第43話 予期せぬ遭遇

 しかし、黒い咢たちの攻撃は想定外の結末に終わる。何者かによる側面からの攻撃。それは輝く弾丸の群れによる捕食行動。

 獲物を捕らえたそれらは僅かな時間、黒い咢に寄り添い……そして爆ぜる。爆ぜた後には何も残らない。全てを彼らに喰らい尽くされてしまう。


「な、なんだぁっ!?」


 暗闇の向こうからカツンカツンという靴音が聞こえる。それは無数ではなく一人。


「人間……なのか?」

「「――――っ!?」」


 瞬間、背筋が凍りつく。


 それなる者は、俺たちが目標とし、且つ、絶対に認識されては困る存在。

 黒の長髪、そして茶の瞳。そしてオフィスレディのスーツ姿にハイヒール。それらは戦う者の姿ではない。だが、彼女の機械の四肢は雄弁に語る。戦うために生まれてきたのだ、と。


全てを喰らう者フェンリル、彼女が黒い咢を殲滅したのである。


「人間にしては臭うな。マンイーターの臭いだ」

「っ!」


 全てを喰らう者フェンリルの冷たい視線にリュミールが身を強張らせた。人間である彼女が何故、そこまで恐れる必要があるのか。

 寧ろ、ビクビクするのは俺の方だと思うんですが。


「あんた、何者だ?」

「子供……? 何故、夜に出歩いている? 観光客か?」

「そ、そうだ。そして、彼女は俺……いや、私の護衛だ」

「ふむ……」


 全てを喰らう者フェンリルは俺を見下ろし、何かに納得すると口を開いた。


「色々と聞きたいことはあるが、現在この町は【シャドウファング】討伐作戦を実行中だ。聞いていなかったのか?」

「初耳なんですが?」

「そうか」


 おはなさん?


 ――知ってましたよ? えぇ。うん。もちろん。はい。


 絶対に失念してただろ。


「なんにせよ、君は保護対象だ。そっちの女は場合による」


 全てを喰らう者フェンリルはリュミールとの間合いを一瞬で詰めた。それに反応できなかったリュミールが一瞬の驚愕を露呈する。


「なんだ―――」


 ズキュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥンっ!


「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!? なんで、突然の接吻っ!?」


 なんということでしょう。両者は謎のキスを交わしたではありませんか。しかもディープ。

 くちゃくちゃとエッチな音を立てた後に離れる両者の唇。繋がっていた証である唾液が弧を描く、とかもうエッチすぎます。


「ぷはっ……やはりマンイーターが濃いな。汚染されているのか?」

「うっ……き、貴様……! 私の初めてをっ」

「ハンターならば良くあることだ。除染を勧める。あと、ごちそうさま」


 れろん、と唇を舐める全てを喰らう者フェンリルに俺は色々と恐怖を覚えた。そして、こっち見んな。


「君は十年後……といったところか」

「ひえっ」


 こいつ、想像以上にヤッベー奴だった! 関わっちゃあいけないっ!


