第39話 フェンリル
その戦車は改造が施されていた。通常の戦車は砲塔が一つであろう。しかし、その蒼い戦車は主砲が五門あった。加えて後方には斜め上を向いている箱状の存在。
巨大な無限軌道は前後で分かれている。砲塔の側面には不穏なでっぱり。その砲塔の上にはチェーンガトリングのような砲が備わっていた。
異形、そう、まさに異形といえる戦車は巨大であった。大きさは通り過ぎていった戦車たちの三倍。即ち6メートルほど。
ベースとなっているであろう戦車の原形など分からない。今まではひと目見れば理解できたのに、それができない、ということはワンオフ機なのだろうか。
どう見ても戦車の方が蹴散らされる、そう思うほどの体格差。しかし、そう思っていたのも一秒前までの事。
ゴッ――――――――という音を聞いた気がした。
それが
戦闘が始まった。人間とマンイーターの戦いだ。どこででも見られるその戦いは、でも、どこでも見られるようなものではなかった。
それは狩りだ。マンイーターが人間を狩るような。しかし、それは―――。
『クイーン、よく見ていてください。奴こそは我らの天敵……!』
『天……敵……だと!?』
それと同時に
吹き飛ぶ無数の巨大な足。溢れ出る紫色の体液。それを回避するかのように後退しながら主砲を乱れ撃つ蒼い戦車。
痛みで怒り狂う
蒼い戦車は道路から外れ砂漠へと向かってゆく。その間にも砲撃は続けられた。
しかし
だが、その淡い期待は一瞬にして打ち消された。強烈な爆音。それと同時に砂が天高く舞う。それは
『半重力地雷! いけない!
おはなさんが言ったように
『
『なんてこった』
『ですが、それを短時間、しかもあっさりとやってのけるとは……やつは本当に人間なのでしょうか』
『人間だからマンイーターと戦っているんじゃないのか?』
『いえ―――奴は』
発射音。蒼い戦車の後方に備わっている四角い箱が真上を向き、白い煙を上げながら何かが多数発射された。
その何かは垂直に上昇した後、軌道を修正しつつ
痙攣する
『いったい、なんなんだ? あれは』
『最強のハンター。最強の人間。人間の姿をした悪魔。或いは絶望。そう呼ばれています』
『……』
シーナが答えを返してくれる。俺は
操縦技術、兵器の質、戦略、そういったものはどうでもいい。俺が気に掛かったのは、明確過ぎる【殺意】だ。
絶対に殺す。すり潰す。破壊する。滅ぼす。消し去る。といった負の感情が具現化しているかのような感覚。存在を認めない、という強過ぎる意思。それは人間のままでは維持できないであろう狂気だ。
だが、それを持ち合わせながら、極めて冷静、否、狡猾。機械を思わせるかのような完璧な行動。戦術。単純なプログラムを遂行しているかのような冷たさを感じた。
『感情を持った機械―――そんな感じだ』
『そんな馬鹿な。そのような存在などあり得ません』
『おいっ、AIっ』
『はっ!? こ、これはですね……ちゃうねん』
ダメだ、この
『俺はやつが、ただマンイーターを殺すだけに特化した感情を持っている機械に感じたんだ』
『しかし、過去の報告によれば、
『何年前?』
『百年前―――あっ』
その情報が確かなら、人間なんて生きてないだろう。百年は人間にとって長すぎる。
例え生きていたとしても、まともに体など動かせはしない。戦車を操縦するなど論外であろう。
では、あの蒼い戦車を動かしているのは何者だ。
『こほん―――今日は調子が悪いようです。帰って寝ましょう』
『そんなAIがあって堪るか。いいから、情報を集めよう。まだ、そこに
『そんなー』
どうも、おはなさんが気乗りしてこない。おかしい。
普段の彼女であるなら、根こそぎ情報を取得してやる、くらいは言いそうなのだが。
そんな風に思っていると、唐突に砲塔上部のハッチが開き、何者かが出てきた。
『えっ?』
それは人間の女性だった。それも若い。見た感じからして十代であろうか。
長い黒髪、と茶の瞳。前髪は綺麗に揃えられている。いわゆる【ぱっつんカット】。
胸は控えめで、代わりに尻が大きい。典型的な日本美人。だが、彼女は明らかに異常であった。
身なりはオフィスレディを思わせるスーツ姿。スカートにハイヒールという戦うには見合わない姿はしかし、彼女の四肢の異常さを引き立たせる。
彼女の四肢は機械だった。人間に近い形状ではなく、戦うためだけに作られた無骨な形状。
ゴリラを思わせる巨大な腕部。巨大な手。日常生活に支障をきたすであろうそれは、マンイーターを殺すためだけに備わっているかのようだ。
脚部も腕部ほどではないが巨大。ハイヒールも、よく見れば足と一体化している。
『人間の女性……と思うか?』
『分かりません。ですが過去のデータに
だとするなら、彼女は
『シーナ、そこから音声を拾える?』
『いえ、遠すぎます。なんとか見るのが精一杯です』
『そっか』
あの女性はサイボーグなのだろう。過去に四肢を失い機械化したのか。そうだとしても、彼女がマンイーターの天敵である事実は変わらない。
もし、彼女のような人間が増えれば、マンイーターは壊滅し、そして、この星の命運も尽きるかもしれないのだ。それは絶対に避けるべき未来である。
『先ほどのハンターたちが戻ってきました。きっと、M-006の残骸を回収するつもりです。いかがいたしますか?』
『いかがするも何もない。そっから離れてくれ。見つかるなよ』
『は、ははっ!』
シーナの声が震えていた。シーナですら恐れるハンターが、この世にいるとは思わなかった。
「
マンイーター優勢、これは変わらないだろう事実。しかし、マンイーターを脅かす存在もまた。
では、何故、
代替わりする以前は穏健派的な存在だったのであろうか。それとも、何か理由があっての事なのか。
「おはなさん、一旦、ホテルに戻ろう。
『分かりました』
「あの位置なら、絶対にロゲシャブに来るだろう。補給無しで戦えるとは思えないし」
『……逃げましょう』
「妙に弱腰だなぁ。おはなさんらしくない」
『ナナシはアレの本当の恐ろしさを知らないからです。私も実際に目にするのは初めてですが、過去のデータをダウンロードされている私は、実体験したかのような恐怖が刻まれているんですよっ! 本当にもうっ、もうっ!』
「あー、うん。なんか、ごめん」
おはなさんは、半分パニックになっていた。これでは調査どころではない。ホテルに戻って情報を整理する必要がありそうだ。
何よりも、この町に向かっているであろう
俺たちは意気消沈となりホテルへと戻った。尚、パオーン様とおっちゃんは既にホテルに帰っていたもよう。
この人騒がせどもがっ。
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