第36話 ホテル
ロゲシャブの町には数日間ほど滞在する予定である。勿論、目的の物を入手できた場合はその限りではない。
また、シーナたちの軽油強奪作戦が成功した場合も撤収となる。
俺たちには時間的余裕はない。余裕はないが、絶対に作戦を成功させなければならない、という制限も無いのだ。ある意味でただの訓練、と割り切ることもできる。
そういった事もあり、精神的な余裕もある俺たちは、半ば観光旅行のようなノリで町を調査する。そのために必要なのは宿泊するための宿である。
ぶっちゃけ、装甲車で寝泊まりも考えたが、それはそれで怪しまれるので宿を取ろう、という流れに落ち着いた。
おはなさんがちゃっかり者なので、人間社会で使用できる貨幣は十分にある。ここはひとつ、高級ホテルに宿泊するのも良い経験になろう、ということで、この町で一番のホテルの部屋を取ることに。
『ここが、町一番のホテル、【アイラブユー】です』
「ラブホじゃねぇか、馬鹿野郎」
なんということでしょう。ロゲシャブの町の最高級ホテルはラブホテルだったのです。
『旧時代のまともに残っていた建物を再利用しているのです。こうもなりましょう』
「納得いかねぇ……」
外見は、もろにラブホテルではあるが、中はそれなりに手を加えられており、少ない物資をやりくりしなければならない時代に置いては、実に贅沢な作りとなっていた。
エントランスにはどこから持ってきたのか、シャンデリアや松の木が備え付けられており、床には赤と金の絨毯が敷き詰められている。
中央には噴水までもが設置されていた。そこから噴射される水は全く濁っておらず、澄み切った無色透明である。
「不思議に思っていたんだけど、これって地下から汲み上げているのか?」
『そのようですね。その過程で幾つもの濾過装置を稼働させて浄化しているようです。飲めますよ? これ』
「マジか」
だが、そこは商魂逞しい人間だ。宿泊客以外は有料となっている。当然といえば当然だが。
雑に置かれた錆び付いた鉄のコップ。その横には手書きで一杯100Gと書かれた札が立て掛けられてる。
値段はともかくとして、こんな粗雑なコップで水を飲みたいとは思わない。
「せめてまともなコップは無いのか?」
『部屋を取れば綺麗なコップが貸し出されるようです。いくら飲んでもいいそうですよ」
「へぇ……やっぱ、宿泊しないとダメですよ、的なやつか」
リュミールが人数分の代金を払い正式にコップが貸し出されることに。コップはなんと真空断熱タンブラーのようだ。これなら水が温くなりにくい。きっと、旧時代の遺跡から発掘してきた物であろう。
「おー、いいじゃん。うちにも、こういったものが欲しいな」
『残念なことに、我々が訪れた遺跡に、こういった物は無かったですね』
「あったとしても原形を留めていなかったりな」
『ですね』
ある意味で水が主食足り得る俺は、水を飲む容器にこだわりたい。現在は旧時代の遺跡で見つけたステンレス製の水筒に水を注いで飲んでいる。
ウツボカズラから直接、飲んでもいいが量が少ないので面倒臭い。よって、何か容器に溜め込んで飲んだ方が効率が良いのだ。
しかし、無骨なデザインの水筒はなんだか味気ない。こう、優雅なデザインの容器が欲しいと思っていたところである。
「これ、売ってないかな?」
『略奪しましょう』
「考え方が世紀末すぎるっ」
おはなさんは俺が思っている以上に武闘派だった。しかし、ここはグッと堪えて穏便に事を進めなくてはならない。
「ヒャッハーは最終手段。今は事を荒立てないように行動しよう」
『はい、満点の返答です』
「にゃろめ。試してやがったな」
『うふふ』
楽しそうなおはなさんは、そろそろ部屋に行きましょうか、と俺たちを促した。
俺たちの他にも宿泊客は多い。その殆どはタキシードやドレスを身に纏っている上流階級の人間たちばかりだ。
そんな彼らに対し、俺たちは小汚いとまでいえる服装である。だからだろうか、彼らに奇異の目で見られているもよう。
でも、それは不快ではなく、興味津々といったものであった。
「なんか、めっちゃ見られてる」
『主にリュミールとM-893型ですね。きっと、訳ありの令嬢と屈強なお付、とでも勘ぐっているのでしょう』
言われてみれば、そんな風に見えなくもない。リュミールは黙っていれば超絶の美女であるし、おっちゃんはコートの上からでも分かるくらいに筋肉隆々。加えて寡黙で厳つい。
常に周囲に気を配っていることから、リュミールのボディガードと見られてもおかしくはない。
実際はパオーン様がやらかさないように目を光らせているだけなのだが。
「ぱおーんっ!」
はい、早速ですが、やらかしました。
この野郎、噴水に放尿しやがりましたよ。何やってくれてるの。
「あら、程よい塩気……うん! 美味しい!」
「はい、そうでございますねっ、奥様」
知らぬが仏、とはよくいったものだ。
お上品なマダムが、ぱおーんエキスが混入した水を飲んでおられました。ここは、そっとクールに立ち去るのが上策。
「おっちゃん」
「ヤレヤレダゼ」
ひょい、とパオーン様を担ぎ上げるおっちゃんと共に、俺たちは急ぎ足でこの場を後にした。
俺たちは何も見ていなかった、いいね?