「私が【狩人小屋ハンターズ】まで護衛しよう。そこにはそこそこ腕の立つハンターたちがいるからな。護ってもらうといい」

「待て、勝手に決めるな」

「深緑の髪の君。君は弱い」

「――――っ!」


 リュミールが文句を言う前に勝敗は決していた。既に彼女の細い首は全てを喰らう者フェンリルのゴリラのような機械の手に掴まれていたのである。


「力が無い、早さが無い、頑強さが無い、警戒心が無い、そして何よりも判断力が絶対的に遅い。それは君に、絶対に譲れない信念が無いからだ」

「かはっ―――!」


 全てを喰らう者フェンリルはリュミールから手を放す。崩れ落ちたリュミールは首を抑えながら咳き込む。


「君にはハンターは荷が重いだろう。大人しく子を孕んで人類を増やすがいい」

「き、貴様っ……!」


 圧倒的な力の差。これが歴戦のハンターと、なんちゃってハンターの差なのか。

 それ以外にも考慮すべき点はあるが、いずれにしても今の俺たちでは逆立ちしても勝つことはできないだろう。


 でも、例外は存在する。


「ぱおーん!」

「あっ!? なんでこっちに……!」


 最悪の出会いが起こった。パオーン様が猛スピードでこちに向かってきているのだ。

 その速度は、とてもではないが人間のお子様では出せない速度。だからこそ、全てを喰らう者フェンリルはパオーン様が人間ではない、と確信したようで。


「下がっていろ……あれが噂になっている人型マンイーターか!」

「うおぉぉぉいっ!? 子供だぞっ!?」

「障害は取り除く! それが私の存在する理由だからだ!」


 全てを喰らう者フェンリルは機械の手をパオーン様に向けた。十本の指は赤ちゃんの手首ほどの太さを持っている。

 その先端は空洞になっており……もう嫌な予感しかしない。


光滅弾フラッシュイーター、発射!」


 全てを喰らう者フェンリルの指先から黒い咢を殲滅した光弾が発射された。当たればひとたまりもない破滅の光弾の群れ。それを全て回避しながら突っ込んでくるパオーン様。


 なんだ、その変態ムーブは。お子様の動きじゃねぇぞっ。


「ぱおーん!」


 全てを喰らう者フェンリルに肉薄したパオーン様は雄叫びを上げる、と足元で植物の槍ライフ・オブ・ランスを起動させた。それによる早期決着を狙ったのだろう。


光滅牙フラッシュファング


 彼女の機械の指に輝く刃が形成される。手元を合わせる、とそれは肉食獣の咢に見えた。

 それが、今から芽吹こうとする植物の槍ライフ・オブ・ランスに喰らい付く。


「ぱおっ!?」


 じゃくっ、という音。新鮮な葉野菜を咀嚼する音に似ているだろうか。植物の槍ライフ・オブ・ランスは出始めを輝く咢に食い潰されて発動失敗に終わる。

 遠距離だけではなく、接近戦も抜かりが無い。これは、まともにやり合うには危険すぎる相手だ。


 でも、パオーン様はいつになくやる気満々の様子。まったく闘争心が萎えた感じがしない。

 だが、俺とは違ってパオーン様は一度限りの命しかないのだ。なんだかんだ言って、パオーン様はもう一人の俺。失えば喪失が大き過ぎるのは間違いなく。


「ぱおっ! ぱおっ! ぱおーんっ!」

「なんで、そこまでムキになるんだっ!? もしかして、俺の為に……!?」

『いえ、俺の女リュミールの唇を奪った挙句虐めるなどと、と言ってます』

「その翻訳、一番聞きたくなかったな」


 どこまで行っても、パオーン様はパオーン様だったか。


 いずれにしても引き際を誤れば大惨事待ったなしだ。なんとかして全てを喰らう者フェンリルの隙を突いて逃げなくてはならない。


「おはなさんっ、イリリたちはっ!?」

『おっちゃんが黒い咢を撃退しているので、今のところは生存を確認』

「予定が完全に狂った。装甲車に向かわせてくれ」

『了解です』


 もう滅茶苦茶だよ。今はなんとかしてロゲシャブの町からの脱出を図るしかない。


「ぱおーん!」

「ちっ……これが【草の子】。賞金額【百万G】は伊達ではないということか」


 ちょっ!? おまっ!? なんだその金額っ!?


 ――一般的な市民であれば、三世代が余裕をもって人生を全うできる金額です。


 わ~お、それだけ俺って危険視されているってこと? 聞きたくなかったなぁ。


 まぁ、実際の俺は、滅ぼせないだけの面倒臭い存在なんですが。


「ぱぁ……ぱおぱおぱおぱおぱおぱおぱおぱおぱおぱおぱおぱおぱおぱおっ!」


 ここでパオーン様、迫真の連打。短い腕から繰り出されるパンチはとても強そうには見えないが、恐ろしいことに拳圧でコンクリートが陥没している。それを初見で見抜いた全てを喰らう者フェンリルは相当なものだ。


