第40話 悪夢 前編 

 ホテル・アイラブユーへと戻った俺たちは全てを喰らう者フェンリルについての情報を整理することにした。

 というのも全てを喰らう者フェンリルについては共通意識テレパスを通して俺しか理解していないからである。

 つまり、リュミール、アリリ、おっさんは今迫っている脅威に対して情報を持っていないのだ。


 危機管理に置いて情報を共有するのは最も重要なこと。したがって、おはなさんにお願いして全てを喰らう者フェンリルについての情報を知り得る限り話してもらう。


「おはなさん、全てを喰らう者フェンリルについて洗いざらい話してくれ」

『気が進みませんが……止むを得ないです』


 やはり、おはなさんは気が進まないもよう。それはある種の心的外傷トラウマに違いない。しかし、これは必要なこと。心苦しくもあるが、全てを喰らう者フェンリルについて可能な限り情報が欲しい。






 全てを喰らう者フェンリルが認知されたのは今から百年くらい前。人間とマンイーターが今よりも激しく局地戦を行っていた頃。それは突然に現れたという。


 最初に確認されたのは地球でいうところのドイツ国辺り。この世界の地図でいえば百年前に消滅した土地。

 その消滅した理由というのが中央管理センターが送り込んだ試作決戦兵器M-444アスタロトの放った超濃縮エネルギー弾によるもの。

 そのM-444アスタロトに止めを刺したのが青の戦車、即ち全てを喰らう者フェンリルだというのだ。

 記録にはM-444アスタロトを葬った一撃は、波動砲ウェイブスマッシャーとのこと。

 これは分子結合を一瞬で分解する波動を放出する一撃必殺兵器とのことだが、現在は失われており、中央管理センターでも再生産はできないという。


 尚、その一撃はM-444アスタロトの超濃縮エネルギー弾が地上に着弾した後だという。要は、その超破壊エネルギーに耐えた後に波動砲ウェイブスマッシャーをぶち込んだということになる。何それ怖い。


 次に姿を見せたのは、それから三年後。人間とマンイーターとの戦い、その激戦区。人間たちの中枢があるというリメリア大陸の首都【ヤークヨー】。人口80万人を有する人類最後の大都市だ。

 ここを落とされれば人間は絶滅必死。マンイーター側は完全勝利となる場面。マンイーター側は20万もの大軍勢。それに加えてM-931ベルゼブブM-666ルシファーを投入しての盤石の構え。


 対する人間は熾天使戦車ウリエル戦闘機ラファエル人型万能兵器ガブリエルを投入しているものの、戦力を分散させ過ぎているため、僅か4万の戦力でマンイーターを迎え撃たなければならない。


 最初こそ、人間側は奮闘した。しかし、熾天使が一機、また一機とM-931ベルゼブブによって戦闘不能になってゆく。

 苦しい場面。だが、降伏などできない。これは絶滅を掛けた生存戦争なのだ。


 だからこそ、人間たちは死に物狂いで抵抗する。しかし、それもM-666ルシファーが投入されるまで。

 最後まで抵抗していた熾天使ガブリエルが大破する。マンイーター側は長き戦いの集結を予感した。


 だが―――それは現れた。濃厚な滅びの気配を引き連れて。


 戦場の空気が一変した。それは、あり得ないほどの力の差。悪魔との取引で得た力。いや、悪魔そのもの。


 悪魔マンイーター悪魔にんげんによって駆逐されてゆく。砲の一撃が着弾する。それは空間を圧縮させ無数のマンイーターを吸い込んで消失する。超重力砲ブラックホールキャノンだ。


 また別の砲門が火を噴いた。それは大気中の酸素を取り込みどんどん巨大化する。最終的には670キロメートルものサイズに至り大爆発を引き起こした。太陽砲アポロンだ。


 砲から放たれたのは弾丸ではない。液体だ。しかし、それはビーム光線のように直進しマンイーターに命中した。酷いのはその後。マンイーターは一瞬にして凍り付くのだが、それが伝染病のように周囲に広まってゆく。

