第46話 ニーブル

 夜が明けた。シャドウファングの討伐は失敗に終わったようだ。私抜きだった、としてもこれはお粗末な結果といえよう。

 尤も私も他者をどうこう言える立場ではない。大物を逃してしまった。


 一夜明けたロゲシャブの町を行く。至る所でシャドウファングとの戦闘が行われていたようで、その痕跡が窺えた。

 しかし、最も被害が甚大だった場所はゲート付近。恐らくは草の子が、そこを通って脱出したのであろう。

 至る所に死体が転がっている。そして、そこには深緑色の彼女と思わしき死体も。


「マンイーターに汚染された者の末路か」


 マンイーターの厄介なところは、マンイーター細胞が人間を汚染する、というものだ。

 汚染が進行するにつれて、対象はどんどん人間らしさを喪失し、やがて完全にマンイーターへと作り替えられてしまう。

 それは人型のマンイーターといっても差し支えは無い。そして、人間とそれを見分けるのは至難の業。

 といっても、そこに至る前にショック死することの方が大多数だ。


 それに初期に除染すれば完治する。ハンターであるなら、これは常識だ。


「よぉ、【ニーブル】」


 赤髪のボサボサ頭の男が話しかけてきた。知人のハンターだ。

 緑の縁のゴーグルがトレードマークとか言っているが、酷く似合っていない事で有名である。

 容姿は普通。中肉中背。緑のツナギの上にプロテクターという一般的なハンターの姿。

 武器は漢のロマンとかでリボルバー式のマグナムを携帯している。


「【ヘイム】か。どうした?」

「どうした、じゃねぇよ。なんで昨日はサボっったんだ?」

「サボってなどいない。昨日は大物とやり合っていた。この惨状を生み出した奴とな」

「うげっ、これをか? よく無事だったな」

「……不覚を取った。逃がしてしまったが故に……悪いことをした」


 地面に転がる死体たちを見渡す。悪いことをした、とは言ったが、結局は自分を護るのは自分だけ。弱いこいつらが悪い、ということになる。


「そう自分を責めんなよ、英雄」

「その言い方は止めろ。私は英雄じゃない、復讐者だ」

「それ、もう止めた方が良いんじゃないのか? もう十年以上も探してるんだろ?」

「……」


 十年どころではない。私は―――――――――――私は? 私はなんだ? 分からない。


「そろそろハンターを引退して、次世代をだな……その……」

「遠慮しておこう。それに私の貰い手など、この世には存在しない」

「おまっ、決めつけるのはよくな―――」


 ヘイムが何かを言おうとした時、兵士が私たちに声をかけた。ヘイムは間が悪そうな顔を見せたが素直にそれに従った。

 兵士の下へと向かう。そこには深緑色の彼女の遺体があった。


「見てくれ……こいつ、まだ息がある」

「なんだって?」


 兵士がライフル銃で突いた死体、それを見たヘイムが驚愕する。

 その彼女は散々に鉛玉を叩き込まれたのであろう、損傷が激しいものだった。しかし、確かに生きている。ピクピクと痙攣しているのは再生を試みているからだろう。

 マンイーターには強力な再生能力を有するタイプがいる。そして、それは瀕死になればなるほどに能力が向上するのだ。


「……仮死状態になってマンイーター化が加速したか。不憫な」


 右指を彼女に向ける。五本で十分だろう。


「君の来世に幸福を。光滅弾フラッシュイーター、発射」


 輝く弾丸が爆ぜる。哀れな人間モドキはこの世から消滅した。


「やるせねぇな」

