第38話 見落とし

 地獄の着せ替え人形事件から数分後。俺たちはボロっちい露店にて、遂に目的であった元素魔法媒体エレメントミディアムを発見する。

 しかし、そこにはナトリウムの元素魔法媒体エレメントミディアムは置いていなかった。


「えっと……こっちは窒素。こっちはクロムか」

『ナトリウムは無さそうですね。でも、これは確保しておくと後々に役立つやも知れません』

「そうだな。おっちゃん、これを全部くれ」


 元素銃エレメントガンを所持している以上、弾は幾らあってもいい。ここの店主は元素魔法媒体エレメントミディアムの価値を正しく理解していないようで、捨て値で販売していた。そんなもの、全部買うに決まっている。全部買っても、たったの5万Gという激安っぷりだ。


「ま、毎度っ! へっへっへっ……ガラクタが大金に化けやがった。これだから発掘は止められねぇ」


 やはり、どこかで見つけ出した物を販売していたようだ。露店の質が下がれば下がるほどに、その傾向が強くなっているもよう。

 なので、俺たちは質の低い露店を中心に見て回る。


 だが、その後は空振りが続く。質の悪い露店では壊れて使い物にならない品々も普通の価格で売られている場合がある上に、あたかも価値があるように見せかけて薦めて来るので質が悪い。


 そろそろ辟易してきたところで、おはなさんが方向転換を促してきた。


『このままでは埒があきませんね。そろそろ、上質な店へ赴きましょうか』

「う~ん。そろそろいいかもな。あ~でも、もう一件。あの奥はどうかな?」


 俺も露天商のねっとりボイスも聞き飽きてきたところだ。おはなさんの提案に乗ることにする。その頃には中心街の外れにまで来ていたので、少々雰囲気も変わり始めていた。

 でも、あともう一件、という欲求に手を掴まれて更に奥へと進もうと足を向ける。


 そこはゴミが散在しており、とてもではないが治安がいいようには思えない。加えて、どう見ても世紀末ヒャッハーな連中が数十人単位で存在感を示している。この世界間にマッチし過ぎて思わず吹き出しそうになるほどだ。


 ここは、人間の社会には大抵存在する逸れ者の集う場所。スラム街だ。そこであるなら、普通では手に入らない品々も取り扱っているのではなかろうか、とちょっぴり期待してしまう。

 安全面であるが、リュミールがいてくれるなら特に問題はないだろう。彼女はめちゃんこ強い。M-893型と一対一であるなら、それに勝利してしまうほど。

 流石に突然変異というか変態というか、おっちゃんには敵わなかったが。


「……」


 ヒャッハーどもは俺たちを不思議そうに眺めている。いや、眺めている、というよりかは値踏みしている、というのが正しいだろう。

 そして、俺たちは現在、女性ばかりとなっている。だからだろう、連中は下品な笑みを浮かべながら近づいてきた。


「おいおい、お嬢ちゃんたちよ。ここは怖~いおじさんたちが沢山いるところだぜ?」

「女の子ばかりだと、エッチなことをされちまうぞ?」

「げへへ」


 モヒカンにダブルモヒカン、そしてトリプルモヒカンという、モヒカンブラザーズが懐に手を伸ばす。

 それを見てリュミールが身構えた。


「ロゲシャブ警察です。ここからは警察も管轄外なのでお引き取りを」

「「「お巡りさんだったっ!?」」」


 なんということでしょう。モヒカンブラザーズが取り出したのは警察手帳だったのです。


 お前らのような警察官がいて堪るか。


「観光客がこっちに流れ込むので、チンピラの姿をして追い返しているんです」

「いちいち説明していると時間を取られますから。それでも、こっちに向かおうとしている方には説明しております」

「そ、そうだったのか」


 ここは彼らの言い分を聞いて引き下がった方が良いだろう。今の俺たちは彼らが言うようにどう見ても観光客なのだから。


 モヒカンブラザーズに礼を述べて中心街へと引き返す。その途中に俺はとあることに気付いた。


「おはなさん、ここいら一帯は、観光客が成立するほどに治安がいいのか?」

『……えっ?』

「それって、ここに来るまでに遭遇したマンイーターも撃破できるってことだよな?」

『……そうなります』

「どうやってだ? 簡単に考えるならハンターに護衛してもらう、だけど」


 そうだ、なんで気が付かなかった。ここには【観光客】が多過ぎる。そして、ハンターの数も。


「おはなさん、シーナたちと連絡は取れる?」

『今、意識を繋げます……どうぞ』


 マンイーターには【共通意識テレパス】なる特殊な能力を持つ個体がいる。おはなさんは貴重なそれの使い手である。


 共通意識テレパスはどんなに離れた位置にいる対象であっても意思疎通ができる便利な能力だ。携帯電話と同じ物である、と考えてもいい。

 しかし、欠点が無いわけでもない。共通意識テレパスに意識を置いている間は、身体を動かすことができないのである。

 なので、戦闘中の共通意識テレパスの使用は危険が大き過ぎるのだ。


『ナナシだ。シーナ、状況は?』

『はっ、現在は襲撃地点にて待機。特に異常はありません』

『ハンターたちの姿は見たか?』

『幾度か。装甲車を護る一団を数グループほど』


 やはり、ハンターの護衛業が成り立っているようだ。しかし、それが成り立つということは、マンイーターを撃破できるほどに強力な武装を所持しているということ。

 つまり、俺たちが最初にいた大陸のハンターとはレベルが違う、と認識するべきだろう。


『シーナ、ここのハンターたちには用心しろ。きっと強さに大きな開きがあると思う』

『クイーンがそうおっしゃるのであれば。しかし……私が見たところ、それほど変わりはないように思えますが―――!?』


 急にシーナの意識に緊張が走る。いったい何があったのだろうか。


『クイーン! おはな様! 視界を回します!』

『え?』


 ザー、という砂嵐が俺の視界を埋め尽くす。それは一秒と掛からなかったのかもしれない。

 その後、ここではない別の場所が見えた。これは、シーナが見ている光景なのだろうか。

 割と平坦な砂漠。そこには薄っすらと道路のような物が確認できる。旧時代に整備された車道であろう。

 そこを走る車の姿と巨大なワラジムシのような生物の姿。その生物は優に30メートルはあるかという巨体だ。


 追いかけられている車は装甲車。そして、護衛と思わしき戦車たち。その形状から軽戦車【AMX-13】と思われる。

 車体が軽量化されているので路上という条件は付くが時速60キロメートルを叩きだす高速戦車だ。護衛という点では装甲車と足並みを揃えられて都合が良いのだと思われる。


 しかし、AMX-13が通用するのは小型、中型のマンイーターまでだろう。あそこまで巨大なマンイーターだと火力不足だ。

 でも、何故か彼らには余裕すら窺える。絶対になんとかなるという意思がハッキリと理解できてしまう。


 あの絶対の自信は、どこに起因するというんだ。


『あれはM-006ドームです。超巨大マンイーターシリーズのプロトタイプであり、そして、成功例の一つ。あれを撃破できる人間など一握りでしょう。ですが―――』


 シーナが息を飲む。その隣でもう一つの息遣いを感じる。きっとサクヤであろう。


『来ます』


 逃げる車たち。その反対側から何かが来た。それは戦車だ。戦車なのだが。


『―――っ!?』


 シーナの視界越しでも理解できる悪寒。今まで味わったことが無い不安は俺から大量の汗を噴き出させる。


 それは蒼だった。薄暗い青空のような色。夜明け前の色。或いは日が落ちた直後の色。

 しかし、俺には後者のように思える色。それは落日の色。終わりを告げる色。


 震えが止まらない。これはいったいなんだ。俺が見ているのは、ただの戦車ではないのか。


『ナナシ……あれは、あのハンターは……終焉おわりを告げる者!』

『おはなさん、知っているのかっ!?』

『はい、ヤツの名は――――』






 全てを喰らう者フェンリル――――!

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