第10話 ハンター
オラートルーアス。世界地図最南端に位置する最大規模の大陸。俺は、そこでハンター業を営む、しがない男だ。
かつて世界は三つの大きな大陸に分かれていた。しかし、人類と人類を脅かす脅威が全面対決を行った際に星は砕け、三つの大陸は五つに分かたれた。
人類を脅かす脅威は【
彼らが解き放った異形の化物たちは人類を食い散らかし始める。様々な姿を持つ強力無比な巨人たち。人類はそれをマンイーターと呼称した。
人類もまた、狩られるばかりではなかった。科学技術の粋を集めて誕生した兵器群を用いて反撃を開始したのである。それらを操りマンイーターと戦う者たちを、人類は信頼と敬意を籠め、ハンターと呼称した。
彼らが人類の脅威を滅ぼしてくれる、そう信じられ二百年が過ぎようとしている。いまだ星ノ
「まぁ、そうじゃなきゃ、俺たちハンターは、おまんまの食い上げなんだがな」
オラートルーアス最大の町トンリトーン。人口千五百万人の大都市だ。
旧時代の都市と比べたら人口は比べるまでも無く少ないらしいが、この破滅の時代であれば十分過ぎるほどの大都市と言える。
そこのハンターご用達の酒場が俺のホームグラウンドだ。古き良き時代のウェスタンな外観と内装は荒くれ者たちの心を癒す。置いている酒も旧時代に製造され保管されていた物を発掘して提供しているものだから味の方も格別だ。
ただし、その分、価格もぶっ飛んでいる。だから俺はいつもの安酒。人工飲料用アルコールだ。味もへったくれも無いが、とにかく酔っぱらえる。
つまみは
それだってビックリするような価格で取引されている。本当に狂ってやがる。
しかし、その野菜だって育てるのには苦労するし、そもそも、この乾ききった大地で自然など、ヘドロ塗れの海に落とした真珠の一粒を探せ、と言っているようなものだ。見つかるはずもない。
だから、一般人はモンスターの肉から得られる栄養だけで生き延びるより他に無い。そのモンスターの肉を獲得してくるのが、俺らハンターの仕事さ。
あ? マンイーターの退治? そんなもん、Aランク以上のハンターに任せりゃいい。
俺はBだ。一般人が到達できるであろう最高位。これだけでも十分過ぎる。それ以上を欲すれば、まず死ぬ。
耳にタコができるほど聞かされたことわざがある。いいか、耳をかっぽじってよく聞け。
マンイーターとは戦うな、即逃げろ、だ。
「師匠、ハンターは、人間の脅威と戦う」
「おめぇ、俺の話を聞いてたのか?」
「ルッカは逃げない。ナナシを殺すまで死なない」
「またそれか」
まったく、とんでもない厄介者を拾っちまった。黒髪に褐色の肌、青い瞳の子供だ。
親と逸れて砂漠に一人ぼっちだったので思わず保護しちまったが、まさか自分の意思でクロウを飛び出してきたとは思いもしなかった。
こいつの名はルッカ。所属していたクロウの名は黙して語らねぇ。語ったが最後、送り届けられてしまう事を理解してやがる。
幼い割には度胸が据わっている、というかなんというか、ちょっとやそっとじゃ泣きもしねぇ。
戦いの知識を得ることに貪欲で、既に軽い銃器なら手足のように扱いやがる。俺の指導の賜物ということは承知しているが、それでも吸収力が半端じゃない。
また、ルッカはまだ子供で身体が出来上がっていないが、それでも常人の二倍以上の身体能力を持っている、と考えていいだろう。
身体が出来上がったら、まず俺じゃ太刀打ちできなくなる。
「いいか、ルッカ。ハンターは生き延びてなんぼだ。死んだら次がねぇんだからよ」
「むっ。一理ある。流石は師匠。死んだら、ナナシ、ぶっ殺せない」
「そうだろう? だから、マンイーターに出会ったら逃げろ」
「マンイーター、絶対にぶっ殺す」
「でたよ、マンイーター絶対殺すマン」
「うーまん」
「はいはい、女の子だったな」
「ガールでもいい」
むふー、と自分は女の子だアピールするルッカは、しかし、その表情は一切変化なし。
ルッカは表情豊か、と謳っているのだが、俺には彼女の表情の変化が分からない。きっと、今よりも幼い頃になんらかのトラウマが刻まれて、表情が変化しなくなったのだろう。
ルッカのような子供は珍しいものではない。幼い頃に恐怖を刻まれた子供はルッカと似たような症状を患う。俺みたいにコロコロ表情が変わる方が異常なのだ。
「師匠、服がキツイ」
「あ? 唐突だな」
「特にすそ。あと、ケツ」
「女の子がケツとか言うんじゃありません」
「師匠は厳しい」
厳しくねぇよ。おまえは、ほんと。
「はっはっはっ、すっかり父親が板についたじゃねぇか、えぇ? ディックよ」
俺が頭を抱えている、と唐突に声を掛けられた。知っている声なので警戒はしない。声の主を確認すれば案の定、知人のハンターだった。
すっかり寂しくなった頭髪は黒。日に焼けた褐色の肌。薄い髪を補うかのように豊かな髭を蓄えている青い瞳の大男。ハンター達が愛用する緑のツナギを着込んでいる。
ちなみに俺はダークグレーのツナギに防弾チョッキだ。これでも金髪碧眼で白い肌のイケメンなんだ。
若い頃はそりゃあ、もてた、もてた。放っておいてくれなかったんだぜ?