「この時代だ、仕方があるまい。草の子に操られていたんだろう」

「草の子って、人型マンイーターって話だが……知能があるのか?」

「あるどころではない。出し抜かれた。統率力も有している」

「なっ……!? おまえが、か!?」

「あぁ……仕留めておきたかったよ」


 あれは脅威になるだろう。だが、私はあれに別の何かを感じた。今となってはそれを確かめる機会が焼失しなかったことに安堵すら覚えている。

 もう薄っすらとしか覚えていない私だけの使命。それが、あれとの接触で思い出しつつある。敵性存在の殲滅ではない、もう一つの使命だ。


 それを完全に思い出すためにも、もう一度、彼女と接触する必要性がある。


「……今から追いかける。その方が良いだろう」

「馬鹿野郎、そんな超大物、ニーブルとはいえ一人で行かせられるか」

「私は独りの方が強いぞ?」

「そういう問題じゃねぇ」

「理解に苦しむ。はぁ……ならば一度、狩人小屋ハンターズに戻るとしよう」

「お、おう」


 ヘイムは出会った当初から鬱陶しい男だった。文句しか言わない。だというのに理由を付けて付き纏ってくる。

 私に必要なのはヘイムではない。燃料と砲弾だ。私の相棒である蒼い戦車【スレイブニール】の。


 あの子さえ……あの子さえ再起動できれば、スレイブニールに、こんな苦労を掛けさせないというのに。

 この子はまだ幼いのだ。それに戦うのを嫌がっている。戦士ではない。


 うん? ……あの子? あの子とは誰だ? 思い出せない。大切な記憶データであるはずなのに。


「おいっ、ニーブル! どうした? 急に立ち止まって」

「……ぁ」

「うおっ? 可愛い。じゃなくてっ! なんで泣いてるんだっ!?」

「泣いている? 誰が?」

「自分で気づいてないのかよ」


 む……なんだこれは。眼球の洗浄システムの異常か?


「問題ない。ただのシステムエラーだ。修復に取り掛かる」

「そこは普通に、大丈夫、でいいと思うぞ」

「考慮しよう」


 再び歩き出す。情報を纏める必要がある。それには狩人小屋ハンターズで情報を集めるのが手っ取り早い。

 周辺で稼いでいるハンターたちの寄り合い所には毎日、真偽不明の情報が舞い込む。それらは、屑同然の情報もあれば、値千金の情報も混入している場合もあるのだ。決して馬鹿にはできない。


 暫し、ヘイムと並んで歩く。シャドウファングとの戦闘の痕跡は深い。連中がロゲシャブの町に出現したのは一週間ほど前。深夜に突如として現れた。

 奴らの特徴は日が落ちた時刻にのみ出現し、日の光を浴びると深刻なダメージを負うということ。

 影と実体を自由に変化させることができ、実体化のみ物理的打撃が通る。それ以外の事は情報が不足しており、連中が自然再生生物モンスターなのか、マンイーターなのかも不明。

 ただ連中は人間だけではなく、マンイーターも捕食対象にしている。この点から、マンイーター側に所属していない事が分かる。


 だが脅威であることには間違いが無く、この世から消えるべきであろう存在であることは確定である。


「結構、被害が大きいな」

「ヘイム、この町の領主は何か声明を出したか?」

「いや、これからだろうな。ったく、これからだ、って時に災難だよ、彼女も」

「【イングリ】市長か。確か、ここを拠点とした軍を起こす、だったか?」

「あぁ、その名も【全人類軍ピース】人間であれば、国籍人種問わない、この世の平和を取り戻すための軍隊、だそうだ。こんなのができちまったら、ハンターもおまんまの食い上げだな」


