第44話 致命的な選択ミス

「皆、無事かっ!?」

「は、はいっ! おっちゃんが少し怪我をしたけど平気だって言ってましゅっ!」


 アリリが敬礼を示し状況を報告してくれた。見渡すと全員が揃って……ない。エンドゥの姿が確認できないではないか。


「エンドゥはどうしたっ!?」

「え? あ、はい。そこに居ますけど」


 アリリが指差したのはイリリであった。でも、エンドゥはどこにも見当たらない。


「これはイリリだろう?」

「はい、エンドゥでもあります」

「え?」


 俺がイリリをよく見る、と彼女の体には蔦のような物が巻き付いていたではないか。まさか、と彼女の後ろに回り込む、とそこには見知った巨大な花が咲いていた。


「エ、エンドゥと合体しているのかっ!?」

「は、はいっ。私がこれを撃てたのも、エンドゥが協力してくれたおかげですっ」


 ここで、まさかの特殊能力を披露したエンドゥ。彼は他者に巻き付くことにより、動作を補助することができるらしいのだ。また、対象の感覚、認識を共有できるとも。


「これは強力な特殊能力だ。いざという時に能力の底上げができるのはありがたい」

『その通りですね。今後も大いに働いてもらうとしましょう』


 俺たちに褒められたエンドゥは蔦をフニフニと動かして喜びを表現したのであった。


 全員が無事に揃った、とあって急ぎロゲシャブの町を脱出する。それには門を通り抜けなければならない。しかし、夜はその巨大な門が閉まっているというのだ。

 よって、外に出るには開門しなければならないだろう。


 この門はファンタジー世界によくある謎の仕掛けによって開け閉めする物ではなく、コンピューター制御による操作が必要とのこと。


 そして、当然の権利のごとく、それにはパスワードが必要。それをハッキング可能なのが、おはなさんのみ、という。


 加えて、そこを護る兵士たちが、うようよ居るわけでして。


 そうだとしても全てを喰らう者フェンリルと再びやり合うよりかは遥かにマシ。兵士たち諸君には悪いが、押し通らせていただく。


「全員装甲車に搭乗! おっちゃんは運転を! リュミールは俺の管理室の占拠を手伝って!」

「リョウカイ、シタ」

「お任せをっ」


 リュミールは先ほどの汚名を返上しようと無駄に気合が入っている。これが良い方向に向かえばいいのだが。


 おっちゃんは逆に淡々としており安心感がある。ただ、その安心感もパオーン様が絡むと台無しになってしまうのだが。


 なんとかしてパオーン様を制御する方法は無いものか。リュミールのおっぱいも、いつまで奴を夢中にさせれるか分からない。何故なら、パオーン様は飽きっぽいからだ。


 俺とリュミールは装甲車の上に乗って直ぐ行動できるように準備。それ以外は装甲車内に搭乗する。


「ダシマス」

「行ってくれ!」


 装甲車がゆっくりと出発。途中で駐車場に止めてあった他の車にぶつかったが知ったことではない。今は何よりも町からの脱出が優先される。

 とここでホテルに購入した元素魔法媒体エレメントミディアムや服一式を置き忘れていたことに気付くも後の祭り。諦めるより他に無いだろう。


元素魔法媒体エレメントミディアムと服、勿体なかったな」

「あ、それなら問題ありません。出発前におっちゃんが、イヤナヨカンガスル、とか言ってリュックサックに全部詰め込んで背負ってましたので」

「おっちゃん……有能過ぎるだろ」


 まさかのおっちゃんファインプレー。正直、パオーン様に付けるのが勿体なさ過ぎる。


 でも、彼を付けないとパオーン様のもたらす被害が笑えないのも事実。おっちゃんを付けてあの有様だから、他の者がパオーン様に就いた場合、どうなってしまうのか。想像するのも恐ろしい。