 完全に凍り付いたマンイーターは砕け散り機能を完全に停止させるのだ。感染型液体窒素砲コキュートスである。


 そして、最悪最低の兵器。砲から放たれるのは破壊兵器でもなんでもない。この世の全ての悪意を濃縮された砲弾。

 全ての生物の脳神経を侵す病原性ウィルスを詰め込んだそれを戦場のど真ん中に打ち込む。

 全てのマンイーターが狂った。そして、人間たちも狂う。凄惨な同士討ちが始まった。


 尤も忌むべき兵器―――地獄砲ヘルだ。


 これに波動砲ウェイブスマッシャーが加わる。計五門。この世に滅びをもたらす蒼い戦車の名は世の終わりラグナロク


 だが、世の終わりラグナロクの最も恐ろしい部分はこの過剰なまでの攻撃力ではない。その反動によるダメージを一切受け付けない圧倒的な防御力である。


 波動砲ウェイブスマッシャーですら分解できない装甲と構造。それは当時の技術力で生み出せるはずがない物。しかし、それはそこに存在している。

 人間が生み出したのか、それとも人間を超越している存在によるものなのか。それは一切明らかになっていない。


 だが、明らかなのは、それが圧倒的な力を保有していること。一切の慈悲というものを持たないこと。


 そして―――敵味方関係なく、全てを破壊するということだ。


 マンイーター側20万は僅か五分で12万もの戦力を失った。


 人間側はガブリエルを除き全滅。ヤークヨーも地獄砲ヘルの影響を受けて壊滅。そこでは、家族だろうと兄弟であろうと、恋人であろうと殺し合う阿鼻叫喚の世界と化したのだ。


 最早、勝利者などいない。そして、世の終わりラグナロクのパイロットも勝利を欲していないのは明白。

 まるで自らをも滅ぼさんとする苛烈な破壊行動。全てを滅して行く愚かな行為。

 逃げ惑うマンイーター。ついに彼らも理性のタガが外れた。生存本能に従い戦場を離脱する。

 だが、捕まる。逃げられない。重力の鎖に囚われる。超重力砲ブラックホールキャノンは全てを吸い込み消滅させてゆく。

 それは生物だけではない。星そのものを破壊していった。


 狂気、それは狂気だ。殺しても、殺しても、殺しても飽き足らず、遂には星までも砕こうという破壊の権化。


 破壊神―――そう例えてもおかしくないほどの圧倒的な力と狂気を孕んだ戦車に、全ての命が絶望を覚えた。


 だが―――絶望は希望によって鎮められる。


 それは、人間であり、そして、植物が混同している存在。

 そう、植物人エルフだ。


 おはなさんは、この記憶を基にして植物人エルフを再現したのだろう。


 植物人は身の丈ほどもある光剣を手にし世の終わりラグナロクに戦いを挑んだ。それは竹やりで銃に対抗するのと同義だ。


 しかし、その刃は世の終わりラグナロクの砲撃の全てを切り裂いた。人の理を切り裂くその刃の名は未来を紡ぐ剣レーバテイン


 植物人エルフ未来を紡ぐ剣レーバテインに全生命力を注ぎ、やがてその身を焼き尽くした。だが、その刃は世の終わりラグナロクに届き、遂に破壊するに至ったという。


 だが、人間、マンイーター、そして星が受けた損失は甚大であり、この戦いは勝者無き戦いとして記録されることとなる。


 しかし、世の終わりラグナロクは死んでいなかった。それが再び姿を現したのは十年後。

 人間とマンイーターとの戦いが佳境を迎えた頃、それは蘇った。


 これは両軍ともに予想もつかなかったらしい。悪夢は終った、そう結論付けていたのだろう。だから、無意識の領域を―――脇腹を刺された。


 両軍に撃ち込まれたのは地獄砲ヘル。たちまちの内に同士討ちが始まった。

 無論、それだけでは飽き足らず、太陽砲アポロンを叩き込み全てを焼き払う。


 大義、思想、志しなど一切ない。あの時と同じ、破壊のみを望む悪魔。両軍の大将は戦慄したという。


 だからだろう、奇妙な事が起こった。マンイーター側のM-666ルシファー。そして、人間側の熾天使・飛空戦艦ミカエルが共闘を行い世の終わりラグナロクの撃破を狙った。


 その戦いの末、両軍は再び甚大な損害を被りつつ世の終わりラグナロクは撃破されるに至る。

 戦いは両軍の痛み分けという形で終結。人間は再び生きのこることができた。


 だが、悪夢は終らない。


 それから二十五年後、三度、悪夢ラグナロクは蘇った。


 二十五年前と同様の姿。同様の殺気、破壊欲で全てを平らげてゆく。食っても食っても飢餓感が納まらないかのような姿。まさに全てを喰らう者フェンリル


 全ての命を捧げろ、そう命じているかのような無慈悲な破壊行動に人間、マンイーターともに士気が極限まで低下する。


 何度も蘇る悪夢に両軍とも疲れ果てていた。それでも、悪夢を撃破しなければ滅ぼされる。

 だが、今回は決定打を打てる者が不在。M-666ルシファーは封印処置がなされ、飛空戦艦ミカエルは損傷の修理が間に合っておらず不在。

 とてもではないが、世の終わりラグナロクに対抗できる者などいない。両軍ともに覚悟を決める―――――――。

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