第6話 マンイーター
蜜月とは短いようで長い。
俺がフールーに居付いて五年の時が流れた。
その間に、お子様たちはすくすくと成長し、俺と同じくらいだった身長もすっかり伸びて俺を見下ろすようになっていた。
そう、俺はこの五年間で一切の成長を果たしていない。五年前同様に、ちんちくりんのクソガキ様のままである。
いつもの日課であるモーニング日光浴ファストを炸裂させていると一人の少年が近づいてきた。
「ナナシー、おまえ、ちびのままだな」
「否定しない。どうやら俺は一生このままらしい」
「ちーび、ちーび」
「おう、戦争か? 戦争したいんだな?」
「わはははははっ」
クソガキ様代表のラインクも十歳となり、ついこの間【成人の儀】を無事に終えた。
なんと、この世界、十歳で成人となるもよう。それは、生き死にのサイクルが極端に短いのが原因であろう、とおはなさんが言っていた。
それ故に、男女ともに繁殖機能が備わるであろう最短の歳を成人としているそうな。
つまり、成人したら産めや増やせや人類繫栄、を猛烈プッシュしているのである。
実際に成人と同時に子作りをさせられた事例もあるらしい。しかし、未熟な身体での子作り出産は危険が伴うのが当たり前。
やはりというか、不幸な結果になることも少なくないもよう。それでも、子を残すことを急ぐのには、それ相応の理由があるようだ。
「じゃ、行ってくる」
「初狩りか。ラインク、死ぬなよ?」
「親父たちのサポートがメインだから、そうそう死んだりしねぇよ」
「そっか。いってらっしゃい」
「あぁ、またな」
ラインクは授与されたばかりの銃を俺に見せつけ、少年らしい笑みを見せた後に立ち去った。
彼は主食となる自然再生生物の死骸を探しに行くのだ。それは自然死である場合と人為的に死骸にするという二通りが存在する。
基本的には自然死している自然再生生物を探すことになるのだが、それは滅多に見つかるものではない。
巨大ミミズなどは死骸が全部他の自然再生生物に食われる前に発見できるらしいが、そもそもが自然死する確率が低いようで、やはり、狩りによる食料の確保がメインになるようだ。
ラインクといった成人少年たちはベテランの
逆に女性は
男たちが狩りに出かけている間、クロウに残り、生活に必要不可欠な道具のメンテナンスを行う。当然ながら、次代を担うであろうお子様方の面倒を見ながらだ。
その中でも特異だったのがルスカだ。彼女は
しかし、彼女も女性という定めからは逃れられない。クロウのハンターの一人と結婚し子を成した。彼女によく似た女の子だ。
今は完全にハンターから足を洗いメカニックをしながら子育ての真っ最中。
その彼女の兄、ステイルは今やフールーを牽引するリーダーとなっている。
理由としては族長であった彼の父親テカスが病を患い、右足が不自由になってしまったからだ。
これが理由で彼は第一線を退くことになった。
とはいえテカスは豊富な知識を用い、ステイルが不在中はフールーを良く纏めている。彼の知識は若い男が不在中のクロウには必要不可欠なもようで。
あ、年老いて現役を退いたハンターはクロウの守備に就くようである。これによって、若いハンターも安心して遠征に行けるのだ。
フールーの生活は実際のところ、かなり厳しい。今は辛うじて安定しているようだが、五年前は餓死者が出るほどに食料不足に悩まされていたもよう。また、深刻な水不足も死者が出る要因だ。
だが、水の方は俺のせいで解決してしまっている。
なんと、彼ら、俺の生やした草を当然のように、むしゃむしゃ、してくだされやがりました。何してくれてんの、君たち。
でも、草は意外にもタフなので、食われた先からぴょっこりと芽を生やし復活するという。
あ、これって俺じゃね? うん、俺と同じだわ。死んでも直ぐ生えるし。
そんなわけで、この五年間は餓死者もゼロと相成りました。今では【草の子】と呼ばれ神聖視までされてしまっております。でも、扱いは普段と変わらないという。
おう、都合の良い時だけゴッド化させるのやめろや。
そんなこんなでこの五年間、色々あったけど、俺のやっている事は結局、草を生やすことだ。
長距離移動の際は可変式住居兼トレーラーで移動するのだが、移動した先で俺は草を生やしている。
だが最近、ベテランハンターたちが嫌な噂を耳にしたらしい。
クロウは時折、他のクロウと接触する場合がある。それは、物々交換や情報の交換という側面と、殺しても奪い取る、という略奪者の側面を持つ。
だから彼らは【協定】を結んで、私たちは仲良しですよ、というクロウ以外は接触しないようにしているのだ。
フールーと仲良しのクロウの一つ【ラーダー】。彼らと三日間、交流した際にその情報を取得したらしい。内容は全く穏やかではない。
この五年間でラーダーが知っているクロウが十三も消えたらしい。そして、都市の一つも壊滅した、というのだ。
それを成したのが【
おはなさん、マンイーターって?
