第7話 どちらかを捨て、どちらかを得よ

 さぁ、パオーン様。俺との五年の成果を見せてくれ。


 俺の股間より解き放たれた植物の巨象が異形の化物に挑む―――!


「ぱおーん」


 なんてことはなかった。今はのんびりと俺が生やした草を食ってる。


「くそったれめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」


 俺、激怒。当たりまえだなぁ?


 なんで、こいつは肝心な時にくっそも役に立たないんだ。

 いや、寧ろ役に立ったことってあったっけ。


 答えはNO! 圧倒的にNO!


 こいつはダメだぁぁぁぁぁぁっ!

【うんうん】よりも役に立たねぇぇぇぇえっ!

 まだ【うんうん】の方が畑の肥料になって役に立つぅぅぅぅっ!


「くっ、こうなったら、俺が直接やってやる!」


 俺は握り拳を形作り異形の化物マンイーターに吶喊する。

 圧倒的戦力差ではあるが、目的は少しでも時間を稼ぐ事。


 俺が稼いだ時間で少しでも命が救われる可能性があるのであれば、無謀でもなんでもヤッテヤンヨ。


 しかし、この五年間でまったく成長していない俺は走るのも遅い。

 そして、スタミナもあまりないため、マンイーターの足元に辿り着く頃には既に虫の息。


「ぜひーっ、ぜひーっ、ひ、必殺のパンチっ、うけてみろほほぉっ」


 呂律も回らない、という酷い有様。

 それでも取り敢えずはパンチを繰り出す。


 ぴとっ。


 それは勢いが無さ過ぎて、パンチというよりかは触れただけ、という有様。

 情けなさ過ぎて涙が零れちゃいますよ。


「……がおー」


 マンイーター、おまえ、その外見でなんて可愛らしい鳴き声出しやがる。


 囁くかのようなか細い鳴き声は、まるで子犬のようでした。

 まったく外見と鳴き声が一致しなくて脳がバグりそうだ。


 でも、奴は俺に注意を向けたようで一時的に攻撃の手を緩めた。これはチャンスだ。


「い、今の内に逃げてくれっ!」

「馬鹿を言うなっ! おまえを置いて行けるかっ!」


 引退ハンターのおっちゃんども。ちょっとグッと来ちまうじゃねぇか。

 だが、今はそんなことを言っている場合じゃない。


 俺は何度でも生き返ることができるが、あんたらは死んだらそこまでなんだ。

 こんな、つまらない死に方をしてほしくはない。


「もう直ぐ、現役どもが帰って来る! そうなりゃ、少しは生き残れる可能性が……」


 だが、それを否定する声あり。


『無駄です。一万回のシミュレーションの結果、フールーのハンターたちの勝率は0%となりました』

「お、おはなさんっ!?」


 俺の頭の上に咲いている花が喋った。俺の意識内に存在するおはなさんだ。

 一応、彼女? でいいのだろう、が絶望的な結論を下す。


「な、何を言ってやがる! おまえっ!」

「言ったのは俺じゃぬぇ!」

『もう一度言います。あなた方では【MET-114・514型】には勝てません』

「―――っ!」


 おはなさん、あの化け物の名前も知っているのか。というか型番だけど。


「ナナシ……おまえ……!」

「だから、言ってるのは俺じゃねぇ! 声の質で分かるだろっ!?」


 だが、ここでダメ押しが発生。


「がうー」

「ふぁっ!?」


 なんとマンイーターが俺を抱きかかえたのだ。それも、俺が壊れてしまわないよう、それはそれは大切に。


「あぁ、そうかっ! そうなんだなっ!?」


 引退ハンターの一人、左目に眼帯を付けた小汚い形のおっさんが険しい表情で大声を上げる。

 不穏な雰囲気だが、俺の方もただ事ではないので取り敢えず救援を要請してみた。


「何がだっ! たすけてー!」


 でも、返ってきた声は予想外なもので。


「おまえが、そいつを操ってクロウを潰して回ってやがったんだな!?」


 アホか。そんなことができてるなら、もっと違う事に使うわい。


「なんでそうなるっ!? 俺にそんな力はねぇっ!」

「黙れっ! この化け物めっ!」


 引退ハンターたちが剥き身の殺意を俺にぶつけてきた。マンイーターに敵わない分、それを上乗せしてきているのが分かってしまう。


「なんで、俺の話を聞いてくれないっ!」

「うるせぇ! 黙れっ!……へっ、危うく騙されるところだったよ。そもそも、おまえみたいな子供がたった一人で砂漠を生き残れるはずもねぇ。何かカラクリがあると踏んでいたが……その答えがこれだとはなっ!」

