第5話 穏やかな日々と緩やかな滅び

 俺がルスカたちに保護されて一ヶ月ほど経った。なので、その期間で得た情報を纏めようと思う。


 食事を必要としない俺であるが、日光浴は必要不可欠なのだ。よって、こうして天気が良い日は自分で生やした草の上に寝っ転がってお日様の恩恵を全身で受け止める。

 そうすると腹の下辺りがポカポカし始め、矢鱈無駄に元気が出て来るのだ。


 さて情報を纏めよう。まずはこの世界の事だ。


 案の定、人口爆発による環境破壊を解決できずに自滅の道を辿ったもよう。だが、その自滅の仕方が最悪だった。


 この世界の人類は中途半端に科学技術が進歩していたらしい。

 彼らは神の領域とも言える遺伝子工学を倫理観無視で推し進めていった結果、自らが生み出した【自然再生生物モンスター】たちによって滅ぼされてしまった、とのこと。


 ざっくりとしている話だが、族長は当事者ではないし、専門知識を持っているわけではないらしいのでこんなものであろう。

 問題なのは、その後の話だ。


 それでも人類は残った自然を食い潰しながら細々と命を繋いでいる。だが、これこそが大問題。ただでさえ残り僅かな自然の奪い合いが発生しているとのこと。

 弱い者たちは当然ながら、この争いには参加できず、世界各地を放浪しながら点在する自然を探し出し、一時の平穏を得る生活を強いられていた。


 呆れたことに人類滅亡一歩手前にまで来ているのに人類同士で争っているのだ。これは救いようがない。阿呆か。


 それで俺が大苦戦した巨大ミミズも自然再生生物という事になる。

 砂漠に適応した生物であり、生物の死骸などを喰らって生きているらしい。それによって排出される糞などがいつの日か、砂漠を潤いある大地へと蘇らせるとかなんとか。


 尚、そうなるには人類が滅亡しており、且つ、三千年以上は必要らしい。

 俺の頭の中の誰かがそう言っていた。


 そうそう、これも一ケ月の間で起こった変化。


 俺の頭の中には誰かさんが住んでいるもよう。女っぽい声だが、どこか機械っぽい喋り方をしてくる。

 なんというか、AIと会話しているかのような感じ。正しくそうなのだろう。


 でも、必要以上の事は教えてくれない。やれ、それ以上は権利が無い、だの、権限を越えている、だのと言ってきやがります。

 それでもある程度の情報は開示してくれるのでいないよりはマシ。俺の知識には無い近未来の科学技術や道具などは、しっかり説明してくれるから。


 世界観については、こんなところだ。詳しく知るには自分の足で歩いて、自分の目で真実を知るしかない。それをする分には、頭の中の誰かさんも異論を唱えなかった。寧ろ、推奨すらしている。


 しかし、いつまでも誰かさんとは言いづらいので名前を聞いてみたのだが、これがまた俺と同じく名無しであるらしい。

 なので、俺が仮名を付けて差し上げることに。


 では――――【はなげ】、というのはどうだろうか?


