第13話 因縁 草の子と風の声を聞く少女

「がぁうるるるるるるるるっ!」


 だが、その刃は俺の首元でピタリと停止する。ポチが植根突ランスでAshの両腕を絡め取り、ギリギリのところで俺の首ちょんぱを防いでくれたのだ。

 死ぬのには慣れているが心臓に悪いのには変わりない。ポチには大変に申し訳ないのだが、お漏らししちゃいました。ごめんねっ。


『おまえも死ねっ。悪魔っ』

「がうっ!」

『あっしゅっ。おまえの力を見せろっ』


 ルッカと思わしき声の主が憎悪の籠った声でAshに命じる。するとAshの右腰パーツが展開し、何かが飛び出す。

 それは剣の柄のような物。それを見た瞬間、俺は背筋が凍りつく感覚を覚える。


「ポチっ!」

「っ!」


 それはポチも同じだったのだろう、無理矢理身体を捻るような姿勢を取った。その直後、濃い緑色に輝く何かが通過した。

 それは大地を切り裂き地中へとめり込んでいる。しかし、俺たちを仕留めていない、と知るや否や地面から抜け出し空中に浮かび上がった。


遠隔操作型浮遊光剣レイブレードです。刀身の輝きからしてシルフ型かと』

「専門用語、凄いですね」

『それほどでもありません』

「皮肉だよ、ちくせう」

『知ってます。取り敢えずは逃げる事に変更はありません。敵パイロットは風の魔法を行使できるようです。厄介ですね』


 風タイプ、といえばまず素早い動きというのが想像できる。もしかするとあのロボットも魔法の力で物凄く素早くなっている可能性がある、と考えておくべきだろう。

 事実、俺が認識できなかった速度で突っ込んできているのだ、十中八九、そうであると思う。


「おはなさん、逃げ切れると思う?」

『普通に逃走しても捕まる可能性は高いです。ここは他のM-114・514型を盾にして撤退しましょう』

「血も涙もねぇな」

『AIですから。では、ご指示を』

「分かってるよっ」


 作戦を立案するのは、おはなさんだが―――最終決定を下すのは俺だ。つまり、俺は決断に責任を持たなくてはならない。自分一人では何もできないのに、こう言う事だけは他人に頼れないのは辛いところ。

 でも、それが上に立つということであり、この六年で嫌というほどに理解してしまった事だ。


「M-114・514型! 俺たちの為に死んでくれ!」


 残っている通常型のM-114・514型が一斉に咆えた。そして、他のハンターたちを無視してAshに殺到する。


『邪魔をするなっ』


 バッサバッサと切り捨てられるマンイーターたち。Ashの強さにゾッとする。


「あれが……魔法使いの乗った戦闘マシンというのかよっ!」

『そうです、覚えておいてください。そして、あれに勝利したのが我々ということも』

「……つまり、上手くやれば俺たちにも勝機はあると?」

『その通りです。ですが、今は物量による押し潰し作戦ができません。撤退一択となります』

「力技だった!」


 まぁ、あんな化け物、普通の戦い方じゃ勝てないわな。


『道が開けました。今が好機です』

「よし! ポチ、撤退だ!」

「おんっ!」


 アバズンとは別の方角へと逃げる。撤退中のアスと合流してしまっては、ルッカに追いつかれ万が一もあり得るからだ。


『うおぉぉぉぉぉっ!? 勝手に動くんじゃねぇっ!』

『ぬわぁぁぁぁぁっ!? おいっ、止まれっ、Ash!』


 残っていたAshが俺たちの妨害に入った。しかし、中の人はその行動に賛同しているわけではなさそう。

 これがオート・スレイブ・ヒューマンの恐ろしい部分なのだろう。人間を人間と思わない外道が作り出した殺りく兵器、それがAsh。


 こんな物を存在させ続ける意味は無い。速やかにぶっ壊してしまいたいところだが、残念ながら今はそれも叶わない。何もかもが足りなさ過ぎる。

 だから今はなんとしても逃げきって、中央管理センターへと辿り着かなくては。


『動きが鈍いですね。こちらは普通の人間が乗っているようです。無視しましょう』

「ポチっ! 適当にあしらえっ!」

「わんっ」


 げしっ。


『へぶっ!?』

『マーカスっ!?』


 二体の内、一体はポチの飛び蹴りで転倒した。しかし、残った一体は攻撃を華麗に回避し手に持ったライフルで攻撃してきた。

 連射性能が高く、実に隙が無い。撃ち出されている弾丸も実弾のようだ。物凄い勢いで薬莢がライフルから排出されているので間違いないだろう。


『な、なんなんだっ! こいつはっ!?』

「それは俺が言いたいセリフなんだよなぁ」


 パイロットは悲鳴を上げ続けている。きっと自分では戦う意思なんて無いのだろう。

 それでもマシンの方はやる気満々だ。絶対に草の子殺すマン、と化している。ぴったりとポチの背後に陣取りライフルを撃ち続けた。


「ええいっ、しつこいっ」

『きっと悪質なストーカーですよ』

『聞こえてるぞ!? 俺はストーカーじゃねぇ! 助けてっ!』


 通常型M-114・514がルッカを足止めしている間に逃げたい、というのに厄介な。

 このままじゃ、やがてルッカも追いついてきてしまう。その前に手を打っておかなくては。


「おはなさん、何か良い方法は無いのっ?」

『なら、デコイを使いましょうか』

「おぉ、そんな便利なものがっ!?」

『あるじゃないですか、あなたの股間に』

「……パオーン様を切り離せと?」

『破壊されれば、あなたの下へと戻るんです。何か問題でも?』


 大問題なんだよなぁ。パオーン様って一応、俺なのである。もし、それが壊されたりしたら男の尊厳が破壊されたも同然なわけでして。


 あと、おはなさんの言ってることが割と信用ならない。おはなさんはパオーン様を排除したがっている感じがプンプンするからだ。


 彼女はパオーン様をノイズと言った。それはつまり、俺には必要どころか邪魔なものだと認識していることに他ならない。

 だというのに、ここでパオーン様を切り離してしまっていいものか。


 いや―――そもそもが間違っていた。


「ポチっ! 転身だ! 目標、ルッカのAsh!」

「おんっ? わうーんっ!」


 ポチに指示を出し、ルッカの下へと戻らせる。それに難色を示すのは、やはりおはなさんだ。


『ナナシ、血迷いましたか?』

「いいや、これでいい。ここで逃げきったとしても、ルッカはしつこく追ってくるはず。アバズンの場所も見つけられてしまうだろう。だから、ここで決着を付ける」

『勝率は低いですよ?』

「俺は高いと認識してるんだが?」


 そう、俺は勝利できると確信している。それも完璧にだ。


「アスたちは、どの辺りか分かる?」

『完全に戦闘区域から離脱しております。問題はないかと』

「よし、いいかポチ。今から俺の思念を送る。しっかりと守れ」

「わうっ」


 ポチと物理的に繋がっている状態では声を出さなくとも意思を伝えられる。これがポチと繋がることに置いて重要なポイントだ。

 繋がってないとポチはあまり理解してくれないからな。


 というわけで戦闘開始。ルッカに恨みなど無いが火の粉として降り掛かってくるのであれば払うのみ。

 俺の戦いを見せてやろう。


 あ、君、邪魔。


 がすっ。


『ぶべらっ!?』


 ポチの後ろ蹴りでライフル持ちのAshを転倒させる。時間稼ぎにはなるだろう。


『師匠、ダサい』

『ダサい言うなっ!』


 奴らのコンビ漫才が始まったところで状況を確認する。悪くはない状況だ。


「よし、普通型も残っているな。乱戦に持ち込むぞっ」

「がうぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」


 普通型とポチの外観はそれほど違いは無い。というか、見た目はほぼ同じである。

 普通型とポチとの違いは尻尾だ。普通型は細く長いが、ポチは太くて長いのだ。たったそれだけの違いであるが、よく見ないと判別は難しい。

 特にこれだけ入り混じった乱戦になれば一瞬で普通型とポチを見分けるのは困難だろう。


『死にに戻ったか、ナナシっ』

「殺せるものなら、殺してみなっ!」


 マンイーターとAsh、そこにハンターたちの戦車も加わった大乱戦となる。全て俺の都合の良いように回り始めた。だが、まだ足りない。


「おはなさん、M-893はまだいる?」

『現存している個体が十二体ほど』

「遺跡を倒壊させる爆発は可能か?」

『計算中……可能です。配置させますか?』

「あぁ、それと倒す方角だが―――」


 それを聞いたおはなさんは呆れた。まぁ、そうもなろう。しかし、俺たちにできて、ルッカたちにはできない事を考えればこうもなろう、というものだ。


『呆れますね。ですが、最高率であることは間違いないです。了解しました、M-893を爆破ポイントへと向かわせます』

「よろしく。M-893が配置に着き次第、作戦を決行する。いいかポチ、おまえがしっかりやらなきゃ、この作戦は失敗だ。頼んだぞ」

「わんわんぉ」


 なんか若干、自信無さげであるが、やってもらわねばなるまい。

 このやり取りをしている間にもルッカの遠隔操作型浮遊光剣レイブレードがビュンビュン飛んできて俺を焼き尽くそうとしてくる。

 加えて巨大な斧も俺とハグしたいと迫って来るから、さぁ大変。


 おめぇなんぞとハグしたらミンチになっちまうよ。ばかやろう。


「まぁ、遠隔操作型浮遊光剣レイブレードも一本だけだから何とかなってるな」

『増えました』

「なんですとっ!?」


 なんということでしょう、空飛ぶ殺戮兵器が増えたではありませんか。流石のポチも三方向からの同時攻撃はかわしきれない。徐々に外殻が削られてゆく。

 それでも直撃はしないのだから、ポチの反射神経は尋常ではない。普通型は、これで肉片となって退場しているのだ。


『ナナシっ、ぜぇ、ぜぇ……殺すっ!』


 どうやらAshが人間を搾り上げて活動する兵器だというのは本当らしい。ルッカの声に混じって荒い息が聞こえ始めた。


「あんなに可愛い子供がなんでこうなった」

『ぜぇ、ぜぇ……おまえの、せい、だっ!』


 再び遠隔操作型浮遊光剣レイブレードとAshの同時攻撃が来た。既に見せている植根突ランスなら使用しても構わないはず。

 足元にはポチと同型のM-114・514のバラバラ死体。


『M-893、配置に着きました』

「よし、起爆!」


 条件は揃った。俺は勝利のトリガーを起動させる。爆発音、そして振動。少し遅れて旧時代の遺跡―――高層ビルがこちらへと倒れて来る。


「うおぉぉぉぉっ!? やべぇ! お前ら逃げろっ!」

「冗談じゃねぇぞ!? なんだ、このマンイーターどもっ!」


 ハンターたちは蜘蛛の子を撒き散らしたかのように撤退を始める。でも、気付くのが遅かったな。間に合いはせんよ。


『っはぁっ! ナナシっ! 謀ったなっ!』


 ルッカがビルの下敷きになるのもお構いなしで攻撃を仕掛けてきた。なんという闘争本能。だが、漏らすおしっこは既に出し切っている。


「謀られる方が悪い」


 ポチに植根突ランスを起動させる。地中から飛び出した植物の根は足元の大量の砂とバラバラ死体を巻き上げた。


『ぐっ! 今更、目くらましなどっ!』

「ポチっ!」

「がうっ!」


 ここで俺はポチと分離。ポチは素早く地中へと潜行する。ポチの逃走経路は戦闘突入時に植根突ランスでこっそり作っておいた。

 倒壊するビルの範囲外まで掘り終えているから、まず死ぬことはないだろう。


『っ!? マンイーターが消えたっ!? いや、手応えはあった、なら仕留めたっ!?』


 残念だが、それは巻き上げたバラバラ死体だ。ポチはさっさと地中のトンネルから離脱中だよ。


「どうした? 俺はここだぞ、ルッカ」

『ナナシっ!』


 ――クイーンっ! 何故、ポチと共に離脱をしないのですっ!?


 おはなさん、これは必要なことなんだ。ルッカとの因縁をここで断つ。


「どうした? かかって来いよ。それとも、俺が怖いのか?」


 ルッカを煽る。する必要はないとは思うがダメ押しだ。


『殺す! 死ねっ!』


 無論、俺は逃げも隠れもしない。何故なら、これで俺の完全勝利が確定するから。

 眼前に迫る斧。触れたという認識をする前に俺の視界は真っ黒になった。






 草生える。わさわさと、にょきにょきと。

 乾いた大地を潤すよ。さわさわと、ひたひたと。

 それは命。死にゆく世界を蘇らせる希望の一滴。


「おっげはぁっ!」


 はい、このお下品な声を上げたのが希望の一滴です。


「ここは……よしよし、上手くいったな」


 俺のリスポーン地点はアバズン。つまり、死に戻りってやつだ。

 見た感じアスたちはまだ到着していないもよう。到着した彼女の驚く顔が目に浮かぶ。


『無茶苦茶な作戦でした』

「照れるぜ」

『褒められるものではありません。永遠の再生が可能とはいえリスクが無いわけではないのです』

「えっ? 初耳なんですが?」

『我々が恐れるのは、あなたの【汚染】です。それはあなたの機能にバグを生じさせます。汚染の濃度が高くなってゆくほどに、あなたは、あなたでいられなくなるのです』


 いや、もっと早く教えてくれよな。そんな重要なこと。


『最近は死ななかったもので油断しておりました。まさか自分から死にに行くとは』


 おはなさんのくそデカため息は、俺の精神を汚染するのでNG。


『現在の汚染濃度は8%ですが、これは自然浄化可能なレベルです。汚染は再生の際に大地より吸収する形で蓄積されてゆきますので、何度も死を繰り返せば取り返しがつかなくなりますよ』

「汚染された大地じゃなければ、どうなんだ?」

『その場合は蓄積されません。よって、中央管理センターを再生ポイントに指定できればノーリスクで再生可能です』

「そこだけは汚染が進んでいないんだな」

『人間以外の生命、その最後の砦ですから』

「人間はダメなんだな」

『はい、あれは害獣です。侵入されたが最後です』

「悲しいなぁ」


 なんにしても、これで一段落だろうか。ルッカの生死は確認できていないが、あのビルの倒壊に巻き込まれたのは間違いないだろう。そして、ポチも仕留めたと勘違いしているに違いない。

 奇跡的に生き延びたとしても、ただで済んではいまい。そして、その場合、俺を仕留めた、と錯覚しているだろう。

 これで、ルッカがもう、俺を追いかけて来ることはない。俺の勝利だ。


 ひとまずは因縁に一段落した形となっただろうか。最悪の再会に、最低の決着となったが。


「悲しい、か。何を今更……あの日、俺は人間と決別したじゃないか」

『はい、一時の感情で道を誤らぬよう重々。いいですね? クイーン』

「分かってる。あと、今は男の子だからっ」

『では男の娘らしくしましょうか?』

「男のむすめと書いて【おとこのこ】じゃねぇよっ! 俺は男っ! もうっ! 取り敢えずマンイーターたちを集結させてくれっ」

『了解しました、クイーン』






 俺にとっての勝利は別に敵を滅ぼすことではない。俺と共に生きる命を守り、星の再生活動を続ける事が勝利なのだ。だから、自分の生き死になど些末なこと。

 怒りや憎しみだって直ぐに風化してしまう。それは、死んでも終わりにならないからだ。


 マンイーターたちも一応は命であるが、彼らは中央管理センターのメモリーから完全再生が可能とのこと。なので、使い捨ても辞さないで欲しい、というのがおはなさんから説明されている。

 そして彼らも、自分の命が惜しい、とは感じていないようで。


「あっ!? ナナシ様っ!? え、えぇっ!?」

「その表情、ぐっど」


 三日後、ポチとその通常型の背に乗ってアスたちがアバズンへ到着した。どうやら、途中で合流したらしい。ポチも無事で何よりだ。


 予想通り、アスは驚いた顔を見せてくれた。それにより、俺の削り取られたハートは若干の回復を見る。


 難敵を退けた俺たちは、アバズンにて暫く静養した後に、本格的に中央管理センターへと向かう計画を立てる。遺跡も最早、安全な場所とは言えなくなったからだ。


 星の再生は後回しにして、真っ先に中央管理センターを目指し、その後、星の再生を行うか。

 それとも、従来通り、星の再生を行いながら中央管理センターを目指すか。意見を出し合うことになった。

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