俺たちが取った部屋は大部屋だった。調査隊全員が寝泊まりしても問題無いほどに広い。
恐らくだが、取った部屋はロイヤルスイートルーム。そうとしか言えないほどに豪華絢爛な作りとなっている。
部屋全体がピンク色のカーテンで覆われているのは、そこは多分、全部アレだからだろう。
そして、ひと際異様を放つ部屋中央の回転式ベッド。しかも、しっかりと稼働しやがるもようで。
「ぱおーん!」
「わぁ、このベッド、ゆっくりと回転しますよっ?」
いきなり稼働させるんじゃありません。
幼児と幼女が回転ベッドの上でいきなり服を脱ぎ始めました。単に服が窮屈だったようで、そのままベッドに寝っ転がり、即座に夢の中の住人と化す。
君たち、フリーダム過ぎませんか?
「あらあら、素敵な部屋ね」
リュミールは外の景色を見ようとカーテンを開けた。しかし、そこにあったのは案の定、窓ではなく姿鏡。それが部屋をびっしり覆い尽くしていた。
「何これ?」
『ここは、いわゆるラブホテルです。この鏡は男女の絡み、それをあらゆる角度で確認できます』
おはなさん、真面目に説明しなくてもいいですから。
「しょうもない部屋に評価が下がったわ」
『まぁ、それでも一番まともな部屋ですから』
どこがまともなのか説明を要求したい。でも、これ以下だと、あまり防犯性能が良くないらしい。
一応はハンターなどを雇ってホテル内の見回りはおこなっているようだが、このご時世は鍵の質が悪いらしく、鈍器などで簡単に破壊できてしまうそうだ。
なので、この部屋のように電子ロック式でなければ安心して眠れないとのこと。
部屋の出入りはカードキーで開錠して入ることになる。なので紛失してしまった場合は大変なことに。
「外の景色が見えないのは残念だけど、防犯性が高いのは良いことだ」
『はい。どうせ、この部屋も殆ど使用しませんしね』
「あぁ、そういえばそうだな。夜間は調査するんだし、荷物を置いておくくらいか?」
『そうなります』
何も略奪だけが
基本的に戦闘行為は避ける方針なので、穏便に済むであろう商店からの購入を俺は推進したいところ。
知識の無い人間であるなら、
そこら辺の露店辺りに転がっていないか調査するつもりである。
もし、当てが外れた場合、夜間に保管していそうな場所に強制調査に入る予定である。
この場合はリュミールが調査を担当する。俺やアリリは潜入には向いていないし、おっちゃんは力技担当なので、この中では一番の適任者となる。
あとは
イリリはその沢山の目にそれぞれ特殊な能力が備わっているようだ。熱を感知する目や、望遠鏡のように遠くを見渡せる目、更には夜間でも昼間のように見える目など、多種多様な眼球を所持している。
ウンゴラはその細長い体が特徴。小さな隙間さえあれば、そこから侵入することが可能だ。
あとは侵入先でドアの鍵などを開けてくれれば苦労なく建物内に不法侵入することができる。
エンドゥは……いてくれるとなんとなく和む。いわゆる癒し枠だ。
あれ? エンドゥはこの作戦に連れてこない方が良かった? でも、親衛隊だから多少はね?
というわけで人型の花ことエンドゥも仲間はずれにはできない。いつか、エンドゥだけしかできない特技が開花することを願い同行させる。
『ではまず、商店を見て回りましょうか』
「そうだな。そこに置いてあれば話は早い」
そういったわけで、俺たちはフロントにカードキーを預けて町へと繰り出すのであった。
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