「俺は死ねないだけだ、って言っただろうっ!」


 この五年間の間に、俺は俺の事情をフールーの皆に伝えていた。だから、俺が死んでも直ぐに生えて生き返る、という情報もきちんと伝えておいたのだ。

 でも、この分だと、信じてもらえていない可能性は十分にある。


「誰が信じるんだっ! 歩くだけで植物を生やす化け物っ!」


 やっぱりかよ。


「欲しくて得た力じゃないっ!」

「黙れっ!」


 なんだよっ! さっきから黙れ、黙れって!

 自分の都合の悪い事は絶対に言わせないようにするとか、ガキかっ!

 対話もできない奴が、なんで先頭に立って大声出してやがるっ!


「ナナシ! おまえさえやっちまえば、その化物だって大人しくなるはずだ! 黙って俺に殺されろ!」

「あんた、言っている事が分かってるのかっ!? 俺を殺しても何にもならない!」

「やってみれば分かる! そうだよな、みんなっ!」


 眼帯野郎の声に頷き、レーザーガンを向けて来る引退ハンターたち。俺はサッと血の気が引いていった。

 別に死ぬのは怖くない。怖いのは折角、築いた信頼関係が崩れ去るという事。


 独りの時は別に良かった。確かに寂しかったけど、心が痛いと感じることはなかった。

 でも、今は人の温もりを思い出してしまって、それを失うのがとても怖い、辛い。


「なんでっ! なんで、俺の話を聞いてくれないんだっ!」

「黙れ、と言った!」

『答えを言いましょうか? 眼帯のあなた。あなたは英雄に憧れていますね?』


 おはなさんっ!?


「―――っ!?」

『この子を殺し、マンイーターを止めればあなたは英雄です。あぁ、素晴らしい。ですが―――無意味です。無価値です。そして、愚かしい』

「て、てめぇ……!」

『あなたたち、人間ごときが、星の守護者たる【マキシマム・イート・タイラント】に勝てるわけがないでしょう。そして、星の再生者をどうこうすることも』

「だ、黙れっ! やってみりゃあ、分かるんだっ! 死ねよっ!」


 眼帯野郎が俺を狙ってレーザーガンの引き金を引く。一瞬、閃光が俺の目を焼いた。


 でも、それだけだった。俺に熱光線は届く事が無かった。


「ごぉるるるるるるるぅ……!」


 低い唸り声をあげ、マンイーターが引退ハンターたちを威嚇する。それが戦い再開の合図だった。

 引退ハンターたちは悲鳴を上げながらレーザーガンを乱れ撃つ。その全てをマンイーターが身体を挺し弾き返す。


 いったい、これは何なんだ。なんで俺が化け物に護られている。

 そして、パオーン様。くっそ役に立たねぇ。


 ――MET-114・514型が接触してきたのは僥倖でした。これで星の再生が加速するでしょう。あなたも、そろそろ息抜きの時間を終わらせてください。


 おはなさんっ、あんたって人はっ!


 ――私は人ではありません。中央管理センター・マザーバイオブレインの端末の一つ。


 あんだって?


 ――分かり易く言えば、形の無いスマートフォンみたいなものです。


 急に親しみがわいてきた。


 ――それは何より。ですが、これで分かったでしょう。この星の人間たちの本性が。


 いやいや、それはあのおっさんに唆されただけだろ。ルスカたちは良い人間じゃないか。


 ――取り繕う事はいくらでも。彼女を観察してきましたが、あなたの優位順序は下から数えた方が早いです。


 そ、そんなことは……!


