第39話 フェンリル

 その戦車は改造が施されていた。通常の戦車は砲塔が一つであろう。しかし、その蒼い戦車は主砲が五門あった。加えて後方には斜め上を向いている箱状の存在。

 巨大な無限軌道は前後で分かれている。砲塔の側面には不穏なでっぱり。その砲塔の上にはチェーンガトリングのような砲が備わっていた。


 異形、そう、まさに異形といえる戦車は巨大であった。大きさは通り過ぎていった戦車たちの三倍。即ち6メートルほど。

 ベースとなっているであろう戦車の原形など分からない。今まではひと目見れば理解できたのに、それができない、ということはワンオフ機なのだろうか。


 全てを喰らう者フェンリルと呼ばれたハンターはM-006ドームに立ちはだかった。

 どう見ても戦車の方が蹴散らされる、そう思うほどの体格差。しかし、そう思っていたのも一秒前までの事。


 ゴッ――――――――という音を聞いた気がした。


 それが全てを喰らう者フェンリルから放たれた殺気だ、と気付くまでどれほど掛かっただろうか。


 戦闘が始まった。人間とマンイーターの戦いだ。どこででも見られるその戦いは、でも、どこでも見られるようなものではなかった。


 それは狩りだ。マンイーターが人間を狩るような。しかし、それは―――。


『クイーン、よく見ていてください。奴こそは我らの天敵……!』

『天……敵……だと!?』


 M-006ドームが上半身を起こし咆哮する。それは威嚇であった。或いは自身を奮い立たせるものであっただろうか。

 それと同時に全てを喰らう者フェンリルが動いた。主砲五門を同時発射。M-006ドームの腹に叩き込む。

 吹き飛ぶ無数の巨大な足。溢れ出る紫色の体液。それを回避するかのように後退しながら主砲を乱れ撃つ蒼い戦車。


 痛みで怒り狂うM-006ドーム全てを喰らう者フェンリルに向かって突撃を開始した。


 蒼い戦車は道路から外れ砂漠へと向かってゆく。その間にも砲撃は続けられた。

 しかしM-006ドームの腹はともかく外殻は堅牢であり、蒼い戦車の砲撃を受け付けていない。このままであるならM-006ドームの勝利も見えてくる。


 だが、その淡い期待は一瞬にして打ち消された。強烈な爆音。それと同時に砂が天高く舞う。それはM-006ドームも同様だった。


『半重力地雷! いけない! M-006ドームがひっくり返される!』


 おはなさんが言ったようにM-006ドームがひっくり返されてしまった。M-006ドームは体勢を戻そうともがくが、沢山の足をわちゃわちゃと動かすだけに留まる。


M-006ドームはその形状と体型から自力で起き上がれない欠点があります。ですから、一度ああなってしまうと勝負ありなのです』

『なんてこった』

『ですが、それを短時間、しかもあっさりとやってのけるとは……やつは本当に人間なのでしょうか』

『人間だからマンイーターと戦っているんじゃないのか?』

『いえ―――奴は』


 発射音。蒼い戦車の後方に備わっている四角い箱が真上を向き、白い煙を上げながら何かが多数発射された。

 その何かは垂直に上昇した後、軌道を修正しつつM-006ドームの無防備な腹に目掛けて突っ込んでゆく。そして、それが腹で爆ぜた。


 痙攣するM-006ドーム。爆発するたびに体液と足が飛び散る。それは、M-006ドームが絶命するまで続いた。


『いったい、なんなんだ? あれは』

『最強のハンター。最強の人間。人間の姿をした悪魔。或いは絶望。そう呼ばれています』

『……』


 シーナが答えを返してくれる。俺は全てを喰らう者フェンリルの強さにただ呆れるより他に無かった。

 操縦技術、兵器の質、戦略、そういったものはどうでもいい。俺が気に掛かったのは、明確過ぎる【殺意】だ。


 絶対に殺す。すり潰す。破壊する。滅ぼす。消し去る。といった負の感情が具現化しているかのような感覚。存在を認めない、という強過ぎる意思。それは人間のままでは維持できないであろう狂気だ。