マンイーターにだがな! わっはっはっ!
「茶化すんじゃねぇよ、マーカス。おめぇこそ、そろそろ【防弾カツラ】でも被った方が良いんじゃねぇか?」
「はっ、言ってやがれ。それよりも儲け話を持ってきたぜ」
「おっとぉ? 珍しいな? おめぇが儲け話を振って来るなんざ」
「美味いが、不味い話でもある」
「耳、塞いでいいか?」
「話を聞いてからにしろ」
マーカスは言うには、どうやらデカい遺跡が発見されたらしい。
そこは今までマンイーター達の数が多くて近寄れなかった地区だったのだが、どういう理由かは判明しないがマンイーター達が各地に散って行ったらしいのだ。
そこで多少の危険は承知でハンター達が奥に侵入。そこで旧時代の遺跡を発見したらしい。
「こいつは新鮮な情報だ。今なら、旧時代の兵器も発掘できる可能性がある」
「マンイーターがいるんだろ?
「
「逃げる前提かよ。いや、間違っちゃいねぇけどよぉ。Aに、いちゃもん付けられるぞ?」
「兵器は見つけたもん勝ちさ。おめぇだってガキを抱えてんだ。悪い話じゃねぇだろ」
「……」
確かに悪い話ではない。ルッカを育てるにも金がかかる。最悪、ルッカを捨てちまえばいいだけなのだが、情が移っちまった以上、その選択肢はない。
せめて一人前のハンターとして送り出すのが俺の責任ってものだろうから。
「ルッカ、おまえ、留守番はできるな?」
「無理、付いていく」
「こっち見んな、ディック」
頭が痛い。モンスターとやり合うわけじゃないというのに。やっぱりため息が出た。
モンスターとマンイーターの違いは、その殺意の高さと戦闘能力だ。それに加えて連中は特殊な能力を備えている。
中には変異種も混じっている場合もあるので、戦い慣れたAの連中だって成す術も無く殺されてしまうのがマンイーターなのだ。
そんな連中がうろついているであろう地区に子供を連れて行くなんざ、正気の沙汰じゃない。食ってくれ、って頼みに行くようなものだ。
「ルッカ、今回は余裕が無い。もしかしたら、くたびれ儲けになるかもしれない。寧ろ、そっちの方が確立が高い。だからな、足手まといは連れて行けない」
「師匠、ルッカ、戦える」
「だからな……」
「ここで逃げたら、ルッカ、もう逃げる事しかできない。前に進めない。師匠のお嫁さんになるしかない」
「はぁ……勘弁してくれよ」
またしてもムフーと無表情で誇っている馬鹿弟子に頭を抱える。なんで、こいつはこんなにも頑固でマンイーターに固執するんだ。
「いいじゃねぇか。この時代、人間は大人しくしてても殺されるんだ。自分の納得できる死に方くらい選んでも罰は当たるめぇ。なぁ、ルッカ」
「禿げのおっちゃん、わかってる。イケメン」
「はっはっはっ! 禿げは余計だぜ!」
「はぁ……」
俺は何度か目の溜息を吐く。これはもう、なるようになるしかない、ってやつだ。
「いいか、ルッカ。自分の言った事には責任を持て。他人は裏切っても自分は裏切るな」
「あいっ!」
「返事だけはいいんだよなぁ……こいつ」
「それが子供の特権だぜ、ディック」
こうして、俺は件の遺跡へと出発することになった。
これは時間との戦いだ。時間が経てば経つほどに旨味は失われてゆく。くたびれ損になるか否かは俺たちの行動に掛かっているのである。
『マーカス! あとどれくらいだ!?』
『ちゃんと聞こえているから、無線で怒鳴るな! あと三十分くらいだ!』
ヘッドギアに搭載されている無線で到着時間を訪ねる。町を出てから既に三時間。他のハンターたちも動き出しているだろう。余裕はそれほどない。
ルッカは俺のサンドバイクの後部座席に座りがっちりと俺にしがみ付いている。装備はヘッドギアに防弾チョッキ、対モンスター用ハンドガンとその弾丸六十発。
正直、護身レベルの武装だ。マンイーターには万が一あっても敵わない。
そういう俺も同じような装備であり、戦う事は前提には無い。マーカスも同様だ。
俺たちは、あくまで遺跡の遺物狙いであり、戦う事が目的ではないのだから。それならば極限まで身軽な方が優位に事が運ぶ。
このやり取りから更に三十分程が経過。日は暮れ始め、世界がオレンジ色に染まり始めていた。そんな頃に、それは見えた。
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