第9話 植物人とドルイドたち
無事にラインクも人外の道を歩む事になったところで、俺とおはなさんは状況の整理を行う事にした。
この六年もの間、俺たちは何もしてなかったわけではない。いろいろな出来事がそれ相応にあったわけで。
「まず、拠点は幾つだったっけ?」
『ここを含めて十四です。いずれも旧時代の遺跡と呼ばれる場所を緑化し、マンイーターを配置しております』
「六年でそんなものなのか」
『ご自身で歩いての進行ですので。寧ろ、この六年でよくもこの数を、と言ったところです』
「そうだよなぁ。ポチに乗って草を生やせたらいいのに」
『流石にそれは無理です。【中央管理センター】に辿り着けば或いは、と言ったところでしょうか』
「そこなぁ」
俺たちの最終目的地、それが中央管理センター。
そこで、俺の試験体たちやマンイーター、そして自然再生生物が開発された。
俺自身はその末端の研究所で生まれ、研究の最終段階で放棄されてしまったらしい。
では何故、俺はこうして動き回っているか、というと、どうやらその研究所の付近で地震が発生し研究所が地盤沈下で消滅。俺が入っていた培養カプセルもその際に粉々になって俺が死亡。俺は死亡すると芽となって即座に再生する。
こういった流れで知らない間に死んで、地上で再生。一人ぼっちのスタートとなったもよう。こいつぁ酷ぇや。
「マンイーターの数は?」
『現在、管理下に置いているマンイーターはポチを含め二十六体です。いずれも拠点に配置。人間ホイホイとして機能しております』
「人間は遺跡に引き寄せられるからな。しかも緑化していたら、ウホっ、てなもんだ」
『それに遺跡の兵器を押さえられるのも有益です。マンイーターも戦車の砲撃には、そうそう耐えられませんから』
「それでも三発くらいなら耐えるんだから大概だろ」
まぁ、あいつらは砲弾を回避するんだけどね。
『心許ないです。戦車は数を揃えてからが本番ですから。人間はそれを理解しております。だからこそ、先手を打って旧時代の兵器を押さえる必要があります』
それに、旧時代の兵器を押さえるのは、こちらにもメリットがある。なんと、これらに草を生やし使用不可能にしようと俺が頑張った結果、草に覆われた戦車は俺の支配下に置けることが判明したのだ。
尚、パイロットはぷにぷにども。つまり、あんまり言う事を聞いてくれない。
それでも人間たちの手に渡ることを考えれば、十分過ぎる成果と言えよう。
あぁ、象さんだが……あいつは絶対に俺の言う事を聞いてくれない。なんて我儘なやつなのだろうか。
最近はおはなさんの勧めもあって分離形態にて放置中。股間が寂しくてヒュンとなる。
「そういえば、パオーン様と分離するのは意味があるのか?」
『はい。あれはノイズです。分離していないとクイーンが安定いたしません」
「悲しいなぁ。俺のマイサン」
『慣れてください。いずれは―――いえ、まだこの話はいいでしょう』
「気になるなぁ」
『中央管理センターに辿り着けば全て理解していただけるはずですよ』
「何はともあれ、とにかくそこに辿り着かないといけないのか」
『はい』
中央管理センターは、この星のかつての中心と呼ばれた島、そのど真ん中に建っているらしい。
現在は他の遺跡同様にその機能の殆どを停止中らしいが、停止しているだけで生きているとのこと。
そこにはマンイーターを生み出す装置のみが稼働しており、人間たちの侵入をかたくなに拒んでいるそうだ。
つまり、人間たちにとっては魔王城みたいなものだ。そこには魔王がいて人間を滅ぼそうとマンイーターを生み出している、というおとぎ話もあるくらいには有名な場所となっているもよう。
そうなると、そこに向かっている俺は暫定魔王様ってわけだ、がはは。
クソザコナメクジだがなっ。
「なぁ、おはなさんや」
『なんでしょうか?』
「ここから中央管理センターに着くまで、どれくらいかかるんだ?」
『クイーンの歩行速度から計算すると、最短で百年は掛かるかと』
「絶望した、死にたい」
『自爆しますか? 直ぐに再生しますが』
「しねーよっ。ちくせう」