 パオーン様の身体能力は恐らく全てを喰らう者フェンリルを凌駕している可能性がある。

 そもそも全てを喰らう者フェンリルの脅威は世の終わりラグナロクを用いた時に最大となるからだ。


 だが、この時点でパオーン様には致命的に足りない物があった。それは経験だ。


「……そこだ。光縛陣フラッシュバインド、起動」


 全てを喰らう者フェンリルのハイヒールが一瞬、輝くとパオーン様の足元から輝くトラバサミが出現し、彼の足を挟み込んだ。


「ぱおっ!?」


 それによって生じた行動制限は強者同士の戦いに置いて致命的となる。そう、全てを喰らう者フェンリルがこの隙を見逃すはずがない。

 しかし、それは同時に全てを喰らう者フェンリルにとっても隙となる。勝利を確信した時に生じる、ほんの僅かな心の緩み。


「――――っ!」


 全てを喰らう者フェンリルが、パオーン様に止めを刺そうと身構え、しかし、突然、跳び退いた。


 チュイン、と何かが地面で跳ねる。その音は銃弾が弾かれる音に相違ない。


 ――すみませんっ、狙撃、失敗ですっ! 次射は厳しいですっ!


 イリリかっ!? そうか、暗視と望遠の目を使ったんだなっ!?


 ――はい! 黒い口に追われているので、それでは……! あぶぶっ―――。


 向こうも忙しいだろうに、よくもまぁ援護してくれたものだ。であるなら、この隙を活かさなくては申し訳が立たない。


 でも、小柄で華奢なイリリが狙撃銃をどうやって使用したのか、これが分からない。合流したらそれとなく聞いてみようか。

 今はとにかく、ここからの離脱。この好機を活かすには―――こうだ。


植物の盾ライフ・オブ・シールド!」

「なっ!?」


 無意識からの刺客、絶対に無い、と確信しているからこそ効果は絶大。

 それは全てを喰らう者フェンリルであっても例外ではなかった。


 俺の発動した植物の盾ライフ・オブ・シールド全てを喰らう者フェンリルを巻き込んで生成される。


「娘っ! おまえもかっ!」

「騙して悪いが……これでも、こいつの姉なんでな」

「ぱおーん!」

『遺憾の意を表明する、だそうです』

「やかましい、さっさと逃げるぞっ!」


 身動きが取れなくなった全てを喰らう者フェンリルは、しかし、それでも脅威であり続けた。


「逃がさん……光滅歌フラッシュソング!」


 全てを喰らう者フェンリルはカパっと口を大きく開け放つ、とそこに大きな光球が生じたではないか。

 嫌な予感、というか確信。絶対にろくでもない物であるという未来視。


「らぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「ぜ、全力植物の盾ライフ・オブ・シールドっ!」


 渾身の力を振り絞り植物の盾ライフ・オブ・シールドを連続使用。でも、それらは全てを喰らう者フェンリルの口から放たれる輝く輪によって次々と破壊されていった。


『分子分解砲です! 早く退避をっ!』

「完全に人間を辞めていらっしゃいますねっ! 怖いな~全てを喰らう者フェンリルっ!」


 リュミールに抱きかかえられ退避開始。その間にも俺は植物の盾ライフ・オブ・シールドを起動し続ける。

 パオーン様は尚も戦いを続行しようとしていたが、これ以上は却下。最終手段、リュミールのたわわなおっぱいを餌にするを実行。


「ぱおーんっ♡」


 欲望に忠実な我が弟君は一瞬にして陥落なされたのであった。そして、そのまま彼女にしがみ付き、顔を乳房に埋めて満足げな鳴き声を上げる。


「規格外にもほどがある。ポチを呼び寄せないで良かったかも」

『そうですね。ポチでもアレには敵わなかったでしょう』

全てを喰らう者フェンリルを正攻法で倒すのは難しいな」

『はい。そもそもが、我々で倒そうなどと思ってはいけません。我々はそれを指示する側であり、実際に戦う者ではないのです』

「う~ん……なんだかなぁ」


 俺はどこか納得しているようで納得していない自分にモヤモヤしたものを感じ取る。その間にも、植物の盾ライフ・オブ・シールドはモリモリ破壊されていっておりまして。


「おはなさん、どれくらい離れればいい?」

『あと一キロメートルほどかと。あれの有効射程距離は二キロメートルといったところでしょうか』

「殺意が高過ぎて笑えない」


 ちなみに、あの攻撃は周辺に甚大な被害をもたらしている。建物もそこに住んでいるであろう人間たちも、仲良く塵になっていることだろう。

 やはり、戦闘になれば見境が無くなるのが全てを喰らう者フェンリルなのだろうか。


 その後、なんとか光滅歌フラッシュソングの射程範囲から抜け出した俺たちは、目的地である装甲車の下にまで辿り着いたのだった。

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