還する方が安全で快適な暮らしが約束されるはず。


 では何故、わざわざ流浪の民であるクロウでいる必要があったのか。


 結論から言えば、よぐわがんにゃい、である。


「意味不明だな」

『ですね』


 やはり中央管理センターへの到達が最重要課題であることが判明するに留まる。

 あそこには様々な答えがあるはず。であるなら仲間たちとの合流を急ぐ必要があるだろう。


「ぷにー」

「おん? ぷにぷにどもか」


 おはなさんと話に夢中になっている、といつの間にかO・Lオーバーライフが生え出て俺に纏わり付いていた。


「ぱおーん」

「きゅーん」


 パオーン様とポチにもちょっかいを掛けているもよう。こいつらもまた、怖いもの知らずなのである。


『ここいら一帯が豊かになった証明です』

「ふ~ん……おわっ!? いつの間にか辺り一面が草だらけにっ!?」


 なんということでしょう。ただ座っていただけなのに、見渡す限り草だらけになっていたではありませんか。


 マジで草生えるわ、こんなん。


「いったい何事だよ」

『能力の進化でしょうか。腰を下ろし、一定時間その場に留まり続けると緑化範囲が広がってゆくみたいです』

「それって、ずっと座っていたら歩く必要が無いってこと?」

『限度はあるでしょうが』

「やっぱ、歩く必要はあるのか」

『それと、草レベルは一切変化なしのようです』

「うげっ」

『歩け、ということなんでしょうね』


 やはり、楽して経験値はもらえないってことか。


「夜明けまでは?」

『あと三時間、といったところでしょうか』

「ポチはどうかな?」

『十分に疲労が取れたようです』


 ポチを見れば、ぶんぶんと尻尾を振って回復したことをアピールしていた。


「おんっ」

「よし、それじゃあ皆と合流するか」


 再びポチの頭の上に乗って根を下ろす。シーナたちがどれほど進んだかは分からないが、ポチの速度であれば少なくとも一週間程度で追いつけるはず。

 早く合流しないと、彼らのエネルギーも枯渇してしまうはずだ。


 やがて、世界が明るくなってゆく。滅びに向かっている世界でも日は昇るのだ。


「嫌な臭いの風だなぁ」


 太陽によって温められた風が鼻腔に流れ込んでくる。風に混じる死臭。既に慣れたと思っていたが俺は思わず顔をしかめた。

 早く、この嫌な臭いを無くしてしまいたいものである。

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