 ただ、現状、我々の中での最強はパオーン様で間違いないだろう。これから経験を積んでゆくと誰も手が付けられない最強の戦士が爆誕するかもしれないのだ。


 やっぱ、それまでに制御する方法を確立しないといけなさそうではある。は~、めんど。


 装甲車は数分で門の前までやって来た。大通りを行く車が、俺たちの装甲車だけだったのが功を奏した。しかし、門前には武装した兵士や戦車が控えている。

 だから、といって立ち止まっている理由など無い。こっちは既に尻に火が付いている、との認識で間違いないのだ。


 全てを喰らう者フェンリルは必ず追ってくる。あの蒼い戦車を出されれば俺たちに勝ち目はない。今はなんとしても逃げ延びるのだ。

 いざとなれば、この身を差し出し、皆を逃がすのも辞さない。俺には次があるが、リュミール、おっちゃん、そしてパオーン様には次が無いのだから。


 あぁ、そうそう。植物人エルフたちも無限には死ねないらしい。一応、蘇ることができるそうだが、その度にデータが欠けていって、最終的にはただの植物と化すのだという。

 それを限りなく減らすことはできても、俺のように完璧に蘇るのは無理とのこと。


 なんでそういった事を、この土壇場で伝えて来るのか。おはなさんは全く以って鬼畜やで。


 そういうこともあり、開花仕立てで、まだまだひ弱なアリリたちに無理はさせられない。したがって車内で待機だ。

 結局、最後まで残されるのは俺だけということになる。そんなことだったら、最大まで汚染して狂った方が楽になるのではないか、とすら考えてしまう。


 ―――止め止め。ネガティブな考えは頭がおかしくなって死ぬ、と古代から言われている。


「準備はいいか? 躊躇わなくてもいいぞ」

「分かっております」


 そういう俺であるが、日中の気の良い兵士たちだけには当たらないように、と祈っていた。


 でも、神様なんていないのだ、この世には。


「うん? なんだ? 昼間の装甲車じゃないか」

「こんな夜にどうし……」

「ネテイロ」



 やはり、彼らは日中の兵士だった。夜に一台だけ、しかもここでは珍しいタイプの装甲車だったようで、バッチリ俺たちの事を覚えていた。

 おっちゃんも彼らの事を覚えていたもよう。そんな彼が行ったことは彼らを抹殺するのではなく、昏倒させることであった。


 窓から兵士の一人を殴り意識を奪うと素早く運転席から降りて徒手空拳で兵士たちをボコボコにしてゆく。でも、一人として殺さないよう手加減していた。


「おっちゃん!」

「ハヤク、イケ」


 兵士は当然、銃を所持している。この強力な敵に対して使わない理由はない。無数の銃弾がおっちゃんに撃ち込まれる。

 しかし、血飛沫を上げながらもおっちゃんは兵士の無力化に勤めた。


『急ぎなさい、リュミール。彼はナナシの心をも護っているのです』

「は……ははっ! クイーン、こちらへっ!」


 俺はリュミールに抱きかかえられて装甲車を降りる。地面へ着地した際の大きな衝撃が伝わってきたが、リュミールが緩衝してくれたため、多少の息苦しさで済んだ。


 急ぎ下ろしてもらい管理室へと向かう。その間にもおっちゃんは傷付いて行くのだ。


「と、止まれっ! 撃つぞ……撃つぞっ!」


 警告しライフルの銃口を向けてきたのは年若い兵士だった。まだ幼さが残っている。


「引き金を引く覚悟がないなら、銃口を向けるなっ!」


 俺はその兵士に覚悟がない事を即座に無抜く。ルッカや全てを喰らう者フェンリルと対峙したからだろうか、それが以前よりも分かるようになっていたのだ。


「ひっ……!」


 兵士は頭を抱えて蹲る。そんな彼をリュミールは思いっきり蹴り飛ばした。コロコロと転がってゆく若い兵士は最後に止めてあった戦車―――AMX-13にぶつかって昏倒した。


『ナナシ。時には非情になりなさい。でなければ配下が傷付くのですよ』

「ごめん、でも―――」


 それでも、俺は非情に徹することができないのだと思う。おはなさんの言い分は正しい。分かっている、分かっているんだ。


「俺はそれでも、我が儘を言う」

『ならば、リュミール。なんとしても道を切り開きなさい』

「お望みとあらば」


 リュミールが先行し管理室の入り口を護る兵士へと突撃する。当然、その手には大型のナイフのみ。対する兵士は連射型のライフル銃。

 兵士の数は五人。彼らの手にするライフルが火を噴いた。俺は植物の盾ライフ・オブ・シールドでそれを防ぐ。その隙にリュミールが兵士たちを仕留める。良い連携だ、いけるぞ。

 しかし、先ほどの連続使用が祟ったのか急に力が入らなくなる。


「なっ――――っ!?」


 このタイミングで、これは拙いっ! このままだとリュミールがっ!?


『ナナシっ!? いけませんっ! 即座に植物の盾ライフ・オブ・シールドの解除を!』


 だが、そんなことをすればリュミールが銃弾の雨に晒されてしまう。奇しくも兵士たちの追加が入った。数は先ほど同様に五名。

 リュミールが一人で対応するには厳しい数だ。何故なら、彼女は強いだけの、ただの人間なのだ。


「道を……!」

「ま、待てっ! 行くなっ!」


 五丁のライフル銃がほぼ同時に火を噴いた。音速の弾丸、一発や二発なら回避できる可能性もある。しかし、それが連射、集中攻撃されて回避できる人間などいようか。


「ぎ……! が……!」


 彼女を貫く弾丸。それでも彼女は兵士たちを一人、また一人と切り伏せてゆく。


「……!」

「ば、化け物めっ! ぎゃばぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 リュミールが最後の兵士の脳天に大型ナイフを突き立てる。


