第48話 黒の感情
折角の拠点ではあるが、俺たちは
揺れる装甲車内にて俺は腕を抱きかかえ、とあることに思いを馳せていた。それは、もし
少し前であったなら、何がなんでも逃走を試みたであろう。でも、今は少し事情が違う。これは俺の個人的な感情。ハッキリ言ってしまえば恨みみたいなものだ。
もし、あの時、
それに素直に従うかどうかで現在、葛藤している真っ最中だ。でも、実のところ既に決めている。あとは
「ぱおーん、ぱおーん」
パオーン様も何か考えているようだ。ぷらぷらと短い足を揺らしながら、その時が訪れるのを待っている。
彼を止める役目のおっちゃんは本調子ではない。あれだけの銃弾を身体に受けても生き延びたタフネスだが、やはり致命傷にならなかっただけの事。
彼が言うには、休んでいればそのうち元に戻る、とのことだがやはり俺たち的には心配であることには変わりない。
こんな時くらいはしっかりと休んで欲しいのだが、今現在も装甲車の運転手として働いている。
少しくらい動いていた方が回復も早い、ということで許可しているが……なんだかなぁ。
『クイーン、何を考えているので?』
「う~ん、どうしようかなって」
『どうしようか、とは?』
「全部吐き出しちまった方が良いかなって」
『……憎悪、ですか?』
「うん。俺が、俺らしくあるために」
『私としては人間に憎悪して欲しい所ですが』
「やだよ、疲れる」
恨む、という感情はエネルギーを生み出すが、とても疲れる感情でもあるのだ。そのうち自制も聞かなくなってくるに決まっている。
おはなさんはそれをコントロールする自信があるのだろう。でも、彼女は知らないのだ。
感情の爆発など御せるはずがない、ということに。それは彼女が生身を持たないAIであるが故に、だ。感情の爆発は理性では止められないし、プログラムや制御装置でも止める事は難しい。
痛みを与えることによるショック療法だって、それすら凌駕する感情の前には無力だ。特に覚悟を決めている人間に関しては。
俺としては、俺のままでいたい。仲間を殺された恨みを抱えたまま、この星の再生を続けたくはないのだ。
理由としては、なんだか真っ黒い俺の感情が生やした草に乗り移っているようで気持ちが悪いから。このままだと俺の殺意の感情が籠った草木が「滅殺」とか囁きそうで。
「……」
ロゲシャブの町で手元に残った品々。特に
その行為の最中に予感めいたものを感じた。それは頭部を突き抜ける電撃のようなもの。
「ぱおっ!」
それはパオーン様も同様だったようで。今までの間抜けな表情が一変し、明らかな怒りが顔に宿っている。確実な臨戦態勢。
そして、俺たちは知っている。この得体の知れない威圧感を。忘れるはずもなく。
「来やがった……!」
『クイーンっ! 前方に蒼の戦車! やつです……!
シーナからの緊急連絡。予定としてはルートを大きく北東にすることで
しかし、奴は俺たちの行動を読んで先回りしていたのだろう。或いは遺跡に辿り着く前に逃げられる、と判断し予定を変更し待ち伏せをおこなったか。
いずれにしても、今となってはどうでもいい事だ。
『げ、迎撃します!』
「待て、シーナ。奴は俺がやる」
『―――っ!? お、お待ちくださいっ! それでは我々が盾として死ねません!』
「それも待て、だ。というか死ぬつもりなら、もうずっと装甲車にしまっちゃうぞ」
『クイーンと一緒なら……』
何か言いかけたシーナであったが、おはなさんのわざとらしい咳払いで聞こえませんでした。
「とにかく、アレは俺が対処する。あれだ、ケジメ案件ってやつだ」
『しかしっ』
「これはクイーンとしての命令っ。おっちゃん、前に出て」
「……イインダナ?」
「うん」
おっちゃんは俺の要求に従い、単機で
「行ってくる」
『本来は全力で止めるんですよ?』
「分かってる。けど、俺は止まらねぇからよ」
俺は、おはなさんのため息に背を押されて装甲車を飛び出した。降り立った先の乾いた砂に命が芽生える。一歩、一歩と進む度に大地は潤い生命が誕生する。
その範囲が広がっているように感じた。いや、これは気のせいではない。確実に広がっている。
以前は足の大きさ程度の範囲でしか草が生えてこなかった。空いた隙間はじわじわと草が自力で繁殖地を広げて埋めてゆく形であったが、今現在、俺が生やす草は俺を中心として1メートルの範囲でもりもりと生え出していた。
『こ、これは……
「今はどうでもいいよ。それよりも、
俺が歩を進める度に緑が生まれ出る。それは緑の絨毯を形成するのだ。
砂漠に生み出された奇妙な光景は
「シーナたちを先行させて。おっちゃんの装甲車も」
『よろしいので?』
「うん、よろしく」
ここに残るのは万が一を考えて俺だけだ。もし、殺されてリスポーン地点……つまり先ほど放棄した拠点に戻ったら、その時はそこら辺のマンイーターにお願いして背中に乗せてもらうことにする。そうして仲間たちを追いかけよう。
今は、兎にも角にも、俺の中の黒い感情を全て吐き出す。
「よう。少し前ぶりだな」
「……草の子。君のその能力……やはり君が【
「何言ってんだ、おめー」
もっとこっちが理解できる言葉でどうぞ。
なんだよ、ゼロって。こっちは八つ当たりする気満々で来てるんだぞ。確かに
これくらいは向こうだって理解しているだろう。だからこそ、戦車から降りてきたわけだ。
だが、これこそが万が一を呼び寄せる。万が一を起こせたなら俺にも勝機があるってことだ。だったら、奇策っ、一心不乱の奇策を叩き込むっ。
それには、とにかくハッタリ。大胆不敵さを見せつける。ついでに八つ当たりもする。相手は理不尽が服を着ているような奴だ。こっちもわけの分からなさを見せつけなくてはならない。
それが上手くいって、ようやく土俵の周りに近付ける程度。同じ土俵の上になんて乗れない。だが、それでいいんだ。
俺の目的は
でも、不安要素は必ずあるものでして。
「ぱおーん!」
そう、我が弟君のパオーン様。俺の言うことなんか聞かないし、それを止めれる者もほぼ皆無。そして、無駄に強い。
こいつはある意味で
「同じ顔……姉弟……いや、同一個体?」
「ごちゃごちゃとうっせー。俺は、俺たちはおまえに八つ当たりをしに来た」
「……それは、昨日の娘の件でか?」
「そうだ。おまえさえいなければ、あの子は今も生きていた」
黒髪の美人は悲しそうな表情で首を横に振る。
「あの子は遅かれ早かれマンイーターに変異していただろう。人間のままで死ねた、とは考えられないか?」
「俺はマンイーターを統べる者だ。そんなのは些細なことだった」
「違う。君はマンイーターを統べる者ではない。もっと、重要な……そう、それこそが私の使命。いや、なんだ? 違う、違わないっ! か、回収っ! かかかかかかっ、かい! かいしゅうせよっ! ぷ、プログラム起動っ!」
何事かと圧倒されている自分に気付く、とそれは痙攣が止まり糸が切れた操り人形のように停止した。
しかし、それは終わりではなく始まりだったのだ。
「戦闘システム起動。
俯いていた顔を上げる
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