――【
つまり、自然再生生物を狩るなら、人間を狩るよ、ってこと?
――はい。
でも、抗体は自分から攻撃したりしないんじゃ?
――いいえ。体内に
体内? ここは外だろ?
――惑星を体内と例えれば分かりやすいでしょうか。死にゆく星を蘇らせるのが自然再生生物。そして、彼らを護るのが人類抹殺生物です。
それじゃあ……人類に逃げ場なんて無いじゃねぇか。
――その通りです。人類は一度、死滅するべきでしょう。あなたも過度に人類に愛着を持つのは止めた方がよろしいかと。
俺は人間だ。
――いいえ、あなたは人間ではありません。もっと高次元の存在。あなたの存在こそが、この星の最後の希望。この事を
「俺は……人間じゃなかったのか」
いや、知ってたけどさ。面と言われるとやっぱショックだわー。
そして、おはなさん。人間に対して微塵も愛情を持っていない事が判明。
こんなのが相棒とか、高次元の存在辞めたくなっちまうよ~。
「あら、ナナシ。どうしたの?」
「あ、ルスカ。動いていいのか?」
「えぇ、安定期に入ってるから大丈夫よ」
人間でないことに、ほんのりとショックを受けていたところにルスカがやって来た。
彼女のお腹には新しい命が宿っている。それはフールーの住人が一人、この世から去った事によって誕生した命なのだ。
クロウは所属者の人数管理も大切である。増えすぎても駄目だし、少なすぎても駄目なのだ。
また若者ばかりでも駄目だし、老人ばかりというのは論外である。
これらをコントロールし子作りを指示するのはクロウのリーダーの役目だ。つまり、リーダーであるステイルの指示でルスカは子を宿したという事になる。
このように恋愛は自由だが、子作りは完全にコントロールされているのがクロウの実情。
いや、厳密に言えば結婚相手も予め定められているようだ。族長が若い男を焚きつけて、彼女をなんとしても口説き落とせ、と迫るもよう。
これが世紀末の世界なのだ、と思うと悲しい。
でも、確実に結婚できてエッチできる制度はYesだと思います!
あっはい、俺、絶対にエッチできないと思います。パオーン様は脱着式だし。そもそも、エキサイティングしないんですわ。このちっこいパオーン様は。
「そんな深刻そうな表情をしているナナシは初めて見るわ」
「そんな顔をしてた?」
「えぇ」
「うーん、そこまで深刻じゃないんだけど」
「そうなの?」
「うん。大したことじゃない」
実際はめっちゃ大事。俺は人間じゃない事があっさりと判明いたしました。
でも、彼女にそれを伝えたところで、知ってた、って返って来るのは確定的明らか。
なので、ここは【見】で様子見するのが吉。
へへ……背中で【ざわ……】【ざわ……】してやがる。
「じゃあ、そろそろ生まれるの?」
「そうね……もう少ししたら出て来るかしら」
「すっかりお母さんだな」
「ふふ、【ルッカ】も大きくなったしね」
ルッカはルスカの娘の名だ。外見はルスカに似ているが、その性格はとにかくお転婆。
せっかち、且つ、後先考えないおバカさんである。
「おかーさーん!」
「総員! 迎撃準備っ!」
めごし。
「ほげぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
ルッカの頭突きが俺のみぞおちに炸裂した! 効果はばつぎゅんだ!
