第50話 形勢逆転

 形勢は一気に逆転した。まさか戦車を外部から操作できるとは思ってもいなかったから。

 それでも俺は植物の盾ライフ・オブ・シールドでパオーン様を護る。だが、それだって限界というものがある。


『これまでですね。どうです? 全部吐き出せましたか?』

「今までずっと黙ってたのは、こうなることを予想していたからかよっ」

『はい』


 おはなさんは本当に意地が悪い。そして、サイボーグ女の発言。


 おはなさんめ……マンイーターを待機させていたな? それができるのは俺の記憶から一匹しかいない。


「もう十分だよ。ポチっ!」

「わんわんぉっ!」


 砂を巻き上げてポチが飛び出してきた。やっぱり、ずっと俺の事を見守っていたんだな。


「パオーン様っ! こっちだ!」

「……!」


 パオーン様は悔し気な表情を見せた。憎き敵、それをあと一歩まで追い詰めておいて退かねばならないのだから。

 しかし、この戦力で蒼い戦車とやり合うのは危険だ。いくらパオーン様が強いとはいえ生身と戦車とでは比べようもない。

 しかも主砲が五つとか馬鹿か。どんだけ火力を増せば気が済むんだ。


 だが、ポチならばやれるか―――とも思ったけど、やっぱり火力が違いすぎて考えを改めました。乱れ飛んで来る砲弾は雨のようでして。


 おめー、一台で一個小隊かよ、おぉん?


