第35話 潜入 人間の町ロゲシャブ

 ガタゴトと装甲車が揺れるのを感じつつウトウトする。装甲車の内部は意外にも広く、運転席の他には大人が六人座っても余裕がある。

 お互いを見合わせる形でシートが据えられており、車の内側にはライフル銃といった銃器が掛けられていた。


 装甲車は砲塔こそ備わってないが、機動力、防御力、そして兵士の運搬能力に長けている。尚且つ、ハンターたちも良く利用しているのである。これを潜入調査に使わない手はない。


 俺たちは旅のハンターとして人間の町【ロゲシャブ】に潜入するつもりだ。そのメンバーに選出されたのがドルイドのリュミールさん。


 彼女はサクヤに見出されたドルイドで深緑色の長い髪をツインテールで纏めている美少女である。きつい印象のある顔立ちだがビックリするほど整っており、人形かと思わせるほどに器量良し。大きな目に納まる赤い瞳は宝石を思わせる。

 肌はアジア人を思わせる黄色の肌。少し日焼けしているが、それが返って健康美を生む。


 彼女はドルイドの中でも超が付く希少な存在で、なんと彼女を虐げる目的でやって来た人間たちを皆殺しにした経歴を持つ、というバリバリの武闘派ドルイドである。


 そのせいでサクヤに見出され、色々とアレなことを施されたとのことだが……詳しくは教えてくれなかった。女の秘密とかなんとか。


 だからだろう、本人は大満足であり、植物人エルフになる必要は無し、と俺に告げていた。


 彼女は身分を偽り、ハンターとして活動してもらう。この一団のリーダー的な存在だ。ただし、実際のリーダーは俺である。

 俺の容姿が容姿なので、外見的リーダーはリュミールが適任、という解釈一致で選出された形だ。


 そのため、普段見に纏っている緩やかなローブから、ハンターたちが好むツナギ姿になってもらっている。色はまさかのピンク。


 潜入調査だぞ? おぉん? 分かってる?


 その上にプロテクターを身に着ければ立派なハンターに見えるだろう。

 ただし、銃は持っておらず、そもそもが射撃の腕前が致命的だという。なので彼女が携帯しているのは腰に差した大型ナイフ一本だ。


「ぱおーん」

「頼むから、大人しくしていてくれよ?」

「ぱおっ」


 そして、まさかのパオーン様。選出理由は彼のお付の【おっちゃん】ことM-893型の力が必要だったからだ。

 彼は優れた擬態能力があり、単眼の顔を完全に人間の中年男性へと変化させることが可能。そして、片言ながら会話能力を有し、機械の修理もこなす、というM-893型のスーパースターなのである。


 少数での潜入調査に置いて、彼ほど頼りになる者はいない。だが、それには金魚の糞のごときパオーン様も連れてくる必要があった。


 こいつ、ちょこまえに独占欲が強く、おっちゃんを気に入っているため、二人を離すことができなかったのである。


 そして、クイーン親衛隊。彼らは基本的に装甲車内で待機だ。ただし、アリリは俺の護衛として共に行動する。アリリ以外は容姿に難があるので仕方が無いだろう。

 だが、その分、アリリよりも尖った能力を有しているため、潜入調査に同行させる形となった。


 主な活動時間は深夜。俺も植物人エルフも一応は睡眠が必要ではあるが、それは人間ほど必要ではない。精々、二時間も寝れば十分だ。

 まぁ、中にはエンドゥのように、四時間は寝ないと満足できない子もいるが。


 尚、ウンゴロは三十分でいいもよう。もっと寝てもいいのよ?


「クイーン、そろそろロゲシャブの町ですわ」

「ふがっ!? お、おう。ウトウトしてた」

「それは申し訳ありません。少し、休憩を取りますか?」

「いや、車に揺られて気持ち良くなってただけだから」

「左様ですか。では、このまま町に入ります。準備を」


 道なき道を走る、とシーナの情報通り石壁に囲まれた町が見えてきた。

 町は旧時代の町を利用しているようで、倒壊した高層ビルなどが確認できる。それを修繕し無理矢理利用している様子が窺えた。

 町の規模は大きい。人口は推定で十万を超えるのではなかろうか。この時代で人口十万はかなりのものだと思う。


 やがて門の入り口に辿り着く。そこではライフル銃を持った兵士が少なくとも十名以上確認できた。

 門には長蛇の列が出来上がっており、それらは全てハンターだという。稼ぐために町の外へと出かけ、稼ぎ終えて帰ってきたところだ、というのだ。


「うへっ……あれ、全部ハンターかよ」

「そのようです。全部始末しますか?」


 リュミールは壮絶な暗黒微笑を浮かべる。闘争心がサクヤによって強化され過ぎているのであろうか。人間を完全に敵視しているもよう。


「却下。ここには調査しに来たって言ってるだろ」

「そうでした。でも―――四~五十人程度なら摘まんでもバレは……」

「バレるっ! 大人しくなさいっ!」

「しょぼーん」


 ちょっとリュミールが心配になってきました。ただでさえパオーン様がいるんだからトラブルは起こさないで欲しいものである。


「おっと、そろそろだな……アリリ以外は隅っこに隠れてくれ」

「「「はい!」」」

「リュミールは隠れなくていいからっ」

「えー?」


 ダメだこいつ。思った以上にポンコツでいやがる。


「ぱおーん!」

「パオーン様は下を隠せっ! なんで丸出しなんだ!」

「ぱお」

「そんなアイデンティティなどいらんっ!」


 もう、この潜入調査は失敗なのかもしれない。そうこうしてるうちに検問と相成りました。


「パスポートは持っているか?」


 サンドカラーのヘルメットと軍服を着た兵士がおっちゃんに問いかける。


「ナイ。タビノ、ハンター、ダ」

「では、入場料を頂く。三千Gだ」

「コレ、デ」

「一万G札だな。七千Gの返却だ。確認してくれ」

「タシカニ」


 その間に兵士たちは装甲車の後部ドアを開けて内部をチェックしてきた。すると、俺たちが目に映るわけだ。


「失礼、そして、こんにちは。女に子供……か」

「後は荷物……といったところだな」

「にしても……美人だな。その姿、あんたもハンターか?」


 兵士たちはリュミールの姿を見てハンターであると認識したらしい。そのように認識してもらうために着替えているのだ。目論見は成功したといっていいだろう。


「うふふ、そうよ? 娼婦じゃないから、手を出したらっちゃうからね?」


 妖艶に微笑むリュミールに、兵士たちはごくりと生唾を飲み込む。しかし、仕事に忠実であるようで、すぐさま襟を正した。


「おぉ、怖い怖い。お手柔らかにな」

「子供もいるし、無用に怖がらせる必要もないだろう。よって異常無し!」

「野望と希望の大都市、ロゲシャブにようこそ! 楽しんでいってくれ!」


 思ったよりも良い連中だったようだ。時間を掛けられないという事情もあるのかもしれない。俺たちの後ろには新しい長蛇の列の姿があった。






 無事にロゲシャブの町へと潜入できた。城壁の中は驚くほどの活気で満ちている。町で暮らす住民の殆どは黒と褐色の肌、そして癖毛の人間たちだが、中には金髪碧眼で白い肌の人間の姿もある。

 恐らく後者は流れのハンターなのであろう。至る所に戦車の姿が見受けられる。


 ここには広い駐車場があり、無料で駐車が可能らしい。ただし、駐車中の損失は一切保証しない辺り、無料ただより怖い物は無い、といた感じだ。


 装甲車を無料の駐車場に止める。降りるのは、おっちゃんとパオーン様、そして俺とリュミール、アリリだ。それ以外は予定通り車内で待機。

 俺がいる限り、植物人エルフである彼らは飢えることはない。マンイーター同様に俺からのエネルギー供給が可能なのだ。


「うおぉ、おっきいな……お? あれって樹か!?」

「あっ、くいー……ナナシ様っ、あれは何ですかっ!?」

「うん? うをっ!? マジか! 川が流れてやがる!」


 砂埃が舞う一方で、なんと樹木の姿も確認できた。そして町を流れる川。石材で整えられたそこには、真っ赤な鱗を持つ魚が無数に確認できる。

 ここは今までの人間の町とは異なる存在であるようだ。


 よくよく見ればハンターたちも、今までのようなチンピラ連中とは違い、しっかりと礼儀作法を身に付けている様子をうかがわせている。

 それは彼らを戦士へと格上げさせるであろう。敵対する、しないに関わらず油断ができない相手と認識するべきか。


 倒壊した高層ビルはそのまま活用し、少し手を加えて市場となっているようだ。雨風を防げれば、なんでも利用するのが彼ら流のようで。

 しかし町の治安は極めて良好のようだ。その証拠になんと自動販売機が稼働している。内容は清涼飲料水の他に、弾薬や手榴弾、そして傷薬とかなり混沌模様を呈していた。


 自動販売機は治安が良くなければ成立しない。盗人に取って行ってくださいと言っているようなものなのだ。だが、荒らされた形跡が無いということは、警備がしっかりしているということ。

 軽く周囲を見渡せばライフル銃を担いだ兵士が絶え間なく巡回している。だからこそ、市民たちも軽装で町を出歩いているのだろう。


「こりゃあ、緩くないな。潜入する町を間違えたんじゃね?」

「ですが、その分、良質な物資が期待できますよ?」


 リュミールの言う事はもっともだ。しかし―――。


「下手をすれば損害の方が大きくなる。慎重に事を運ぶべきだ」


 そう、あくまで損害を被らないようにしなければ意味が無い。良質な物資が手に入っても、それ以上の損害があったら本末転倒なのだ。

 今の俺たちが大部隊であるのは理解している。しかし、練度はそこまで高くないだろう。


 シーナたちが別行動を取っている以上、この町のハンターたちと事を構えるのは有効とは言えない。

 加えてハンター以外にも軍人がいる。きっと町の防衛戦力が別に設立されているのだ。これにハンターが加わった場合、どれだけの戦力になるか分かったものじゃない。


『そうですね。ここは、あくまで調査でいいでしょう。私もここまで規模が大きく、しっかりしているとは思いませんでした。この情報だけでも十分に元が取れた、といってもいいです』

「おはなさんの言う通りだな。見境なく襲ってたら、今頃、返り討ちになっていたかも」

『情報は大切だ、ということが学べてよかったですね』


 もしかしたら、おはなさんはこれを教えたくて、俺の我儘を聞き入れた?


「となると、調査は打ち切って町を離れた方が良いのかな?」

『いえ、調査しましょう。幸いにも我々はまだ怪しまれていません。情報を出来るだけ入手し、ついでに物資も調達しましょう。そのための貨幣も略奪ついでに確保しておりましたし』

「あぁ、おっちゃんが渡していたお金か。よくもまぁ、どさくさに紛れて」

『えっへん。こんあこともあろうかと』

「褒めてない」

『そんなー』


 なんにせよ、俺たちのロゲシャブの町での調査が開始された。危惧するのはパオーン様の暴走だが、これはおっちゃんに任せるしかない。


 おっちゃん以外の言う事を聞かないからな、あいつ。

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