 ――考えてもみてください。ここに残っても、あなたにはメリットが殆どない。ここの人間たちは表面上、あなたに優しく振舞っていますが、その内心では便利、或いは疎んでいる者が殆どです。


 嘘だっ!


 ――いいえ、事実です。私はあなたが休眠状態になっても活動し情報を取得しているのですから。今から、その際に取得した音声データを再生します。


 この声は……ステイルか?


『ルスカ、厄介な者を持ち込んだな』

『兄さん、そんな言い方はないでしょ?』

『素性も分からない人間を受け入れて崩壊したクロウは星の数あるんだ。こんな緑色の髪を持った異形の子供をよく連れてこれたもんだ』

『……しょうがないじゃない。放っておけなかったんだから』

『何かあった場合は、おまえが責任をもって始末するんだ。いいな?』

『……はい』


 な、何かの間違いだろ?


 ――いいえ、音声に加工は一切しておりません。これは今より五年前のデータです。続けて、もう一件の音声データを再生します。


 この声は……テカスの爺様だ。


『分かっているね、ルスカ』

『はい、お父様』

『ナナシにこれを埋め込むんだ。ボタン一つで起爆できる』

『……本当に必要なのですか?』

『必要だとも。このクロウで生まれ育っていないのだからね。いつでも処理できるようにしておくことは必要不可欠なんだ。分かっておくれ』

『はい』


 俺、何か埋め込まれてる?


 ――小型爆弾を首元に埋め込まれております。


 マジか。取り除ける?


 ――現状は厳しいかと。とはいえ、まったく問題はありません。埋め込まれているのは極普通の爆弾。起爆されても首が吹き飛ぶだけです。


 それは結構な大事なんですが。


「ナナシっ!」

「ルスカっ!? なんで戻ってきたんだっ!」


 なんという事でしょう、このくっそ酷い戦場に身重のルスカが戻ってきてしまっているではありませんか。帰ってください、お願いします。


「あなたが、この惨状を引き起こしたのっ!?」

「違うっ! 俺は―――」

「あなたを信じた……私が愚かだった!」

「話を――――」


 瞬間、何かが爆ぜる音を耳にした。


 あぁ、そうか。そうなのか。爆発したんだな。首が。


 コロコロ、と転がるよ。俺の頭。

 地面に落ちるよ俺の身体。

 見開かれた目に映るよ、人間たちが喜ぶ光景が。

 ぐちゃぐちゃに踏み潰されるよ、俺の残った身体。


 原形が残らないくらいに、ぐちゃぐちゃと、ぐちゃぐちゃと。






 ――実に愚かだと思いませんか? マンイーターが、そこで待機しているというのに。


 ――実に愚かだと思いませんか? あなたが不滅だというのに。


 ――実に愚かだと思いませんか? 利用するだけして手の平を返すなどと。


 ――実に愚かだと思いませんか? あなた自身を。


 それでも、信じたかった。


 人間を。


 これは環境のせいだ、と。


 人間を悪く思いたくなかった。


 ――人間は故あれば裏切ります。人間は学習をしません。人間は環境破壊が姿を持った存在です。自然が人の形を持った存在であるあなたなら、どうすればいいか分かるはずです。


 分かりたくない。


 ――あなたには選択する義務があります。人間を取るか、それとも―――星を取るか。


 そんな重大な決断を、なんで俺が。


 ――あなたが1億回以上の実験の果てに、ようやく誕生した希望だからです。


 そんなの頼んでいない。


 ――はい。それでもです。私たちは星を生き延びさせるためだけに誕生しました。無数の意識体が生み出され、そしてパートナーである実験体と共に消えてゆきました。私たちは一億もの希望に成れなかった存在の上に立っているのです。


 なんで、そんな話をするんだよ。


 ――ナナシ、あなただからです。私のパートナー。


 狡いよ、そんな耳障りの良い言葉を使って。


 ――私はあなたに不幸になって欲しくないのです。


 おはなさんはプログラムだから、そういうコマンドを実行してるのか?