 実際はそれよりも酷く、俺の心はボッキボキに折れまくっております、はい。


「わははっ! こりゃあ、勝負にならんわ!」

『笑っている場合ではありません。ここで死ぬのはロスになるので、なんとしても逃げ延びましょう』

「分かってるよ。この圧倒的な火力を体験できたのは大きな収穫だ」


 そう情報は何よりも勝る収穫。これを次に活かし、より良い結果を掴み取る。できれば退ける、いや完全勝利をもぎ取りたい。

 そのためにも逃げる。逃げてシーナたちと合流するんだ。


 ポチの速力なら蒼い戦車を振り切ることも十分可能だろう。ポチの全力疾走は時速にして実に140キロメートルを超えるらしいから。

 これは、おはなさん情報なので信憑性は大いにある。


「うおぉぉうっ!? 早いっ、早過ぎるっ!? 怖いっ!」

『しっかりとポチに根付いてください。振り落とされますよっ』

「ぱおーん」


 顔に当たる風が痛い。バチバチと砂が突き刺さって来る。しかし、これに耐えなくては追いつかれてしまう可能性がある。


「も、もう逃げきれたっ!?」

『いいえ、差が広がりません。相手も同じ速度を出しているかと』

「うっそだろ!? 相手は戦車だぞっ!?」


 戦車が時速100キロメートルを叩きだすとか聞いたことが無い。だが、ここは地球とは異なる世界だ。そんな超技術があってもおかしくない。


 いや、待て。その異世界に何故、俺が知っている戦車が多数存在するんだ。考えてみるとおかしいじゃないか。そして、それが当たり前と思っている自分も。

 なんだ、この違和感は。今までにないほどに不快感を感じる。気持ち悪い。


「この不快感……いや、単に乗り物酔いだわ。おえっぷ」


 今のポチの乗り心地は最悪である。荒波を行く小型漁船レベルで酷い。

 そんな中、パオーン様だけが大はしゃぎ。追ってくる蒼い戦車に向けて植物の槍ライフ・オブ・ランスをぶっ放している。

 しかし、それは返って相手の反撃を促した。つまり、めっちゃ砲撃してくる。


「んひぃっ!? 出るっ! でちゃうぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」


 虹色のアレがドバーっと出たら大惨事確定だ。何よりもポチが可哀想である。何がなんでも堪えなくてはならないだろう。


「うっぷ……でも、差が開かない以上、どうにかしないと」

『はい。でしたら、私にいい考えがあります』

「どうするのさ?」

『ここより北西に小さな遺跡が存在します。そこで全てを喰らう者フェンリルを迎え撃ちます』

「完全に仕留めるってこと?」

『出来るなら。でも、まず無理でしょう。目的は蒼の戦車を行動不能に追い込むこと。無限軌道で動くのであれば、それを破壊すれば追いかけてはこれません』


 なるほど。戦車の弱点はキャタピラと昔から言われている。下手をすれば戦車を捨ててでも追いかけてきそうではあるが、そこは無いと信じたいところ。

 それに、このままでは遅かれ早かれ追いつかれるのは明白。ポチだって一応は生物に分類される。つまり、やがて疲労で走れなくなるということ。


「おはなさんの作戦でいこう。ポチ」

「おんっ!」


 ポチに北西に進むよう指示する。蒼い戦車はしっかりと俺たちを追尾した。


「全然、差が開かないな。あの化け物め」

『やはり、この世界の技術力を超えた性能ですね』

「え? あれってこの世界の技術力じゃないの?」

『少なくとも、私のデータに時速100キロメートルを超す速度で走る戦車などありません』

「う~ん?」


 瞬間移動できる小型装置があるのに、戦車は地球の性能準拠?

 加えてフールーが使っているトレーラーは明らかに地球を超えている技術の塊だった。

 もしかして、集団によって技術格差が生じている可能性が?