ちなみに最短での百年だ。実際はこれ以上に時間が掛かるということ。
俺は不老不死らしいから、いずれは辿り着けるだろうけど、それでも気が滅入る時間だ。
『飛行機があれば機種によっては三日ほどで到達できるのですが』
「パイロットはどうするんだよ」
『製造された時代にもよりますが、最新型にはAI制御システムが搭載されておりますので、目的地を告げてボタンを押すだけです。もっとも、燃料やら整備やらが必要ですが』
「いずれにしても、俺だけじゃ無理ってことじゃねぇか」
『大人しく歩きましょう』
「やーだー」
『我儘いわない』
「がおー」
そんなやり取りをしているとポチが帰ってきました。相も変わらず黒くてテカっている。
今ではそれも慣れてしまい、キモ可愛いという感覚に至っております。
このマンイーターだが、基本的に生殖器は無いので自己繁殖はしない。一応、男性型、女性型が存在しており、ポチは犬型。どっちでもないタイプらしい。
というのもポチのタイプは急いで建造したため、かなり雑に設計されたもよう。そのため性能が低い代わりに生産性が高く、とにかく作って数で押し潰すのが基本戦術。
M-114・514型は適当が生み出した悲劇の存在らしいが、本人はいたって幸せそうである。いっぬ、だからだろう。たぶん。
「戻ったか、ポチ」
「わうーん」
『クロウを一つ、潰してきたそうです。本人は満腹と申しております』
「そ、そうか」
それはつまり、人間をたらふく食い散らかしてきた、ということに他ならない。これだけは、まだ慣れない俺である。
さて、このポチだが―――おはなさんが言うにはM-114・514型の突然変異種であるらしい。こいつが持つ電磁迷彩は本来、M-114・514型には搭載されていないとのこと。
なんらかの理由で製造中にバグが発生し変異に至った、とおはなさんは考察している。
というか、バグってる奴ばかり俺の下に集まっているんですが?
『クイーンもバグありですから』
「お耳が痛いんだぜ」
俺も基本的にバグっているらしい。だからこそ、再生の芽として唯一、成功したらしいのだが。
実のところ、中央管理センターに向かうのは俺自身を調べるためである。おはなさんによれば、俺は想定されていた能力の1%も発揮できていないようなのだ。
これは俺自身の問題なのか、それとも他の要因が関与しているのか、それが現状の環境では調べる事ができないためだ。
俺が本来の力を発揮できれば、星の再生は三十年程度で完了するらしい。
といっても当然のごとく、人間が絶滅している、という条件が付く。
ただ――おはなさんも知性ある存在の絶滅は望んでいないらしい。そうなってしまうと俺の手を煩わせてしまうとかなんとか。
自然なんだから再生したら放っておけばいいんじゃね、という俺に対して、おはなさんは、暫くは面倒を見てやる必要がある、と断言した。
どうやら、強引に再生させた自然は俺の影響下にあるらしく、手元を離れて自立するまでは時折、様子を見る必要があるらしいのだ。
つまり、俺は【お母さん】みたいなことをしなくてはならない。やだー。
「あー、パオーン様を上手く操れればなぁ」
『現状は難しいですね。完全に下に見られておりますので』
「おはなさん、なんとか言ってやって」
『無理です。姿こそ違いますが、あれはあなた自身です。であるなら、あなた本人がどうにかするより他に無いのです』
「ちぇー、楽はできないってか?」
『はい』
ビックリすることに、パオーン様の背に乗って移動すると、パオーン様の足元から草がわっさわっさと生え出て来る。俺が歩くよりも早く、俺が生やすよりも多くの自然が生え出て来るのだ。
こいつを使いこなすことができるようになれば、惑星再生などあっという間に達成してくれるわっ、となる。
でも、パオーン様、まったく言う事を聞いてくれないんですわ。とほほ。
『まぁ、ここは別の手段を用いましょう。
「それって洗脳だよな?」
『そうともいいます。とはいえ、ラインクのように自己が強く、あなたの為になろうという者には効果が薄いです』
「あいつも俺になんて関わったばかりに」
『あれは使える駒になりましょう。どのような形態に至るか興味があります』
「あー、エルフ……なぁ」
ぶっちゃけ、エルフは金髪碧眼で耳が長く、見目麗しい存在、というのが相場であろう。
でもな、こっちの
はい、その
「あ~……」
「ヴ~……」
草や蔦が人の形に圧縮されたかのような化け物が、ふらふらとこちらにやって来た。
そうです、これが
『
「お~……」
「相変わらず、キモいというかなんというか。おはなさん、ビジュアル、もっと頑張れなかったの?」
『えっ? 可愛いじゃないですか』
「どうやら君とは分かり合えないようだ」
『あの窪みとかチャーミングだとは思えませんか?』
「眼窩が魅力的とか初めて聞いたぞ」
『やりましたね。新たなる性癖にようこそ』
「嬉しくねぇよ」
ラインクもやがて、こうなるかと思うと憂鬱になる。なんとか頑張って化け物にはなって欲しくはないものだ。
『とはいえ、これは第一形態です。一度、枯れて再生すればまた姿も変わります。言うならば、これは
「死亡と枯れるとでは違うのか?」
『はい。死亡はあくまで機能停止です。枯れるのは進化の準備期間となります』
「
『再生までに三日必要となりますね。クイーンの劣化版なので仕方がないかと』
しかし、開花した
ただ、その能力というのも実際に見て見ないと分からない、という適当っぷり。
やっぱ、おはなさん、
「で残りの【魔法使いの民】は?」
『発芽を待っております』
「そっか」
魔法使いの民。別名【ドルイド】。自然信奉者たちの末裔。このSF世紀末に置いて異を唱えるファンタジー勢である。
彼らは太古から伝わる魔法なる超自然現象を継承しており、それを用いて生き延びて来たらしい。
一部にはマンイーターを従える魔法も存在しており、中々に侮れない。とはいえ、それは永続的ではなく、定期的に大規模な儀式を執り行う必要性があるもよう。
他にも四大属性、火、水、風、土といった魔法を行使できるとのこと。攻撃は勿論、日常における便利な手段としても用いている。
そんなドルイドたちだが、接触してきたのは彼らからだ。どうやら、俺の噂を聞きつけ急ぎ馳せ参じた、と言っていた。
彼らは俺こそが【救世主】と信じて疑わず、そして、人類を粛清する者と確信していた。
彼らの生活は自然を神と崇め、神と定めた自然に生涯を捧げる。しかし、こんなご時世だ。ほんの僅かな資源は略奪の対象になる。
ドルイドたちが一生懸命に守ってきた自然も、彼らを上回る力によって冒涜され食い潰されていった。
無論、彼らも抵抗した。しかし、魔法はどうしても発動までに時間が掛かる。それでは即座に放たれる銃火器に対抗するのは難しい。
加えてドルイドたちは少数のグループで生活しており、それが各地の自然を守るために分散している状態だ。そんな少人数では数で押し潰されるに決まっている。
戦いに敗れ、信奉する神を奪われたドルイドたちが最後に縋ったのが草の子である俺、というわけだ。
なのに、そんな彼らをいいように騙して手駒に仕立て上げたのが、おはなさん。
俺はエルフと聞いて、見目麗しい方を思い浮かべてしまったので、おはなさんの提案にGOサインを出したのだが、蓋を開ければこの有様。
正直、すまないと思うが――――俺は謝らない。お子様だから。
まぁ、開花に期待するしかない。どんなふうに変化するかは分からないけど。
「ナナシ様っ、ご無事ですかっ!?」
ドルイドたちの成れの果てに、ぷひっ、と溜息をついている、と一人の少女が慌てた様子で駆けつけてきた。ドルイドの少女【アス】だ。
彼女は十八歳。栗色のボブカットに空色の瞳。黄色の肌。ごん太の眉は狸を思わせる。
こんな世界なので肉付きはよろしくない。それでも出る部分は出ていた。
緑色の軍服姿は、この遺跡で保管されていた状態の良い物を彼女に与えたからである。
「どうした、アス」
「どうしたではございませんっ。ナナシ様に万一の事があれば、同胞たちに申し開きできないではないですかっ」
「いや、俺は死んでも直ぐ生えるし」
「そういうことでは……」
『アス、問題はありません。それより報告を』
「は、はいっ、おはな様っ。
