第42話 黒い咢
日が落ち明かりが乏しくなった町は雰囲気が一変する。それまでは多くの人間で賑わっていた大通りは完全に人気が消失し、人っ子一人いないという有様。
いくら町の警備がしっかりしているとはいえ、そこまで頼れる存在ではないという証明であろうか。それとも、別の理由があるのであろうか。
なんにせよ、俺たちにとっては好都合。
装甲車内で待機していたイリリたちを回収し、
ひとつは
残りは
『少々、危険では?』
「少人数の方が何かあった際に逃げやすいだろ」
『それはそうですが……』
いざとなったらリュミールに抱えてもらって逃げる事も想定に入れた配置である。この際に他の連中がいたら取り残されてしまうことだろう。それは避けたいところだ。したがって、このような極端な部隊分けをした。
それに、俺は万が一に殺されても、少し汚染度が進行する程度。そこまで深刻にはならないはず。
問題はパオーン様だ。こいつはとにかく好奇心旺盛で落ち着きがない。しかも一人で突っ走ってゆく。にもかかわらず寂しがりや。
団体の中に居たいのに自分の欲望に逆らえず一人突っ走る、という矛盾を孕んだ存在だ。
こいつに付いているおっちゃんが有能なので今回は連れてきたが、もしかしたら悪手だった可能性も否定できない。
とにもかくにも、とんでもない暴走が起きない事を祈るばかりである。
「いいか、パオーン様。大人しくしてるんだぞ」
「ぱおーん」
幼かった頃の俺に瓜二つの幼児は分かっているのかいないのか、しゅたっ、と手を上げて満面の笑みを浮かべた。殴りたいその笑顔。
行動を開始する。
イリリは多種多様の目を持つので司令塔には打って付けだ。加えて
リュミールと手を繋ぎながら夜の街を行く。日中に放置されたであろう空き瓶や壊れた食器類といったゴミが、音も無く俺たちを監視しているかのように感じ実に気味が悪い。
空には欠けている月の姿。半月や三日月といったものではなく、何かによって撃ち貫かれたかのように砕けている月の姿が見える。風情も何もあったものではない。
時折、犬の遠吠えが聞こえてくる。まさか、外で待機させているポチじゃないよな。
「日中に犬なんて見かけた?」
「いえ。そういえば見かけませんでしたね」
この世界でも犬は人間のパートナーとしての地位を築いていた。愛玩動物としては勿論のこと、ハンターのサポートを行う【
同様の存在である猫も存在するようだが、こちらは気まぐれな性格であるゆえに愛玩動物の方が圧倒的多数のもよう。
「う~ん、妙に遠吠えの数が多い気がする」
「確かに」
嫌な気配だ。そこら中から視線を感じる。もしかしたら夜に行動したのは過ちだっただろうか。それが答えだ、と言わんばかりの人気の無さ。
その時、ぐじゅり、という粘着質な音を耳にした。くちゃくちゃ、という音は咀嚼音であろうか。それが多数。俺たちの進行方向から、それは聞こえてくる。
「いきなり、聞いちゃいけない音が聞こえるんですが?」
『前方に未確認生命体多数。マンイーターでも自然再生生物でもありません」
「未確認ってことは、おはなさんでも知らないってこと?」
『はい。少なくとも情報は存在しておりません』
「むむむ」
君子危うきに近寄らず、か。
しかし、向こうさん方はそうではないらしい。俺たちの存在に気付いたのだろう。無数の気配がこちらへと向かってきているのが理解できた。
しかし、足音は一切聞こえない。気配のみがこちらへと向かってきている。それがより一層に不気味さを際立たせた。
「こっちに来てるな」
「はい、迎撃します」
リュミールが腰の大型ナイフを抜く。それを胸の辺りで構えた。
気配の主たちはかなり接近しているはずだが、いまだにその姿を確認することができない。しかし、気配だけはより鮮明になってゆく。
それは殺気。圧倒的な殺意。それと食欲。殺して喰らう、という明確な意志を感じる。
どこからだ、気配を探ると―――――――――それは足元からだった。
「足元っ!?」
「――――っ!?」
直感を信じ跳び退く、とそこから何かが飛び出てきた。バチン、という音。もう少し反応が遅れていたら足を食い千切られていたかもしれない。
それの正体は影が形になったかのような咢だった。よく見れば犬のようにも見えないことはない。
だが、奴らは咢だけだった。真っ黒な巨大な咢。大人の人間ほどのサイズの咢が次々に地面から飛び出してくる。
だというのに地面が傷付いていることはない。表面に黒い染みができたかと思うと、そこから連中が飛び出してくるのだ。
「なんだ、こいつらっ!?」
「ハルルルルルルルル……ガウっ!」
巨大な咢に並ぶ鋭く不揃いな歯。こんなもので噛みつかれたら、ただでは済まない。当たり所が悪かったら一撃で死亡確定であろう。
そんな攻撃を行ってくる連中が、ざっと見ただけでも二十は超える。対してこちらは非戦闘員の俺、そしてナイフしか持っていないリュミールのみ。
「リュミール、分が悪いっ! 撤退だっ!」
「どこにですか? ホテルに駆け込んでも撃退できる者がいるとは思えません」
「……どうしよう?」
リュミールの言う通りである。この化け物に対抗できる、としたらおっちゃんかポチか。
しかし、おっちゃんは別行動中。ポチなんて呼び寄せようものなら大混乱待ったなし。
いや、待て。こんな時こそ、俺の力を示す時なのではないか。
ふははははっ! 覚醒した俺の力を見せてやんよっ!