 あぁ、ダメだ。頭が混乱してきたぞ。


 程よく頭が混乱してきたところで、おはなさんが言っていた遺跡らしきものが見えてきた。

 それは寺院のような物。ドーム状の屋根は半壊してる。仏像なども確認できるがまともな状態で残っている者は皆無だ。


「神も仏もいないってか?」

『そんなものは幻想です。それに縋るとは……人間は本当に度し難い』

「誰しもが心が強いわけじゃないんだよ」

『実在する者を信じず、居もしない存在を信じる心境が理解できません。それより、遺跡内に突入してください』

「何かあるの?」

『入れば分かります』


 おはなさんの指示に従ってポチを寺院へと突入させる。そこには大量のマンイーターが生息していたではないか。


「マンイーターっ!? 見た事が無い子たちだなぁ」

『彼らはM-5656ボールです。M-006ドームの量産型として開発されましたが、思ったような性能を得られず開発が中断されたマンイーターですね』


 ボールは言うなればダンゴムシだ。ただし、大きさは二メートルを超える。それが寺院内にみっちりと詰まっていた。


『彼らを囮として使用します』

「おいおい、そんなことをしたら可哀想だろ」

『大丈夫です。この子たちの防御形態は徹甲弾ですら弾きます。爆風、高熱にも耐性があるのです』

「なにそれ、無敵?」

『いえ、欠点もあります。寒さに弱い事。攻撃能力が低すぎる事。何より、この子たちは怠惰なのです。一日中、丸くなっているだけです』


 つまり、マンイーター界のニートってことかよ。


『なので、この子たちを全てを喰らう者フェンリルに全部転がします』

「質量爆弾みたいなものか……よし、やってみよう」


 ここまできたら躊躇ってもいられない。ボールたちの防御力を信じて転がしまくろう。

 無論、転がす役目はポチだけどな。


 というわけで行動開始。ポチによってM-5656ボールが寺院の外に転がされてゆく。一匹、また一匹と転がってゆく鋼の装甲を持つダンゴムシたち。

 すると、ある一匹のM-5656ボールを追いかけて自ら転がってゆくM-5656ボールたちの姿が確認できた。


「何事っ?」

『どうやら群れのボスを転がしたみたいですね。後は勝手に追いかけて行ってくれるでしょう』


 次々と寺院から出てゆくM-5656ボールたち。それはやがて鋼鉄の津波となって全てを喰らう者フェンリルに襲い掛かる。


 蒼い戦車も砲撃によって突破口を開こうとする。しかし、おはなさんが言っていたようにM-5656ボールは物理、熱ともに強く、まったく攻撃を受け付けない。

 やがて蒼い戦車は鋼鉄の津波に飲み込まれてしまった。


『いいでしょう。頃合いです。脱出を』

「ポチっ」

「おんっ!」


 寺院の半壊した屋根からこっそりと脱出する。これなら、まだ内部に残っていると錯覚させることができるかもしれない、という判断だ。

 だが、その際に俺は天井付近に吊るされていた元素魔法媒体エレメントミディアムを発見する。最初は見間違いではないかと思ったが、どうやらそうではないらしい。


「あっ、待った! あそこの元素魔法媒体エレメントミディアムを回収しようっ」

『おや……? 本当ですね。よく見つけましたね?』

「偶然だと思う」


 天井付近に吊るされている元素魔法媒体エレメントミディアムを回収。それは金色に輝く美しい物であった。


「これを股間に装着すれば、俺も男に……」

『戻りません、戻らせません』


 やはりダメだったもようで。ならば棒もだ、といったところで雷を落とされたので沈黙します。


 暫しの間、砂漠を駆ける。風を切る音とポチの息使いだけが聞こえた。


「振り切れた?」

全てを喰らう者フェンリルの反応ありません。どうやら撒けたようです』

「よかった~」


 どっと疲労が噴出した。死んでも蘇ると分かっていても怖い物は怖い。それに痛みが無いわけでもない。一瞬で死ねなかった場合は地獄のような痛みを感じながら死を待つしかないのだ。

 俺には自殺なんて勇気も無いし。


 ポチも疲れただろうから速度を落とさせる。どこかで休憩を挟む必要があるだろう。


「しかし、よく逃げ切れたな」

『そう思い込むのは危険です。奴はサイボーグですので、こちらの波長を記憶している可能性も否定できません』

「うげっ、そうなると接触されたのは拙かったか」

『そうですね。ですが……アレはあくまでナナシの確保を目的にしているようです。そして、何かしらの情報を所持している。私の知らないナナシの情報を―――』

「おはなさん?」

『あ、いえ。考え事です。お気になさらずに』


 それっきり、おはなさんは黙りこくってしまう。俺も疲れたのでポチの頭の上でウトウトし始めてしまった。

 パオーン様はとっくの昔に眠りの世界の住人だ。






「うをっ!? やっべ。寝てる場合じゃない」


 ビョクっ、と反射的に目が覚める。でも、一瞬かと思ったらガッツリと寝ていたようで既に日が沈んでいた。

 その間にもポチは歩き続けていたようで、知らない景色がどこまでも広がっている。


「おはなさん、ここはどこら辺?」

『……ふがっ!? あぁ、えっと……寺院より北に15キロメートルの地点です』


 あんたも寝てたんかい、AIっ。


「随分と歩いたな。流石に疲れたろう、ポチ」

「きゅ~ん」


 情けない声を上げたポチに、俺は申し訳ないがクスっと笑ってしまった。

 俺がいる事で生命維持のエネルギーと満腹感は滞りなく供給される。しかし、疲労はまた別の問題なのだ。


「ここら辺で休憩しよう」

『そうですね』

「ぱお?」


 ここでようやくパオーン様も目が覚めたようだ。まぁ、目が覚めても面倒臭いだけなので、もっと寝ていてくれても良かったのだが。


 星空を見上げながら日中の出来事を思い出す。よくもまぁ、全てを喰らう者フェンリルに立ち向かって死なずに済んだものだ、と。


「時間があるから、ちょっと情報を整理しておこうか」

『そうですね……私も腑に落ちない個所が割とあります」

「ぱおっ」


 パオーン様は会話にならないので大人しくしていてね?


 俺とおはなさんはポチが回復するまでの間、情報を整理することで一致した。

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