マンイーターM-893型は小型化を目標とした身長2メートル越えの完全人型のマンイーターだ。マンイーターの主力であり、相当数が生産されている。
基本的にマンイーターといえばこいつ、というのがM-893型である。
外見は単眼で巨大な口を持つ筋肉モリモリの変態マッチョ。簡単な武器を使用できる程度の知性を持ち、棍棒などで敵を叩き潰す戦法を得意とする。
主力量産型とあって数で相手を圧倒する、というコンセプトであったが、それはM-114・514に譲っていた。
その分、個としての完成度は高く、戦闘能力はM-114・514型の数倍はある、とのこと。
しかし、欠点が無いわけではなく、人型であるが故の弱点が全て適用されてしまう。そして、単眼にしてしまった為に、そこが潰されると完全に視界を奪われてしまう、という量産型の悲しい欠点が満載であった。
ただ、扱いやすさは群を抜いており、服を着させ顔を隠せばガタイの良い人間に見えなくもない。過去にも、そうやって人間を騙す作戦が実行されたらしい。
『よろしい。ここはM-893型に任せ、我々は次の目的地へと向かいます。あなたは
「了解しましたっ」
アスはテキパキと報告。その際には軍人のように姿勢を正していた。
実のところ、アスだけには
彼女が
もう、このままでいいんじゃないかな、と言ったら「とんでもない」とアスに怒られた。彼女は人間でいるのが嫌で嫌で堪らないらしい。
それは人間の汚い部分を嫌というほど見てきたからだ。まだ若いのに、可哀想な娘である。
敬礼し小走りで
彼女が俺たちの下にやって来たのは今から三年前。丁度、最初のドルイドたちのグループがやって来たころだ。
彼らは乞食かと思わせるほどにみすぼらしく、中には病で余命いくばくも無い者もいた。
だからだろう、おはなさんはそれを出汁にして
生まれ変われば俺の下で忠義を示せる、という悪魔のささやきは効果抜群で、殆どのドルイドは
だが、彼らの中で一番、健康体で丈夫だったアスだけが残される。理由は先ほど述べた。しかし、最たる理由は別にある。
おはなさんが密かにアスを
彼女は人間の汚い部分を身をもって体験したもよう。したがって人間に対する憎しみが半端ない。特に男に対する当たりが物凄い。
だからこそ、扱いやすい、というおはなさんの見解には震えが止まりませんぜ。
実際、アスはおはなさんの意のままに行動していた。彼女は魔法使いとしても優秀で、加えて体術にも精通している。
ただ、重火器などはまったく適性が無いもようで、偶然にも入手した拳銃で試し撃ちをさせたが、的に一発も当てる事は出来なかった。的は結構大きかったのに、恐るべき才能の無さだ。
尚、俺に一発当たりました。ヘッドショット、凄いですね。
「
『現在、十八名です』
「意外に少ないな」
『ドルイドのグループ自体が少人数ですので。我々の下に辿り着いても死亡するケースは少なくありません』
「流石に死んだら種を植えても無駄だしな」
『発芽が最低条件ですので。あとマンイーターになった個体も』
「それなー。2%を引くってどんだけだよ」
俺は、やれやれ、と溜息を吐きパオーン様を股間に戻す。頼もしき感覚が戻ってきたところで、次なる目的地をおはなさんに訊ねた。
次なる目的地は、やはり遺跡。かつて人間たちの大都市があった、という規模の大きな遺跡である。
ここを制圧し一大拠点を構築。マンイーターと
これが成就すれば俺たちは行動し易くなる、というのがおはなさんの目論見。事実、フールーを去った後、ハンターたちの襲撃が増えつつある。それは俺に賞金が設定されたからだろう。まったくもって迷惑な事だ。
まぁ、全部ポチが返り討ちにしてくれているんだけども。
「じゃ、行こうか」
『了解です。ポチは周囲の警戒をなさい」
「がおー」
こうして、俺たちは次の目的地へと向かう。そこには果たして何が待ち受けているのか。
期待と不安に無い胸を膨らませ、俺たちは死の砂漠を緑化させながら行進するのであった。
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