第47話 仕える喜び、そして野心
「サクヤ、おはな様から通達があった」
「なんて?」
「タンクローリー奪取作戦は中止、直ちに帰還せよ」
「うん、予想通りね」
仕方があるまい。あんな者の存在を確認してしまったのだ。直ちに拠点を放棄して出立しなければ、或いは全滅の憂き目もある。
「タンクローリーこそ手に入れられなかったが……軽油自体は手に入れた。これを持ち帰ろう」
「そうね。タンクローリーじゃなくても、戦車や装甲車から奪えばいいんだもの」
僕たちは
何もタンクローリーを強奪しなくとも軽油は手に入れられる。ここは頻繁に車が行き交っているからだ。
ただし、目撃情報を極力減らすために襲撃は敵の全滅が絶対条件。加えて残骸の完全処理が課せられた。
しかし、これでは時間が掛かり過ぎて、2セット程度の収穫しか得られなかった。でも、その内の一つが軽油を売りさばこうとしていた商人の一団であったのは僥倖だ。
これによって、タンクローリーとはゆかぬものの、暫しの間、軽油には困らないはず。
「急ぎ拠点へと戻ろう。どうやら、
「なんですって? 急ぎましょう、シーナ」
僕はガブリエルに急ぎ搭乗する。最悪の場合、こいつで蒼い戦車を食い止める必要があるだろう。出来る事なら、一切の整備も行えていないガブリエルでの戦闘は避けたいところであるが。
サクヤは軽油を積んでいる十トントラックだ。およそ八千リットルの軽油を搭載している。そのうちドラム缶が大半を占めており、ポリタンク入りの軽油も詰めるだけ詰め込んでいるもよう。
「整備工場を奪取したいな」
「この子を直すのですか?」
「あぁ、せめてホバー移動くらいしたい」
「故障しているのか、それとも元々搭載されていないのか。徒歩ですものね」
やはり、徒歩とホバー移動とでは圧倒的に移動時間に差が出る。余裕がある時はいいが、緊急時は目も当てられないロスとなるだろう。
ガブリエルには翼のあるので、もしかしたら飛行機能があったのかもしれない。しかし、片翼は再生不可能。そして、飛行プログラムも確認できていない。まさか、ただの飾りであったのだろうか。
やはり人間の考えは理解に苦しむ。
不眠不休でガブリエルを走らせる。一日と半分で拠点へと帰還。クイーンは既に出立の準備を終えていた。
ガブリエルから降り、急ぎクイーンの下へと馳せ参じ跪いた。
「シーナ、サクヤ、無事でよかった」
「クイーンもよくぞご無事で」
「……俺は大丈夫だったけど……ごめん、サクヤ。リュミール、死なせちゃった」
酷く悲しい声だった。しかし、同時になんとも言えぬ力強さを感じる。言葉として言いあらわすなら、そう――――これは覚悟か。
「滅相もありません。リュミールもクイーンの為に命を懸けられたのです、本望であったでしょう」
「そっか」
クイーンの雰囲気がかなり変わったように感じる。今までのふわふわした感じも好ましかったが、今のこの御方には上に立つという凄みを感じる。
僕の理想の女王に更に近付かれた感じで、思わず達しそうになった。
身に付けられている衣服は変わりない。灰色のワンピースに素足という簡素なもの。
これは、この御方が星を再生させるために都合が良い姿なので仕方がない。でも、彼女から生まれ出る植物たちは以前とは比べ物にならないほどの力強さ―――生命力を感じる。
何がクイーンをここまで成長させたのか。興味が尽きないところだが、今は迫る脅威から逃れる事を優先しなければなるまい。
「クイーン、おはな様、作戦は中止しましたが、その代わりに軽油を奪取してまいりました」
「このトラックに約八千リットルほどの軽油が積み込まれております。どうぞ、ご活用ください」
この報告にクイーンは花が咲いたかのような笑顔をお見せになられた。愛しいなっ、クイーンっ。
「よくやってくれたっ。これで、車を放棄しなくとも済む。中央への時間短縮に繋がるだろう。急いで給油を行ってくれ」
「「ははっ!」」
僕らは手分けをして車に給油を開始する。M-893型が中心となって給油活動を行った。ドルイドたちではその重量から手間取るだろうことは予想している。
「急げっ!