「……」


リュミールは自身がハチの巣にされても兵士五名を倒して除けた。直ぐに手当てをしなければ。

 でも、彼女は大量の血を吐いて倒れた。ぐちゃ、という音を立てて前のめりで倒れ込む。すぐさま、彼女は自身の血の海に沈んだ。


「リュミールっ!」


 駆け寄る。でも、見るまでもない。彼女は銃撃によってぐしゃぐしゃの肉塊に変わり果てていた。

 肉はこそげ落ち、白骨が見えている。確認はしていないが、その美貌は見る影もないだろう。


「……」


 絶句する。 彼女の、あんまりにも呆気ない最期に。


『これが貴女の選択です。兵士てきは生き、配下みかたは死ぬ』


 返す言葉もない。今までは上手く行き過ぎていたのだ。この理不尽に警戒していなさ過ぎた。


「……」

『非情になりなさい。配下を生かすも殺すも、あなた次第なのです』


 後ろで何かが殴り飛ばされた。ガコンという音は装甲車の後部ドアが内から蹴られ吹っ飛んだ音だったのだろう。


「ぱおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんっ!」


 激怒の咆哮。最悪の展開だ。


 怒れる最強が兵士たちを情け容赦なく葬り去ってゆく。それによって、おっちゃんは九死に一生を得た。

 負の連鎖、それを断ち切ったのは俺ではなく彼。非情すら凌駕する激情の彼だった。


 皆死んでゆく。知らない顔の兵士も、知っている顔の兵士も、皆死んでいった。


「俺は……どうすればよかったんだ?」

『どうも。これは、あくまで結果です。あなたが慈悲深いがために起こった結果です』

「我慢した方がいい?」

『ご自由に』

「やっぱ、辛ぇわ」


 後悔してもしきれない致命的な判断ミス。ここまで上手くいっていたのに、あんまりな結果だ。リュミールに申し訳が無さ過ぎる。

 ここは心を鬼にして、装甲車で兵士たちを轢き殺し戦意を奪っておくべきだったのだ。


 だというのに俺は一時の感情に身を任せて穏便に事を運ぼうと腐心した。これは俺が招いた最悪だ。この世の中は情け容赦ないって知っていたはずなのに。


『後悔するのは後です。今は早く門を』

「ぐすっ……分かってる」


 生まれたての小鹿のように震える足を無理矢理動かして管理室の中へ。当然、中には兵士がいるわけで。


「だ、誰だっ!?」

「お、女の子?」

植物の盾ライフ・オブ・シールド

「「「――――っ!?」」」


 内部の兵士三名を植物の盾ライフ・オブ・シールドで生き埋めにする。呼吸ができるかどうかは運次第だ。


『ナナシ、そこのコントロールパネルを』

「これか?」

『はい。暗証番号は……67417です』

「6・7・4・1・7っと」


 ポーン、という電子音と共にロック解除の文字が浮かび出た。そして、重々しい音と共に何かが動く音。ゲートが開いて行っているのであろう。


『ゲートの開門、確認。ナナシ、急ぎますよ』

「分かった」


 俺は急ぎ管理室を飛び出した。すると、そこは血の海。生きている者など皆無の地獄と化していた。兵士は勿論、戦車なども全て鉄屑と化している。恐るべきは怒り狂ったパオーン様だ。


 そんな破壊の権化は肉塊と化したリュミールの身体を揺すっている。早く起きて、と伝えているかのようで。

 でも、彼女はもう反応を返すことはないのだ。


「パオーン様……ごめん」

「ぱお~ん……」


 こんなにしょげている彼を見るのは初めてだ。今まで、どんなに邪険にされても笑っていた彼が、こんなにも悲しい顔をしている。

 心が痛い。鋭い刃で切り裂かれているかのようで辛い。


 でも、俺たちは立ち止まって悲しんであげる時間もない。一刻も早く、ここから脱出しなければ。


「おっちゃんは動ける?」

「モンダイナイ。カスリキズダ」


 そんなわけない。体中が穴だらけなのだ。これが掠り傷で済むはずも無く。

 俺は最後の最後でとんでもない選択ミスをやらかしてしまったのだ。


『おっちゃん、急ぎ車を出しなさい。倒れるのは安全を確保してからです』

「リョウカイ」


 おっちゃんは運転席へと飛び乗った。俺もパオーン様の手を引いて装甲車へと急ぐ。


「ぱお~ん……」

「ごめん、リュミール」


 遠ざかるリュミールの亡骸、そしてロゲシャブの町。


 俺はこの町で苦い思い出を作った。それを活かすも殺すも、これから次第なのだろうと思う。


 だが、俺はリュミールに誓って、これ以上の犠牲を出さないよう心を強くすることを誓う。

 それがきっと、彼女に報いることになると信じて。

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