 そうはなるまい。ただ単にその全人類軍ピースに組み込まれる可能性は出て来るが。

 だが、私は軍に所属するつもりはない。行動に制限ができては不具合が生じる。


 やがて狩人小屋ハンターズに到着した。表向きはどこにでもあるような酒場だ。正面に大きな入り口。壁に雑に張り付けられた木製の板は今となっては大変に貴重なもの。

 看板も掲げられてはいるが酸性雨で溶けて何が書かれているのかはもう分らない。しかし、それでいいのだ。

 ここが狩人小屋ハンターズだというのは先を行く者から、後に続く者へと脈々と伝わっているのだから。


 尚、実際に酒も提供している。私はアルコールを摂取すると不具合が生じるので飲まない。

 記憶データには残っていないが、どうやら私はアルコールを摂取すると積極的に脱衣するらしい。

 傍にいたヘイムが止めてくれなかったら今頃は子の一人や二人孕んでいただろう、とのことだ。


 開け放たれている入り口を潜り中へ。そこには厳つい貌の男たちがひしめき合っていた。

 むせ返る汗臭さとアルコールのにおい。私はここが苦手だ。

 女ハンターもいるが、強者はさっさと情報だけ取得し立ち去る。弱者は小遣い稼ぎに股を開いて男を受け入れている。

 そこの隅の方で盛っている連中がそうだ。もう見慣れた光景であり、気に留める者もいない。


「よぉ、ニーブル。どうしたい?」

「情報を集めに来た。ハゲ」

「ハゲいうな。【ジャック】だって言ってんだろ」


 カウンターの向こうでグラスを磨いているマッチョタキシードの禿げはロゲシャブの狩人小屋ハンターズを取り仕切っている。

 狩人小屋ハンターズは組織ではあるが町と町を繋いでの組織運営ではなく、町独自の運営を強いられていた。

 それはマンイーターの脅威からでもあるが、利権に関する部分も大きいらしい。


 それでも、ハンターたちの拠り所としての機能を町は必然的に作り出す。それは町の防衛を兼ねているからだ。

 強いハンターが居付けば、それだけ町が安全になる。これは各町の共通認識である。だからこそ、狩人小屋ハンターズは居心地の良い環境作りに腐心するのだという。


 だが、ここは割と混沌としている。だというのにハンターの集まりはすこぶる良好だ。理解に苦しむ。


「草の子を仕留め損ねた。何か情報は入っていないか? ゲートを破った連中だ」

「あ? 大物じゃねぇか! というか……この町に侵入していたのかっ!?」


 どよめく。当然だろう。草の子といえば、マンイーターを統率し人間の町を幾つも滅ぼした近年稀にみる凶悪な賞金首だ。

 その金額、破格の百万G。初期はどこかのクロウが五万Gで懸けたのだが、その凶悪性にてどんどん賞金が跳ね上がり今の金額となった。


 この賞金首は事態を重く見た【人類防衛戦線ガーディアン】が出資している。この組織は旧時代から存続していおり、最前線にて今もマンイーターと戦っている、とのこと。

 どこまで本当かは分からない。この時代、尾ヒレがつくのは当たり前なのだから。


「そうだ。外見は十歳程度の可憐な少女。白い肌。麦わら帽子。白のワンピース」

「それは、ただのお嬢様じゃねぇのか?」

「擬態だろう。そうでなければ私の身動きを封じる植物を生み出したりはしない」


 そう、あの力は想像を遥かに超えた。切り札である光滅歌フラッシュソングを出しても尚、仕留められなかったマンイーターはアレが初めてだ。


「おまえが……? そりゃあ、穏やかじゃねぇな。おい」


 再びハンターたちがざわつく。ハゲの促しで情報を集め合っているのだろう。


「あたし、そいつらの追撃に出て生き残った兵士と話をしたわ」

「何? 詳しく」


 その際に黒髪褐色肌の女ハンターが声を上げた。隅で男を受け入れていたハンターモドキだ。

 臭う粘液に塗れた顔であってもお構いなしなのは金の匂いを嗅ぎつけたからだろう。ほぼ全裸の姿は娼婦と呼ぶ方が適正か。


 だが、こういった者は情報を多く仕入れている事があるので蔑ろにはできない。


「んふっ♡ 幾らで買ってくれるぅ?」

「ほら」


 一万G金貨五枚を渡す。大鷲が刻まれた5センチメートルほどの貨幣だ。


「あぁんっ♡ 素敵っ! そいつらは南にあるって噂の遺跡に逃げていったらしいわよ?」

「南……確か詳細不明のマンイーターの出没地点だったな」

「えぇ、そうよ。あっ、やぁん。出したばかりなのに、またぁ? うふふ」


 ハンターモドキは再び男どもの精を絞り出す作業に戻った。


「有益な情報だが……」

「ニーブル、南はやべぇぞ?」

「分かってる、ヘイム。三万のハンターが、たった一体のマンイーターに全滅させられた、だろ?」

「あぁ……俺たちじゃ荷が重い。個人のハンターに出来る事なんざ、たかが知れている」

「だとしても、私は確かめなくてはならない事がある」


 それには草の子との接触が必要なのだ。失われた記憶データの復元、その可能性。それが成れば、或いは。


「支度をする」

「おいおいっ!? 俺の話を聞いていたのかっ!?」

「それでもだ。ヘイムはここで大人しくしていろ」

「馬鹿野郎、おいて行くんじゃねぇよ」


 呆れた。何故、嫌がる素振りを見せているのに私に同行するというのだ。理解できない。


 身支度、補給を一時間で済ませ、私とヘイムは戦車に搭乗し南の遺跡を目指す。到着予定日は何も無ければ三日ほどで到着する。


 そこで私は自分が何者であるのか知ることができるのであろうか。期待と不安が入り混じった心境下、それは私を不安定にした。

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