 だが、それを持ち合わせながら、極めて冷静、否、狡猾。機械を思わせるかのような完璧な行動。戦術。単純なプログラムを遂行しているかのような冷たさを感じた。


『感情を持った機械―――そんな感じだ』

『そんな馬鹿な。そのような存在などあり得ません』

『おいっ、AIっ』

『はっ!? こ、これはですね……ちゃうねん』


 ダメだ、このAIおはなさん。早くなんとかしないと。


『俺はやつが、ただマンイーターを殺すだけに特化した感情を持っている機械に感じたんだ』

『しかし、過去の報告によれば、全てを喰らう者フェンリルは人間である、とのことです』

『何年前?』

『百年前―――あっ』


 その情報が確かなら、人間なんて生きてないだろう。百年は人間にとって長すぎる。

 例え生きていたとしても、まともに体など動かせはしない。戦車を操縦するなど論外であろう。


 では、あの蒼い戦車を動かしているのは何者だ。全てを喰らう者フェンリルの名を受け継いだ凄腕のハンターという線もあるが。


『こほん―――今日は調子が悪いようです。帰って寝ましょう』

『そんなAIがあって堪るか。いいから、情報を集めよう。まだ、そこに全てを喰らう者フェンリルがいるんだから』

『そんなー』


 どうも、おはなさんが気乗りしてこない。おかしい。

 普段の彼女であるなら、根こそぎ情報を取得してやる、くらいは言いそうなのだが。


 そんな風に思っていると、唐突に砲塔上部のハッチが開き、何者かが出てきた。


『えっ?』


 それは人間の女性だった。それも若い。見た感じからして十代であろうか。

 長い黒髪、と茶の瞳。前髪は綺麗に揃えられている。いわゆる【ぱっつんカット】。

 胸は控えめで、代わりに尻が大きい。典型的な日本美人。だが、彼女は明らかに異常であった。


 身なりはオフィスレディを思わせるスーツ姿。スカートにハイヒールという戦うには見合わない姿はしかし、彼女の四肢の異常さを引き立たせる。

 彼女の四肢は機械だった。人間に近い形状ではなく、戦うためだけに作られた無骨な形状。


 ゴリラを思わせる巨大な腕部。巨大な手。日常生活に支障をきたすであろうそれは、マンイーターを殺すためだけに備わっているかのようだ。

 脚部も腕部ほどではないが巨大。ハイヒールも、よく見れば足と一体化している。


『人間の女性……と思うか?』

『分かりません。ですが過去のデータに全てを喰らう者フェンリルは女性とは明記されてません。男性です』


 だとするなら、彼女は全てを喰らう者フェンリルを受け継ぐ者なのであろうか。


『シーナ、そこから音声を拾える?』

『いえ、遠すぎます。なんとか見るのが精一杯です』

『そっか』


 あの女性はサイボーグなのだろう。過去に四肢を失い機械化したのか。そうだとしても、彼女がマンイーターの天敵である事実は変わらない。

 もし、彼女のような人間が増えれば、マンイーターは壊滅し、そして、この星の命運も尽きるかもしれないのだ。それは絶対に避けるべき未来である。


『先ほどのハンターたちが戻ってきました。きっと、M-006の残骸を回収するつもりです。いかがいたしますか?』

『いかがするも何もない。そっから離れてくれ。見つかるなよ』

『は、ははっ!』


 シーナの声が震えていた。シーナですら恐れるハンターが、この世にいるとは思わなかった。

 共通意識テレパスを終了する。砂嵐の後に、俺の視界はロゲシャブの町を映し出す。


全てを喰らう者フェンリルか」


 マンイーター優勢、これは変わらないだろう事実。しかし、マンイーターを脅かす存在もまた。

 では、何故、全てを喰らう者フェンリルは一気にマンイーターを壊滅させていないのか。これが疑問。


 代替わりする以前は穏健派的な存在だったのであろうか。それとも、何か理由があっての事なのか。


「おはなさん、一旦、ホテルに戻ろう。全てを喰らう者フェンリルの情報を整理したい」

『分かりました』

「あの位置なら、絶対にロゲシャブに来るだろう。補給無しで戦えるとは思えないし」

『……逃げましょう』

「妙に弱腰だなぁ。おはなさんらしくない」

『ナナシはアレの本当の恐ろしさを知らないからです。私も実際に目にするのは初めてですが、過去のデータをダウンロードされている私は、実体験したかのような恐怖が刻まれているんですよっ! 本当にもうっ、もうっ!』

「あー、うん。なんか、ごめん」


 おはなさんは、半分パニックになっていた。これでは調査どころではない。ホテルに戻って情報を整理する必要がありそうだ。

 何よりも、この町に向かっているであろう全てを喰らう者フェンリルと鉢合わせるのは避けたいところ。


 俺たちは意気消沈となりホテルへと戻った。尚、パオーン様とおっちゃんは既にホテルに帰っていたもよう。


 この人騒がせどもがっ。

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