僕はM-893型に檄を飛ばす。これ以上、クイーンを悲しませるのは臣下の恥。
サクヤもそう感じているのだろう、出立の準備を迅速に進めている。この遺跡をむざむざ人間に利用できないよう、所々にトラップを仕掛けているのだ。
彼女の事だ、最悪、完全に使用できなくなるような仕掛けも設置していることだろう。
「キュウユ、カンリョウ」
「おまえは……まだ負傷が完治していないのだろう?」
「カラダ、ウゴカス。ソノホウガ、イイ」
おっちゃんの名で親しまれているM-893型。かなりの損傷を受けたが、それでも女王、そして弟君の為に働いていた。
M-893型にしてはハイスペック。恐らくは突然変異なのだろう。優秀さ故に危うい。
「ぱおーん」
「ダイジョウブ、イナクナラナイ」
「……ぱお」
おっちゃんの背中に弟君が張り付いていた。心なしか元気がない様子。
リュミールという人間ごときが、ここまでお二方の心を掻き乱すとは、この僕の目を以ってしても見抜けなんだ。不覚。
もっと気を配っていれば、このような心痛を煩わせなくとも済んだものを。
「シーナ」
「サクヤ……僕らはまだまだ臣下としてなっちゃいない」
「えぇ……そうね」
二人同時に溜息を吐く。ここから汚名を返上してゆかねば。
その日の夕刻までに給油、車の整備、そして出立の準備が整う。
日が暮れ始める。常時であるならドルイドたちの食事を準備する頃だが、これから始めるのは中央管理センターに向けての進軍である。
これだけの大所帯ともなると統率しての移動は時間が掛かる。つまり、ここからは時間との戦いになるのだ。
「準備はいいかっ? これより、中央に向けて出発する! 乗り遅れたヤツはいないなっ!?」
「はっ! 確認は済んでおります!」
「よし! それじゃあ、出してくれ!」
これより、我々は北東へと進む。そこから中央管理センターがある島国を目指すことになるのだ。
だが、そこに至るまでには数多くの困難が待ち受けているだろう。
やはり、飛行機を入手するのが手っ取り早い。しかし、この数を収容することができる飛行機は存在しない。となれば選択肢は限られてくる。
クイーンには少数の精鋭を伴って中央管理センターに向かってもらうか。それとも大軍勢を伴って全てを踏み潰しながら中央管理センターに到達するか、だ。
今までのクイーンであるなら前者を迷うことなく選択したであろう。だが、今のクイーンは以前とは違う。統べる者としての風格をお見せになっている。
恐らく……いや、間違いなく威風を見せつけての中央到達。そうなるに違いない。
「……震えているのか? 僕は……!」
間違えようがない。武者震い、というやつだ。クイーンにお仕えできている喜びに全細胞が歓喜の叫びを上げているのだ。
「ふふ……ふはっ! ふはははははっ!」
ガブリエルのコクピット内には僕一人。誰にも気を咎めないで笑う事ができる。
こんなにも嬉しいことはない。こんなにも喜ばしいことはない。わが生涯を捧げる事ができるお方に巡り合えたのだ。
「僕はあなたの為に生まれてきた。そう、屑でも、失敗作でもない。唯一の成功例……!」
見ているがいい、中央の老いぼれたち。この僕が、おまえらも得られなかった栄光を享受する瞬間を。
偽りの達成感に溺れる愚者どもよ、真の未来へと導いてくださる存在に仕えることなく滅びるがいい。
そうだ、そうさ、僕がおまえらを滅ぼしてやる。
そして、いつの日か僕はクイーンと……!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます