第37話 調査と彼女とショッピング

 俺たちが向かうのは商店が集中するロゲシャブの中心街だ。そこへは徒歩で向かう他に車やバスでの移動手段が用いられる。

 バスが定期的に運行されている点からして、バスの燃料となる軽油が滞りなく補給されている事が理解できよう。


 シーナたちは、その軽油を大量に満載したタンクローリーを襲う手筈になっている。

 問題は、そのタンクローリーがどれくらいの間隔でロゲシャブに来るかだ。


 シーナの推測によれば一週間から二週間、とのことなので、俺たちの作戦遂行時間は長くて二週間、短ければ一週間となる。

 彼が軽油奪取を失敗するとは思えないので、あまりのんびりとはしていられないだろう。


 さて、中心街にはバスで移動する。装甲車で移動してもいいのだが、装甲車内では外の景色が見れないので、せっかくだからバスを使おうぜ、と俺が我が儘を言った形だ。


 バスの停泊所にてバスを待つ。俺たちの他にも数名の人間たちがバスが来るのを待っていた。

 いずれも住民と思わしき軽装だが、その中にハンターだと分かる人物も確認できる。


 彼女は金髪碧眼の白人女性で、実に悩ましいプロポーションの持ち主だ。本人もそれを自覚しているのであろう、黒皮のブラジャーとホットパンツ、それに申し訳程度の肩アーマーにロングブーツという姿だ。赤いスカーフを首に巻いているのが印象的である。

 腰にはマグナムリボルバー。実に渋いチョイスだ。


 彼女の波打つ長い髪は黄金の海を思わせる。その上には黒いカウボーイハットを載せていた。カウボーイハットの弾痕は、それなりに戦場を渡り歩いてきたからだろうか。


「うん? あら、お嬢ちゃん。私に何か用?」

「いや、エロいな~って」

「あらやだ、おませさんね。あなたも大人になったら、エロくなるのよ?」


 なりません。あ、いや。なるって結果が出ていたわ。


 俺は自身のアダルトモードを思い出し、そこはかとない恐怖に見舞われるのであった。

 エロは他人のものを見るのが楽しいのであって、自分のものを見るのは苦痛でしかないのだから。


「見たところ貴族のやんごとなきご令嬢といったところかしら? パパに内緒で冒険中かしら?」


 カウボーイハットの彼女はチラリとリュミールを流し目で確認する。どうやら、リュミールの気配で彼女が実力者であることを見抜いているもよう。

 危機管理能力に長けているであろうカウボーイハットの彼女も相当な実力者である、といえようか。


「お嬢様、あまり知らない方と口をきいてはなりません」

「うにゅっ」


 俺はリュミールに、ひょい、と抱きかかえられ、カウボーイハットの彼女と距離を置かれる。

 その様子にカウボーイハットの彼女は肩を竦めて苦笑した。


「別に取って食いやしないわよ」

「それでもだ。これが私の仕事なのだからな」

「真面目ねぇ。婚期逃すわよ~?」

「余計なお世話だ」


 丁度その時、遠くからエンジン音が聞こえてきた。遠目でも分かるバスの姿で乙女たちの口喧嘩は終わりを告げる。


「バスが来たわね。こんな怖いお姉さんになってはダメよ? 素敵なお嬢様」

「貴様、まだ言うか」

「おほほほっ、じゃあね~」


 停泊所にバスが止まり、側面の乗車口が開く。カウボーイハットの彼女は真っ先にバスに乗り込む、と座席を確保した。


「ったく……今度、顔を確認したらナイフを突き立てておきます」

「勘弁してあげて」


 物騒なことを口にするリュミールを嗜めてバスに乗車。バスは乳白色を基本とし、赤いラインで塗装されているシンプルな車だ。

 ただし、一応は武装しているようでバス正面に機銃らしき物が二丁ほど取り付けられていた。流石は世紀末。


 バスの座席はまだ空きがあったようで、俺とアリリは後方の左側の座席へと座らされた。

 座席は二席一セットで左右に分かれている。俺たちの前にはリュミールが、俺たちの後ろの座席にはパオーン様とおっちゃんが座った。

 おっちゃんはデカすぎるので座席を二つ使用し、その膝の上にパオーン様が座る形となっている。

 尚、カウボーイハットの彼女は一番前の座席に座っているもよう。


 乗客が全員乗車したことを確認した運転手はバスを発車させた。座席は全て埋まり、釣り革に掴まっている客の姿も確認できる。

 この殆どが中心街へ向かう者たちばかりなのだろう。中心街で何を購入するかを語り合っていた。


 その中で気になる話題が耳に入る。それは【奴隷市】というもの。やはり、ここまで大きな町であっても、弱者には情け容赦無いのが人間であるようだ。


「おはなさん、聞いた?」

『えぇ、聞きました。もしかしたらドルイドたちが奴隷にされている可能性がありますね』

「出来る事なら、解放してやりたいけど……」

『現段階では、現実的ではない、と申しておきます』


 現段階では、か。確かに。


 ドルイドたちを解放したとしても、連れ出すための足が装甲車だけでは心もとない。ポチたちを呼び寄せればそれも解決するだろうが、下手をすればロゲシャブの町との全面対決になりかねない。

 それでは、こっそり町に潜入した意味が無くなる。本末転倒もいい所だ。


『一応、ロゲシャブの町の外にポチを配置しておきましょう。光学迷彩であるなら、そう見つからないでしょうし』

「そっか、その手があった。よろしく」

『了解です』


 おはなさんも諦めているわけでは無いようで、ポチに応援を要請してくれた。条件さえ揃えば、奴隷たちを連れ出して逃げる事が出来るかも。


 その後は特に気になる話題も上がらなかった事もあって、俺は窓から見える町の様子を眺めていた。

 大通りには沢山の露店の姿が見える。帰りは徒歩にて露店を覗きながらでもいいかも。


「終点~、終点~。ロゲシャブ中心街~」


 やる気のない運転手の到着の報告。途中、何度か停泊所に止まって客の出し入れがあった後、俺たちの目的地へと辿り着く。


 無論、この間は平和だった―――わけでもなく。


 パオーン様が放屁して異臭騒ぎになったり、釣り革に掴まって新体操を披露したり、とあまりに自由過ぎて注意された件が多数。

 やはり、パオーン様はお留守番していてもらった方が良かったのかもしれない。


 俺たちは代金を支払い下車。そこは大勢の人間たちでごった返している。

 元々が旧時代の繁華街だったのであろう、ひしめき合う商店にはひっきりなしに人間が出入りしている。

 そのあまりの多さに、どこに向かえばいいのか判断に困るほどだ。


「こりゃ凄い活気だな」

「ナナシ様、逸れないように」


 リュミールはそう言うと手を繋いできた。これなら逸れる心配は少ないだろう。

 であるなら俺はアリリと手を繋いでおく。これで対策は完璧だ。


「ぱおーん!」


 そして、一人暴走するパオーン様。その姿はあっという間に見えなくなった。


「何してくれとんのだ、あいつは」

『一応、もう一人のあなたです』

「くそがっ! 否定したいのに否定できねぇっ! おっちゃん!」


 おっちゃんは既に追いかけて行った後でした。もう、あとは彼に任せるしかないだろう。


「やれやれ……気を取り直して調査開始といこうか」

「あいっ、そうしましょー!」


 アリリの天真爛漫さだけが救いである。


 こうして俺たちは片っ端から店を見て回ることに。明らかに食堂である場所は避けた。俺たちが行っても意味がないからだ。


 俺とアリリは水しか飲まない。でも人間であるはずのリュミールも、食堂での飲食は必要ないというのだ。これはミステリーですぞ。

 もしかしたら、こっそりと間食している可能性も否定できない。


「白いワンピースもいいですが、このピンク色のワンピースも良いのでは?」

『ふむ……候補に挙げてもいいですね。ナナシの髪の色に合うやもしれません』


 たまたま入った店で服を取り扱っていたのが運の尽き。俺は着せ替え人形の刑に処されていた。


「ナナシ様っ! こっちも良いと思いますっ!」

「アリリは元気だなぁ」


 ゲッソリとしている俺とは真逆に、アリリは着飾れることに大変な喜びようを見せている。リュミールとおはなさんも、アリリを可愛らしくすることに夢中のもよう。


 俺たちは調査をするために来たわけで、オシャレをしに来たわけではないんだぞ?


「毎度ありがとうございました~」

「大漁ですね」

『えぇ。これで我々は、あと十年は戦えます』

「何と戦うつもりなんだ?」


 結局、彼女たちは割と大量のオシャレ着を購入してしまいましたとさ。調査の邪魔になるだろうが、バカちんがっ。

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