「よし! なら攻撃だ!
これで黒い咢どもを一掃してくれるわっ!
ぴょこっ。
「……あるぇ?」
だが、
突如現れたその可愛らしい植物に黒い咢たちは興味津々のご様子。
『ナナシ、前にも言いましたが……あなたの能力、つまり、いらないものは全て分身であるパオーンに移してあります』
「なん……だと……?」
つまり、俺はエネルギー供給しかできないクソザコナメクジだということか?
『あなたは戦う必要などありません。リュミール、今の内に』
「は、はい」
ひょい、と俺はリュミールにお姫様抱っこをされて、その場を後にした。不思議なことに、黒い咢の追撃は一切無かった。
「に、逃げ切れた?」
「いえ、そうでもないようです」
どうやら、俺の勘違いらしい。後ろから殺気が大接近している。追いかける方が逃げる方よりも早い。このままでは追いつかれるだろう。
奴らが巨大な咢のままであったなら、狭い通路に入って撒くなどの策も取れるが、やつらは移動の際は黒い影のような存在となって迫って来る。
狭い場所も高い場所もお構いなしなのか、建物の壁から飛び出て噛みつきをおこなってきた。
「ぬわぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「こいつらっ!」
リュミールはそれを身をよじらせて強引に回避する。普通の人間であったなら確実に仕留められていたであろう攻撃をだ。
しかし、黒い咢の攻撃はそれで終わりではない。連続攻撃によって体勢を崩してしまう。
「し、しまっ……!?」
「ガウっ!」
黒い咢が一切に飛び掛かってきた。最早、これまでか。
だったら――――まだ、試していないもう一つの方!
「
バリバリバリ、という音と共に植物の壁が一瞬にして形成される。それは黒い咢の攻撃を防ぐとともに連中を絡め取り、行動不能へと追いやった。
理由は分からないが、どうやら影になって抜け出すことができないようだ。
「で、できたーっ!」
『あぁ、そっちは戦うためのものではないので残しておきました』
「最初に言っておいてっ!」
まったく……おはなさんは肝心なところが抜けていて困る。
あれ? ということは、俺の戦闘能力の大部分を移されたパオーン様は?
ドゴォ、という爆発音。その方向を見れば、なんということでしょう。天を突く巨大な植物の槍が無数に爆誕しているではありませんか。
それに貫かれている無数の黒い咢の姿。それらは見る見るうちに干からびて行き、やがて砂となって散って行った。
遠くから「ぱおーん!」という雄叫びが聞こえる。
「あれれ~? もう一人の俺がまた何かやらかしちゃいました?」
『やっちゃいましたね。どうやら、向こうもこいつらと遭遇したようです』
「てか、パオーン様、強くね?」
『ナナシの覚醒状態の戦闘能力、その全てを移しましたからね』
「少しくらいは残してほしかったなぁ」
『【私のナナシ】に、そんなものはいりません』
おはなさん、ヤンデレ気質なの?
ちょっぴり彼女に恐怖を覚えました。
「うーん、
植物の壁の中で、うごうごと身じろぎする巨大な咢たち。このままでは、いずれ抜け出してくるであろう。
『そういうことですね。リュミール、向こうと合流します。
「了解ですっ」
俺の能力はとにかく支援のみらしい。攻撃は道具に頼ることになりそう。
でも、おはなさん的には俺が戦うのは論外なようでして。
『もっと護衛を厚くせねばなりませんね……大火力の人型マンイーターを用意……いえ、人間を改造するのもありでしょうか』
「発想が狂気なんですが?」
『お褒めに預かり恐悦至極です』
「褒めてない」
後ろからガンガンと硬い物を叩く音。きっと
であるなら、この隙に距離を稼ぐことができるであろう。
そう思っていたのだが問屋は卸さない。なんということでしょう、別の群れの黒い咢と遭遇してしまったのだ。
「なんなんだっ! この町はっ!?」
「ガウルルルル……ガァっ!」
飛び掛かって来る無数の黒い咢。俺は
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