第41話 悪夢 後編

「おん? おはなさん、続きは?」

『これ以上は話したくないです』


 おまっ、このタイミングで我儘発動とか反則でしょ?


「いい所なのに、なんて残酷なことを言うんですかー」

「そうだ、そうだー」


 おはなさんが急に駄々を言い始めた。これにリュミールとアリリが棒読みで抗議する。俺も不思議な踊りで不満を全力アピール。

 これに、おはなさんは怒り心頭のご様子。


『お黙りなさいっ、ここからは私の嫌いなやつが活躍するんです。スキップを要求しますっ』

「ゲームじゃないんだからさ」

『ぶー、ぶーっ! やだもーんっ!』


 なんという我儘ぶりであろうか。しかし、何がなんでも語ってもらう。そのための犠牲も止む無しだ。


「語ってくれたら、ブラを着けてあげよう」

『よっしゃ』


 この野郎……現金過ぎるだろ。


 俺の男としての最後の一線は、貴重な情報の為に犠牲となったのだ。だが、こんなちっぱいにブラジャーなんて必要なのかね? 分からん。


『ぐふふ、これでナナシを更にクイーンらしくドレスアップできます』

「いいから、続きはよ」

『分かってますよ』






 さぁ、話を続けよう。


 両軍とも覚悟を決めて世の終わりラグナロク吶喊とっかんする。当然、辿り着く前に撃破されてゆく。圧倒的な破壊力の前には防御を固めても無意味、無価値。

 苛烈な攻撃も、この世のものとは思えない堅牢なる装甲に弾き返させる。徒労はやがて絶望を加速させる。


 同じ光景が続き、ただ、ただ、命が失われてゆく光景に戦場はより濃い絶望に染まり果てる。赤と紫、そして緑。その全てが命。失われた者たちの残滓。

 命を吸い込む大地は何度、悲痛な叫び声を上げただろうか。それは、いよいよ星を震わせた。


 大規模な地震だ。それは、一瞬ではあるが世の終わりラグナロクの動きを止めたという。

 だからなんだ、といわれればそれまでだろう。しかし、この僅かな時間は確かに命たちをこの世に繋ぎ止める楔となった。


 暮れ行く太陽。それを背にして何かが戦場へと駆け付けた。六本足の馬を思わせる奇妙な生物、それに跨る黄金の甲冑を身に付けた黒髪の少女。

 その手には未来を紡ぐ剣レーバテイン。果たして、人間側が送り込んできた希望の戦士か。


 否、真相は違った。


 彼女は管理装置マザーが自ら産み落とした子に、自身の意識をコピーした存在。即ち、管理装置マザーの複製人形だというのだ。


 いくら世の終わりラグナロクを倒すためだといっても、やって良い事と悪いことくらいの分別もできないのか。

 しかも、自分の娘にだぞ。イカれてるとしか言いようがない。


『だから言ったでしょう。話したくないって』

「理由は分かったよ。でも、これは必要な情報なんだ。どんなに胸糞悪くてもな」

『そう……ですね』


 管理装置マザーの操る少女は圧倒的な身体能力と未来を紡ぐ剣レーバテインの攻撃力とで世の終わりラグナロクを追い詰める。

 そして、三度、世の終わりラグナロクは沈黙した。


 しかし、今回はそれでお終いではなかったのだ。


 世の終わりラグナロクの砲塔、そのハッチが開き、中からパイロットが飛び出してきて管理装置マザーに襲い掛かる。

 それは人間の男性だった。黒髪、黒い口髭を蓄える屈強な軍人といった感じだ。


 どう見ても普通の人間に見えるそれは、素手で世の終わりラグナロクの装甲を引き裂いて管理装置マザーに投げつけた。

 管理装置マザーはそれを未来を紡ぐ剣レーバテインの輝く刃で切り裂く。


 再び人外同士の戦いが始まる。しかし、既に消耗している管理装置マザー側は分が悪い。そう判断したら迷いが無かった。

 管理装置マザーは少女を全てを喰らう者フェンリルに抱き付かせ自爆させたのである。その際に未来を紡ぐ剣レーバテインの出力を最大にして誘爆させたという。


 まさに外道。おはなさんが語りたくない、と駄々をこねた理由がこれなのだ。

 折角、幾多の関門を突破し、この世に生まれたというのに、自分の意思を持てず、そして、自由すらないままに戦わされて、最後には敵を討つために自ら死を選ぶ。しかも強制的に。

