第45話 歩き続ける
拠点へと逃げ帰る。
幸いにも
一夜明け、俺は岩の上で膝を抱えながら自問自答を繰り返す。岩の周囲は俺が生やした草で緑一色だ。この拠点だけは乾き切った大地とは違って自然に溢れている。
でも、自然とはいったい。俺が能力で強引に生やした植物は自然とは言えないのではないか。今までは、そんなことを考えなかったというのに。
リュミールとの死別は俺が考えているよりも相当に深刻なようだ。上に立つ以上は避けられない。そう漠然に―――いや、楽観的に考えていたのだろう。
確かにリュミールとの付き合いはそう長いものではない。寧ろ、短いといってもいい。でも、短いとはいえ、彼女の人となりを知ってしまえば、そうはいかない。
自分には終わりがないが故に、死というものと向き合っていなかったのだ。それが、この結果を招いてしまった。痛恨の極み。彼女を推薦してくれたサクヤに申し訳が立たない。
加えて軽油強奪作戦もより困難になった可能性が高い。俺という存在が知られてしまった以上、一ヶ所に留まるのは危険だろうから。
早朝、薄暗い景色は徐々に明るさを増してゆく。昇らない太陽は無い。でも、俺の気持ちは沈みっぱなしだ。
やることが草を生やすことしかない。だから、俺は歩いた。そして、色々な存在と出会ってきた。今の俺は、正しい選択の末に辿り着いた存在と言えるのか。
誰とも慣れ合わずに、独りで黙々と草だけを生やしているべきだったのではなかろうか。
おはなさんは答えてくれない。彼女は優しいが同時に厳しい存在だ。自分で答えを見つけるべきと沈黙を維持している。
冷たい風が吹いた。夜の砂漠は厳しい寒さで襲い掛かって来る。それに晒される名も無き草たち。彼らはジッと耐えるのみ。
強い日差しに照らされようと、酸性雨に晒されようと、大地に根を張り、この星の浄化の為に一生を捧げる。
「俺は……希望なのか? 彼女にとって、俺は悪夢だったのではないか……?」
俺の呟きは風に流される。それを聞き届ける者はいないだろう。
そう思っていた。
「ぷにー」
「……くすぐったい」
俺の生やした草から、ぷにぷにどもが生まれ出てきて俺に纏わり付く。こいつらはいつも俺が落ち込んだ時に湧いて出てきて俺の思考の邪魔をする悪い子たちだ。
勝手に生まれ出て、勝手に大地に溶けていなくなる。身勝手な連中。
「なぁ、ぷにぷに。俺はあの時、どうしていればよかったのかな?」
ダメ元で彼らに問いかける。やはり彼らは「ぷにー」と適当に返事を返すのみであった。
でもその代わり数を増やしてゆく。俺が寂しくないように、と気を遣っているのかもしれない。
「もし、俺に戦う力があれば、結果は変わっていた。そんな気がする」
己の掌を見る。なんのために、この手はあった。なんのための人の手だ。道具を使うために進化した手であったはず。
今考えれば、あの結果を回避できる方法は沢山あった。その為の
首に下げた黄金の棒を手に取る。これは、ただの飾りではないはずだ。自らの手でより良い結果を得るための道具。その可能性を高める選択肢の一つだったはず。
「俺は、愚かだった。弱者である、そう自覚しているなら、もっとあらゆる可能性を考慮すべきだった。短絡、楽観、傍観、守られて当たり前という【怠慢】が一つの
そうだ、リュミールは死すべき存在ではなかった。もっと、生きていられたはずの命。それを終わらせてしまたのは俺の慢心。今度も上手くいく、との錯覚。
「俺は皆の上に立って良い存在なのか? いっそ、皆の前から……」
「もーん」
俺の気持ちが最底辺に接触しようとした時、何者かに触れられた。その感触は人のものではない。冷たく、つるつるしていていた。そして、この独特の鳴き声は―――。
「アス」
「もゆー」
開花前の
「なぁ、聞いてくれ。俺は……」
「……」
理解してくれているとは思えないが、俺は今の心情を彼女に吐露した。
俺は人と一緒にいるべきなのか。俺は人の上に立つべきなのか。俺は正しいのか。
俺は本当に、おまえたちの希望なのか――――――――と。
「……もん」
彼女はただ、俺の頭を撫でてくれた。頑張ったね、と言ってくれているかのようで。
「俺は……! 俺はっ……!」
きっと、俺はこれからも非情に徹することはできないと思う。周りに流されながら、その場の勢いで決断して行くだろう。
色々な選択肢はある。皆と行くか、独りで行くか。だけど、それを決めるのは中央管理センターに到達した後だ。
俺の中で渦巻いていた負の感情を零れる涙に乗せて全て排出する。もうこれ以上、辛い目に遭わないよう、辛いに耐えれるよう、祈りを込めて全てを流し出す。
今は泣いている場合ではない。泣く事がリュミールに報いる事ではない。俺は託されたのだ。未来を。
今、それにハッキリと気付いた。いや、気付かされた。
俺はいつの間にか
彼女たちに比べれば、俺の絶望などちっぽけなものなのではないのか、そう笑われかねない。
きっと、リュミールならそう笑い飛ばしてくれるだろう。そんな気がした。
「ナナシ様っ! 申し訳ありませんっ! 寝過ごしましたぁ!」
「お、おねーちゃんが、あと五分ってゆーからっ」
親衛隊のお子様たちも駆け付けてきた。昨日の今日だ、まだ疲れも残っているだろうに。
「……なぁ、おまえら」
「は、はいっ!」
「俺は……俺が、おまえらの王でいいのか?」
俺の質問にアリリたちは首を傾げ、しかし、ハッキリと答えた。
「当然ですっ! ナナシ様は、私たちのクイーン!」
「ナ、ナナシ様だからっ。ナ、ナナシ様がいいんですっ」
アリリとイリリは、会話能力がないウンゴロとエンドゥの分まで感情を込めて返事をしてくれた。
「おまえら……」
そうか、俺はもう、自分だけの
理解したら、心が軽くなった。いや、心が鍛えられて今までの重しに耐えれるようになった、が正しいのだろう。
俺はこれからも、どんどん重しが増えてゆくはずだ。それに耐えられる強い心を鍛えてゆかねばならない。
俺の下には、守らねばならない命たちが、これからも集まってくるはずだから。
起ち上る。膝を抱え落ち込むのは、今日この日を以って終わりとする。
俺を慕う者がいる限り、俺は王として彼らを護ってゆこう。そのための狡猾さを手に入れる。身に付ける。
「……」
日が昇る。暗かった世界を照らす。滅びゆく世界であっても、太陽は変わることなく世界を照らし続けるのだ。
「なら俺は、おまえたちの
俺は、俺という存在に結論を出した。もう後には退けない、退かない、退かせない。
『どうやら、前に進めたようですね』
「うん……おはなさん。俺はクイーンとして歩き続ける。この星が蘇るまで」
『お付き合いしますよ。どこまでも』
ぶれぶれだった俺という存在は奇しくも、一つの命の終結によって固まった。
俺は、これからも極限の選択を迫られるだろう。しかし、迷う事はあっても後悔はもうしない。
それは、俺に託した者たちへの侮辱であろうから。
何があっても前に進み続ける。これが俺に与えられた使命だと信じ歩き続けよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます