第11話 Ash


『ディック! 見えた……ぜ? なんだぁ、ありゃあ?』

『おいおい、何の冗談だ?』


 それは植物に覆われた塔のような物だった。遠目からでも異常さが分かる。


『ディック、こいつはヤバいかもしれん』

『同感だ。それでも行くか?』

『ここまで来たら、行くしかねぇだろ? ただし、最大限に警戒な』

『OK』


 植物に覆われた遺跡を観察する。周囲にマンイーターの気配はない。だが、嫌な気配がねっとりと身体に絡み付く感覚。


『こいつぁ……いるなぁ、マーカス』

『想定内だろ。おい、あそこ』

『あそこから入れるか』


 遺跡に崩れた部分を発見。丁度、大人の人間程度なら侵入できる大きさだ。通常のマンイーターでは、まず入れない。

 内部に侵入すると、そこは遺跡の入り口部分だったのだろう。かつての受付口の姿が残っていた。

 上に上がる階段、そして地下に下る階段が見て取れる。それ以外は瓦礫で埋まって侵入は出来なさそうだ。

 そして、小さな生き物の息使い。鳴き声からして砂漠ネズミだろうか。普段なら捕まえて食卓に上げるのだが、今は残念ながら、そんな余裕はない。


「侵入経路は二つ。本命は地下だろうが……、マーカス、どうする?」

「上も怪しいんだよな。戦車はないだろうが旧時代むかしの技術データが残っている可能性がある」

「そこにいるマンイーターは、多分、一つ目だろうなぁ……」

「やめてくれよ。あれに出会ったら死亡確定なんだからよ」


 大抵のマンイーターは巨大であるが、中には小型のマンイーターも存在する。それが一つ目と呼ばれている身長二メートル程度の人型の化物だ。

 見た目は完全に人間なので変装されたら気付かない内に接近されている。ただ、顔には大きな単眼と大きく裂けた口しかないので、人間ではないと勘付くだろう。


「地下から行くか。上は余裕があれば」

「そうだな……ディック、フロントは俺がやる。おまえさんはルッカを護れ」

「恩に着る。行くぞ、ルッカ」

「まかせろー」


 いやいや、だからマンイーターとは戦わないからな?


 ハンドガンを構え、無表情でやる気を見せるルッカに俺は呆れた。


 息を殺し階段を下る。当然のように闇に覆われている。灯りはヘッドギアに付いている照明のみ。しかし、これだって、明るさを最小限に留めている。

 明るくし過ぎたら敵に、発見してください、と言っているようなものだからな。


「……クリアー」


 フロントのマーカスが階段の終わりを告げる。最下層に下るまで二十分は掛かっただろうか。ここからまた上に上がるのは一苦労だろう。


「随分と長いな」

「きっと、最下層だろうな。周りをざっと確認したところ、どうやら駐車場のようだぜ」


 そこはマーカスが言うように旧時代の駐車場だった。戦車には敵わないが自動車も中々の高値で売れる。

 しかし、そのお宝も瓦礫で押し潰されてしまっていては、ただの鉄屑だ。


「生きている車は無し……か」

「みてぇだな。ここまで来てくたびれ損はダメージデカいぜ」


 マーカスを先頭に奥に進む。三人の呼吸音だけが闇の中に響いていた。と何かが転がる音。


「っ!」


 マーカスが物音の方にハンドガンを向ける。そこには瓦礫の破片。


「ふぅ……驚かせるなよ」

「禿げ、格好悪い」

「うっせぇ、クソガキ様」


 良い感じに緊張抜けた。ずっと緊張の連続では、いざという時に対処が遅れてしまう。


「一旦、休憩を挟むか?」

「時間が惜しいんだがな……いや、休憩なしで走っていたからな、休もうか」


 俺たちも二十代の頃とは違う。身体が追いついて来ない事はよく理解していた。ここら辺が若手とベテランの差。無理はしない、それが生き残るコツなのだ。


 サイドバックから干し肉と小型の水筒を取り出す。大ミミズの干し肉はハンターたちの携帯食の定番。安くて量がある。ただし、美味しくないのが欠点だ。

 水も最低ランクの物であり、薬品の匂いがキツイ。でも、干からびるよりかはマシ。


 美味い飯や水は全部、支配階級のお貴族様の下へ回される。時代がどんなに変わろうと、人間の社会は結局、こういう構造にしかならないのだ。


「ルッカ、平気か?」

「ルッカ、戦車じゃない」

「そっちじゃねぇよ」

「こんな状況でも変わりなしとか、大物になるな、ルッカは」

「マーカス、分かってる。むふー」


 ルッカはマイペースだ。そこに救われた事もある。だからこそ、失われるのが怖い。

 最悪、俺はマーカスを見捨ててもルッカの安全を取るだろう。


「(昔はこんな事なんざ、考えた事も無かったんだがなぁ)」


 人は変わるものだ。大ミミズの干し肉を齧りながら呆れている、と事態は動いた。


「……揺れた?」

「爆発による振動だっ! 下から……いや、上だっ!」


 後続のハンターが追いついた、と考えた方が良いだろう。想定していたよりも早い到着だ。


「おいおいっ!? まさか、マンイーターを刺激したんじゃねぇだろうなっ!?」

「そのまさかだろうよっ! 退路はそこの階段だけだ! さっさと探索しちまおうぜ!」

「OKだ、マーカス!」


 面倒臭いことになってきた。揺れは頻繁に発生している、ということは何者かとの戦闘に発展しているということに他ならない。

 こんなところで生き埋めだ、なんて冗談ではない。さっさと探索して地上に脱出しなければ。


「マジかよ……!?」

「更に下りの階段っ!?」


 最悪だ。ここで俺たちは選択を迫られる。上に逃げるか、下に挑むか、だ。


「逃げたら、逃げ続けなきゃいけない。先に進むなら、明日を手にできる」

「ルッカ! 言っている事が理解できてんのかっ!?」

「ルッカは死なない。ナナシを殺すまでは」


 ルッカは一人で階段を下って行ってしまった。


「選択肢、潰されちまったな」

「あぁ、もうっ! あんの馬鹿がっ!」

「面白れぇことになってきたなっ! わっはっはっ!」

「マーカス、笑ってる場合かっ!?」

「笑うしかねぇだろ、この状況っ! 行くぜっ!」

「ちっくしょうめっ!」


 俺たちもルッカの後を追う。後方で何かが崩れる音がした。見たくないので振り向かない。


 闇の中、俺たちの靴音だけが響く。螺旋構造の階段は代り映えしないので不安を煽ってくる。もう、マンイーターの警戒とか、そんなことをしている場合ではない。とにかく急がなくては。

 向かう先に地上に続く通路が無ければ、俺たちはお終いなのだから。


「大丈夫、風が流れてきている」

「あ? なんだそりゃ?」

「風が伝えて来る。この先に、ルッカの力があるって」

「おまえ、昔っから急に変なこと言い出すよな」

「ルッカ、風の声が聞こえる」

「……」


 そういえば思い出した。こいつは変な子供だったんだ。砂漠のど真ん中で一人で生き残った子供。それは目に見えない何かで護られていた。

 正直、そんな不気味な子供をよく拾おうと思ったもんだ。そう考えると、俺も大概じゃないのか、という気分になる。


「大丈夫、先に進んだルッカたちには明日が来る」

「はは、気休めにしたって上等だ。どの道、俺たちは進むしかない」

「師匠に褒められた」

「本当は、おまえに拳骨したい気分だ」

「ぎゃー、やめてー」


 いよいよ最下層に到着。そこは奇妙な場所だった。


「ゲートが壊れてるな」

「分厚いな、おい。これがひしゃげるって、どんだけの圧が掛かってんだよ」


 地上では相当激しく戦闘が行われているらしい。その影響だろう、決して開く事が無いであろう鋼鉄の扉が変形し、内部に入れるようになっていたのだ。


「上でドンパチが無ければ、本当に骨折り損だった、ってわけかよ」

「いくぞ、マーカス」

「あぁ、油断はしないようにな」


 上とは違い、地下には昔の空気が充満しているように思えた。それは濃厚な死の香りだ。

 滅びゆく者たちの無念のにおいが、俺たちをそこに導いた。


「こ、こいつぁ……」

「マジかよ」


 そこに鎮座していたのは車ではなく鋼の巨人だった。見た目は灰色の角ばった重鎧を身に纏った騎士に見える。


「人型戦闘兵器……! オート・スレイブ・ヒューマン……Ashアッシュだ! おいおいおいおいおいっ! レアなんてもんじゃねぇ! ウルトラレアを超えたレアもんだぜっ!」


 マーカスは旧時代の兵器について博識だった。本人がそういった物に興味を持っているから余計に物覚えが良い。

 俺は使えればいい、というタイプなのでマーカスの言っている事はチンプンカンプンだ。


「なんだそりゃ? 使えるのかよ、この巨人」

「使えるなんてもんじゃねぇ! 対マンイーター決戦兵器だ! こんな所に眠っていただなんて! それも三体も!」

「……俺は戦車の方が良かったなぁ」

「ばっか! 戦車なんてAshに比べたらゴミだぞ!」

「マジで?」

「マジでっ!」


 マーカスのテンションがヤバい。というか、早くこいつでトンズラした方が良いだろう。


「マーカス、こいつを起動できるのか?」

「へへっ、試してみるさ。なぁに、基本は戦車タンクと変わらねぇって話だ」

「だと良いがな」

「ルッカも手伝う」

「あっ、おいっ!」


 まったく、あいつは。


 ルッカは止める間もなく三体ある巨人の一つをよじ登り、ぽっかりと開いている腹の穴へと潜り込んだ。

 そして、そこから何かを投げ捨てる。ガシャン、と音を立てて、それは砕け散った。


「骸骨……あれのパイロットか?」


 俺は合掌し、名も知らぬ骸に祈りを捧げた。そうしている間にも振動は大きくなっている。本格的に戦闘が始まってしまっているようだ。

 俺たちが思っているよりも後続のハンターは多いらしい。


「ちっ……時間がねぇってか!?」

「ディック! おまえも起動させろ! 要領は戦車と同じだ!」

「要領は同じでも、壊れてないのかよっ!?」

「知らんっ! やってみてから文句を言えっ!」

「それもそうだなっ!」


 俺は残った巨人の腹の中へと潜り込む。中には白骨死体。軍服を着ていることから旧時代の兵士だったのだろう。

 その胸元には金色のロケット。それは開かれていて写真が納まっている。若い夫婦と思わしき人物。母親に抱かれている赤ん坊の姿だ。


「無念だったろうな。だけど、俺が生きるために、あんたには出て行ってもらう」


 ルッカ同様に白骨死体を操縦席から放り捨てる。すっかり軽くなった骸は苦も無く放棄できた。

 操縦席には左右にレバー中央に機体のパラメーターを示す機器が据えられている。


「なるほど、戦車と似ているな……だが、ペタルも無きゃギアチェンジもねぇぞ?」


 戦車でも、自動車でもない。マーカスは似たようなものだ、とかほざいていたが、これは全くの別物と考えた方が良い。

 というか動かし方も分からねぇよ。マニュアルくらい残しておよな。くそっ。


 正面のコンソールには起動ボタンが見当たらなかった。ボタンは無数にあるが押しても反応を示さない。


「さっぱりだ……いてっ!? なんだぁ? ヘルメット?」


 途方にくれた俺がシートの背もたれに寄りかかる、とそれは俺の頭に落ちてきた。それが刺激になったのだろう、閃きが俺を突き動かした。


「こいつ、チューブで機体と繋がってるな……はは~ん、そういうことか」


 ヘルメットを被る。そして、そのままヘルメットをまさぐった。額に当たる部分にボタンのような物。それを押し込む。

 するとヘルメットからゴーグルが降りて静かに駆動音が鳴り響いた。


『メインシステム起動、ヨウコソ、Ash-33ヘ』

「動いたっ! しかもナビゲーター付きっ!おい、動かし方を教えろっ!」

『了解シマシタ。操縦方法ヲ、ダウンロードシマス。暫クオ待チクダサイ』

「あ? ダウンロー……ぐあっ!?」


 突然の激痛。頭にネジ釘を撃ち込まれているかのような痛み。血は出ていないが、これは相当な苦痛を伴う。それが三分程、続いただろうか。


『ほぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!? くっそいてぇっ!?』

『ぽぎゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!?』


 どうやら、マーカスもルッカも、ここに辿り着いたもよう。痛いよな、これ。


『ダウンロード、完了イタシマシタ』

「そりゃあどうも」

『ソレデハ、良イ、マンイーター狩リヲ』


 やれやれ、と溜息を吐く。するとマーカスのAshが立ち上がった。続けてルッカのAshもだ。


『あー、いってぇ。ひでぇめに遭ったぜ』

『死ぬかと思った。風はこんなこと教えてくれなかった』

「だろうな」


 俺もシートベルトを着けて鋼鉄の巨人を立ち上がらせる。大きさ的には八メートルほどであろうか。これならマンイーターに立ち向かえるだろう。

 そして、先ほどの激痛はこいつの全てを頭に叩き込んでくれたもよう。こいつの扱い方が長年付き添った悪友のように理解できる。


「おい、マーカス、ルッカ、行けるか?」

『もちろんだ。いやぁ、スゲェな、旧時代むかしの兵器はよ』

『ルッカ、力を得た。ナナシ、ぶっ殺せる』

「待て待て、今は脱出が最優先だ。んでもって、Ashの武器の調達もな」


 Ash-33は内蔵武器を搭載しないタイプらしい。したがって、携帯兵器を探し出す必要がある。そうでもしない限り、いつまでたっても近接戦闘を強いられることになるだろうから。

 パンチとキックだけで戦っていたら、一年も経たないうちにスクラップになっちまう。


 ―――いや、売り払えよ。うん。何を戦う気満々でいやがるんだ、俺。


『師匠、あれ』

「うん? おっと、暗視スコープ起動。おっほ、武器の山じゃねぇか」


 ルッカのAshが示す先にはAsh用の携帯兵器の山。機体の暗視スコープを起動しなければ判別できなかったであろう。

 ライフル、バズーカ、斧に剣、用途の分からない物まで大量の武器が転がっていた。


『全部、と言いたいが、無理だな』

「持てるだけ、持って行けばいい。それに他のハンターが見つけたって、使い物にならねぇんだ。いざとなりゃあ、後で取りにくればいい」

『それもそうか。んじゃ、これとこれと……』

『ルッカは、この斧! ナナシの首を刎ねる!』

「殺意たけぇな、おい」


 さて、問題は脱出経路だ。折角のお宝を手に入れたって、地上に出れなければ何の意味も無い。

 ルッカは風が出口を教えてくれる、といっていたが、ここにはそんなもの一切見当たらないではないか。


「ルッカ、出口はどこだ?」

『待って……うん、うん、そこの壁』

「壁?」


 そこには巨大な赤いボタンがあった。その周囲には黄色と黒のライン。


「なるほど、Ashじゃないと押せないボタンか」

『そう言ってた』

「マーカス、選別は終ったか?」

『応よ!』

「持ちすぎだろ。動けるのか?」

『動くだけなら! 戦闘になったら逃げる!』

「はいはい、分かったよ。それじゃ、押すぞ」


 赤いボタンをAshで押す。すると壁が左右に割れ、そこから大型のリフトが姿を現した。明らかにAshを地上へと運ぶための物だ。


「ビンゴっ! でかしたルッカ!」

『ルッカ、褒められた』


 早速、リフト機体を乗せる。操作は全てAshで行うようで、巨大な操作盤があった。


『問題は電力が生きているかどうかなんだよな』

「ここまで来て、それは無いだろ。とにかく動かすぞ」


 マーカスが余計な事を言ったせいで心臓がバクバク言い出した。これで動かなければ洒落にならない。祈るような気持ちで上昇ボタンを押す。

 するとガコンという音がして、リフトはゆっくりと上昇し始めた。


「いやったぁ! 動いたぜ!」

『ひゃっほう! これで俺たちも億万長者だ!』

『これを売るだなんてとんでもない』


 ルッカは無視だ無視。こういうのは優れたパイロットじゃなきゃ性能を活かしきれないんだから。Aの上、Sのハンターなら十二分に使いこなしてくれるだろうよ。


 今はとにかく、Ashを町に持ち帰る。この一点に集中だ。


 天井が開く。満点の夜空には砕けた月。そして、爆発音と悲鳴。


『まぁだ、やってやがるのか』

「地上に出たら速攻で逃げるぞ。ホバーモードに切り替えておけ」


 Ashの両足にはホバークラフトが搭載されている。最高速度330キロメートル。足の間接に負担を掛けないように追加された装備だ。

 これなら余程の事が無い限り、マンイーターにも、ハンターにも追いつかれることはないだろう。


 マーカス機はちょっぴり不安が残るが、その場合は武器を捨てさせる。


『師匠、戦わないの?』

「実戦にはまだ早いだろう。今日、乗ったばかりだぞ」

『えー』


 やがて、Ashを乗せたリフトが地上に出る。そこでは信じ難い光景が待っていた。

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