 俺の一番嫌いな展開だし、選択でもあった。


 だが、この件で双方、地上より姿を消す。これより、全てを喰らう者フェンリルは、今に至るまで、その姿を見せることはなかった……のだが。






「出会っちまったんだよなぁ」


 そう、俺たちは目撃してしまった。悪夢を。蒼い悪魔を。


『はい。あれは悪夢そのもの。全ての命の敵であり、そして、星を滅ぼしかねない害悪。人間をどうにかする前に、全てを喰らう者フェンリルを滅ぼさねば、この星そのものが焼失しかねません』

「う~ん」


 でも、俺たちが出会った全てを喰らう者フェンリル、その戦車は話にあったような異常な攻撃力は無かった。

 思い返してみると形状も違うような気がする。それは、どういうことだろうか。

 その件を、おはなさんに問いただしてみたところ『そういえば』と彼女も我に返る。


『言われてみれば、おかしいですね。全てを喰らう者フェンリルは制御不能の悪魔、というイメージです。そして、蒼の戦車、世の終わりラグナロクもあんなものではなかった』

「だとするなら、人間側のイメージ戦略の可能性もあるのか」

『マンイーターに対する牽制ですね。ですが……』

「うん、鵜吞みにするのはよろしくない」


 そうだと決めつけるのは危険ではある。しかし可能性が無いわけではない。それに、蒼の戦車の彼女、その手際の良さは並のハンターでは成し得ないもの。そして、あの異形。

 彼女が全てを喰らう者フェンリルであろうとなかろうと、警戒すべき人物であることに変わりはないだろう。


『ナナシ、私のデータは不完全なのです。損傷個所も多い。未来を紡ぐ剣レーバテインを所持した最初の植物人エルフも性別、姿が曖昧なのです。したがって、詳しい詳細は、やはり中央管理センターに到達しなければ難しいでしょう』


 やはりそうなのか。説明に濁したかのような部分が多いのはデータが損傷しているため、憶測を交えているからだろう。


「そっか。まぁ、取り敢えずは全てを喰らう者フェンリルがヤバすぎるというのは分かった。おはなさんの話が事実だとして、勝利するのは難しいだろう」

『はい、私も全てを喰らう者フェンリルはガン無視で、一刻も早く中央に向かう事を推奨します』


 そうなれば、ロゲシャブに滞在しているメリットはない。だが、軽油の件もあるので、ここを離れるのは軽率といえるか。


「俺たちは全てを喰らう者フェンリルの動向を窺おう」

「ナナシ様、それは危険では?」

「リュミール、今のところ、彼女は人間と行動を共にしているんだ。たぶん大丈夫だと思う」


 リュミールの懸念も分かる。だが、シーナたちの作戦が成功しないと俺たちも身動きができないのだ。

 最悪、車を手放す、という手段もあるが、それはあくまで最終手段としたい。


「とにかく、全てを喰らう者フェンリルを見張ろう。もしも、シーナたちの動きに勘付かれたら、作戦は中止。即座に拠点に帰還し、車を手放して中央に向かおう」

『そうですね……それが最良かと』


 だが、話を聞けば聞くほどに全てを喰らう者フェンリルは謎の存在だ。

 なんのために戦うのか。蒼い戦車はどうやって入手したのか、そして、如何なる方法で蘇るのか。


 最後の方のパイロット異常性。マンイーターと生身で戦える人間などいるのか。

 しかも、肉弾戦。尋常ではない。異常、筆舌し難いほどに。


「何度も何度も蘇る悪夢……か」


 俺は回転ベッドに身を投げた。行動するにはまだ早い。暫しの時間、睡眠をとることにしよう。

 俺たちは夜に向けて身体を休めることにした。


 そして日は落ち、闇の住人たちの跋扈する時間となる。


 さぁ、行動開始だ。

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