「なんで俺に突撃したし!?」
「だって、おかーさんのおなか、あかちゃん、いるんだもん」
「俺はか弱いボーイなんですが?」
「ななしは、いいの!」
「これは酷い」
どうよ、このお転婆ガール。俺の手には余る。誰か貰ってやってくれ。
「こら、ルッカ。乱暴したら駄目でしょ?」
「えへへ……はやく、うまれない? あたしのおとうと、いもうと?」
「生まれてくるまで分からないわ」
「たのしみー」
「少しは俺の心配もして?」
俺はすっかり蚊帳の外。ここ最近はこれが俺の日常になっていた。
でも、始まりがあれば終わりもある。
それに気付いたのは、おはなさんのあの言葉。
人類に愛着を持つな―――か。
そして、
俺はそろそろ、フールーから去るべきなのだろうか。そのような事を考えていた矢先の事。そう遠くはない場所から爆発音が聞こえてきた。
背筋に鳥肌が走る。嫌な予感。ここ最近は感じなかった焦燥感が俺に音の方角を向かせる。
燃え盛る一台のトレーラー。そこにはメカニックとして頑張っていた若奥様がいたはず。
「トレーラーがっ! いったい、何がっ!?」
爆発のあったトレーラーが不自然に割れた。そこから大火傷を負った若奥様の姿が。
だが、彼女の身体は宙に浮いている。ぐったりと仰向けになった状態で宙に浮いて行っているのだ。
「ミシャンタ!」
「おかーさんっ!」
ルスカが叫ぶ。ルッカは恐怖で母親にしがみ付く事しかできていない。
そうだ、若奥様はミシャンタといった。ルスカの幼馴染だ。
「ル、ルスカ……に、にげ……」
ミシャンタの言葉は最後まで紡がれることはなかった。
ばしゃり、と赤い液体が爆発し彼女の存在は消失してしまった。
驚くことに、飛び散った血液ごと消失してしまったのだ。
「ごぉるるるるるるるぅ……!」
だが、この謎の答えは唐突に示された。炎に彩られ徐々に姿が鮮明になって来る。
それは怪物だった。身の丈15メートルはあろうかという巨体。腕が四本。眼球は無い。その代わりに鋭い牙が幾重にも並ぶ咢を持ち、太くたくましい長い尾を持つ。
全身を覆うのはつるつるした黒光りする外殻。Gをイメージしてしまうくらいにテカっている。
「マ、マンイーターだっ! 急いで逃げろっ!」
クロウの守備に就いていた引退ハンターたちが武器を手に応戦を開始する。
流石は歴戦の猛者とあって対応が早い。
しかし――――戦力差は歴然であった。
彼らの手にするレーザーガンが外殻に弾かれる。てかてかしているのは対レーザー兵器用の装甲だったのだ。
「こ、攻撃が……ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
次々と巨大な咢によって噛み砕かれてゆく引退ハンターたち。
まるで相手にならない。規格外の化物。巨大ミミズが可愛く見えるほどの怪物。
しかも、こいつ―――姿を消す。
「ど、どこに行った……ぐぺっ!?」
ばしゃり、という音。一瞬、空間が赤に満たされて消え去る。
また一人、あの怪物に喰い殺されたのだ。
「なんだ、あれっ!? 透明人間かよ!」
――正しくは電磁迷彩システムです。身に纏う電磁波長を変化させることにより、周囲の景色に同化できます。
おはなさん、対応策はっ!?
――検索中……現設備、装備では対応不可。逃げる事を推奨いたします。
だと思ったよ!
「ルスカっ! 逃げろ!」
「なら、ナナシもっ!」
「俺は良いから! お腹に赤ちゃんがいるんだろ!」
「でもっ!」
「いいから行けっ! パオーン様! 時間を稼いでくれっ!」
俺は少しでもルスカたちの時間を稼ぐためにパオーン様を召喚した。
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