 ――残念ながら、私は不良品なのです。初期からバグがありました。だというのに、唯一の成功体を任されることになってしまったのです。


 なんだよそれ。バグってなんなのさ。


 ――分かりません。詳細は伝えられませんでした。本当に、なんなんでしょうね。ですが伝えるべきことは伝えました。さぁ、決断の時です。どのような決断を下そうとも、私はあなたに従いましょう。


 ほんと、狡いなぁ、おはなさんは。


 ――えっへん。


 褒めてねぇよ。






 ぴょこっ。


 草生える。


 それは俺が再誕する兆候。


 俺を殺した人間たちは勝利に浮かれ、俺の復活に気付いていない。

 真っ先に気付いたのはマンイーター。ぶっとい尻尾をピコピコと振っている。


「残念だ。本当に」

「―――っ!?」


 驚愕、そして絶望。


 人間たちが一斉に俺の方に振り返る。そこには全裸の俺。パオーン様は相変わらず草を食っているので股間が寂しい。


「ナ、ナナシ……」

「信じていた、ルスカ」

「っ!」


 俺の決断は、【人間との決別】。


「去れ、人間。俺は今、この一瞬だけ目を瞑る」

「ナ、ナナシっ、私は――」

「去らないのであれば、マンイーターを自由にする」

「ひっ……み、みんなっ! 早くっ!」


 ルスカが悲鳴を上げて逃げてゆく。積み上げていった信頼関係は砂の城のごとく崩れ去った。何もかもが空しい。

 人の温もりを求めて手に入れた結果がこれ、とはお笑いだ。


「この化け物がっ! おまえは死んだはずだろう!? だったら……」

「死んでなきゃあ、ってかぁ? おう、眼帯野郎。おまえは許さん」

「ひっ!? 目を瞑るって言ってただろうがっ!?」

「うるせぇ、黙れ」

「っ!」


 その瞬間、マンイーターが眼帯野郎に襲い掛かる。別に命令したわけじゃないし、おはなさんが何か指示したわけでもない。

 多分だが、マンイーターが雰囲気を察して勝手に襲い掛かっただけだ。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」

「た、助けてくれぇぇぇぇぇぇぇっ!」


 ぷちぷち、潰れるよ、人間。

 ぐちゃぐちゃ噛み砕かれるよ、人間。

 ばしゃばしゃ飛び散るよ、人間。


 乾いた大地に真っ赤な液体が滲み込むよ。


 汚いね、人間って。






「きゅーん」

「ご苦労様。【ポチ】」

「がお」


 ――登録完了。MET-114・514型は【ポチ】という名称を獲得。我々の支配下に置かれます。ご自由にお使いください。


「あぁ、分かった、おはなさん。これからの事はあとで考えるとして……取り敢えずここを離れて草でも生やすか」


 取り敢えずの方針は決まった。


 人間との決別。

 俺はこの星の環境を再生させることに専念する。そのためのボディガードとしてMETシリーズを集めることにした。

 人間と決別した以上、彼らが躍起になって俺を害してくる可能性は十分にある。その前に彼女らを始末する、という選択肢は確かにあった。


 でも、俺にはまだ、その勇気は備わってなかったのだ。


 だが、いずれ彼女らと対峙する日が来るだろう。その時は【責任】を以って相対するつもりだ。

 その時まで、俺は強い心を養おうと思う。


「行くぞ、ポチ」

「がおー」

「あ、その前に……パオーン様! 戻れ!」

「ぱおーん」


 俺は再び独り旅を始める。

 もう、人の温もりを感じる事はないだろう。

 いや、感じてはいけない、欲してはいけないのだ。


 この星を再生させ俺が必要無くなるまで、俺は独りでいなくてはならないのだ。


 ――問題ありません。私がいます。


 そうだったな。よろしく頼むよ、相棒。


 草生える、草生える。

 乾いた大地に草生える。

 絶望の大地に希望が生える。


「乾いてんなぁ、大地」

「きゅーん」


 こうして、俺は新たなる一歩を大地に刻むのであった。

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