 ――――ぶちころがしますよ。


 すんませんした。


 高度な交渉の結果、誰かさんは【おはなさん】と呼称することになった。

 俺が草だから彼女は花、という植物繋がりからの命名だ。


 すると俺にも変化が発生。頭の上の若芽が成長し、オレンジ色の花を咲かせたではないか。

 酷く間抜けだから止めてくれよ。頼むよぉ。


 でも、それこそがおはなさんのいる場所であるようで、猪口才にも会話機能付きとなった。なので俺のボケに全力でツッコミを入れるようになってしまったのである。

 つまり、俺は迂闊な発言ができなくなっちまったってことだぁ。ふぁっきん。


 ああぁ、そうそう。保護されたことにより念願の衣服を手に入れました。灰色のワンピースでございます。それ以外は何も付けておりません。

 パンツは象さん召喚に邪魔になるし、靴を履いたら草が生やせない事が発覚したからだ。


 なので俺は基本的に、露出という危険な趣味を持つ変態幼児、という存在へと至る。

 まぁ、全裸マンよりかはマシになったか。


 尚、象さんは相変わらずフリーダム。制御なんてできませんぞっ。


 さて、今度は世界を放浪する弱い立場の人々の事だ。彼らは小さな集団を作って世界各地を巡る。それを人々は【クロウ】と呼んだ。


 これは自然再生生物の死骸を主食としている様がカラスのようだから、というのと、苦労している、というのを皮肉った名付けらしい。

 つまり、俺が厄介になっている、この集落の人々も自然再生生物の死骸が主食なのだ。


 尚、俺は別に食わなくてもいいので食事は断っている。ただでさえ少ない彼らの食料を奪うわけにはいかないからだ。

 そして、それを不審に思う者は現れるわけで。


 でも、そういった輩はルスカが「おんどれぇ」と鉄拳制裁してくれた。今は大人しい。

 彼女は見た目に寄らず口よりも先に拳が出るらしい。おぉ、こわ。


 そのお陰もあり、今では【変な子】として認められている。草も生やし放題だ。


 あぁ、草を生やすといえば、おはなさんの指導によって生やす草の種類を選べるようになった。


 現在は主に食料になる草と雑多に活用できる草を生やせる。俺は草といっているが正確には【植物】を生やしていることになる。

 おはなさんによれば、攻撃性が強い植物も生やせるらしいが、コントロールできなければ、生やした途端に俺自身が食われてしまう、とかなんとか。


 つまりは象さんと同じ。コントロールできなければただの置物。いや、それ以上の害悪という事になる。当分、出番は無いものと考えていいだろう。

 そもそも、戦うくらいなら逃げる。ダメなら殺されて、リスポーン地点でまた生える。


 俺には戦って勝利するメリットなど殆ど無いんだ。殺されて、ちょっと腹が立つ、程度なもの。

 だったら相手をしないでやり過ごした方が良いに決まっている。


 あと、自然再生生物は俺の生やした草を苦手としている。いや、苦手というか恐れ敬っている、といった感じだ。


 おはなさん情報によれば、これは自然再生生物の本能から来るものらしい。

 彼らの存在目的はあくまで自然の再生。自然を壊すことではないので、壊してしまう可能性のある場合、極力近付かないらしい。


 この情報は大変に有益であり、俺はクロウの拠点周辺を、てくてく、と円状に歩き結界とした。

 これの効果は抜群であり、週に何度かあった自然再生生物の襲撃がほぼなくなったもよう。


 ほぼ、というのは空を飛ぶ自然再生生物には効果が薄いからだ。そりゃあ、草は地面から生えているから、空を飛んでいる奴らには効果は薄いわな。


 でも、クロウはただ立場が弱いだけで戦闘能力が無いわけではない。近未来の武器を手にして勇敢に戦い化け物相手に勝利を治める事が可能なのだ。

 クロウの中には【傭兵】としての側面を持っている団体も存在しているらしい。彼らは力ある立場の下について尖兵として最前線に赴き、生きるための糧を手にしているとのこと。


 そんなんだから、人類同士の戦いは終わらないんだよ。分かれっ、ばかちんがっ。


 ルスカが所属しているクロウは【フールー】という。これは彼女らの部族の古い言葉で【風】を意味するそうだ。


 フールーは基本的に流転する生活を送っている。クロウの見本ともいえる生活形態だ。少ない自然を求めて旅をする。

 その際に活躍するのが住居兼トレーラーである銀の箱。ボタン一つで移動形態に変形するハイテク住居なのだ。

 トレーラーといっても車輪は存在せず、ホバークラフトにて移動する。これも砂漠という環境を移動することを考えられて作られたからだ。

 だが、トレーラー自体には戦闘能力は無い。精々、頑丈な車体を用いた体当りくらいなものだ。


 しかし、修理の事を考えると現実的ではない。したがって、攻撃手段は無いものと考えるのが妥当だろう。

 そんなことをしている暇があるなら、さっさと逃げろ、ってこった。


 フールーはトレーラー十台。それ一大に一家族が住んでおり、総勢で八十二名という集団だ。しかし、その大半は子供や老人なので、実質、戦力になるのは三分の一程度。

 したがって個々の負担が大き過ぎる状態となっていた。


 でも、これはまだマシな方らしい。別のクロウでは介護崩壊が常態化しており、その結果、介護者、被介護者、共倒れ、という大問題が起こっているそうだ。

 中には食い扶持を減らす、という暴挙に打って出るクロウもあるとか。生き残るためとはいえ、実に世知辛い話である。


 とまぁ、ここまでが一か月間で得た大まかな情報だ。自然再生生物と戦うための武器とかは、危ない、という理由で教えてもらっていない。

 前にお子様が興味を持って、その際に武器を弄って大きな事故になった、という事があったそうなのだ。


 それなるお子様は、なんて余計な事をしてくださりやがったのでしょうか。


 あとは世界地図、もしくは国などの話も聞きたかったが、フールーは決まった巡回ルートを回るクロウであるらしく、国や他のクロウとの接触を極力避けているらしい。

 過去に何かあったと推測できるが、そこに首を突っ込むのは野暮な話だ、と判断。会話をそこで打ち切った。

 なので、世界の形を知るには、やはり己の目で確認する必要がある。


 或いは、【国】とやらに赴き情報得るかだ。


「おーい! ナナシっ! 寝てないで遊ぼうぜっ!」

「ばかやろう。俺は今、日光というモーニングファストをイートしている最中だ。後にしろ」

「知らんっ! 遊ぼうぜっ!」

「おまえなぁ……」


 この、アホ丸出しのお子様は【ラインク】。フールー出身者の特徴である褐色肌に癖のある黒髪、黒の瞳の男の子だ。

 こいつは何故か俺がお気に入りのようで、何かある度に誘いを掛けて来る。


「あ! ちんこ取れよ! 女の子の方が可愛いから!」

「ぷじゃけんなっ。俺は男として生きてんだ」

「気にすんなっ!」

「気にするわっ」


 あぁ、もう。お子様は我がままで困る。


 そして、こいつだけではなく、おしゃまな褐色ガール共も俺を女にしたがる。


 いや、それとも象さんを見たいだけなのか?


 確かに、あいつはお子様には矢鱈と寛容だ。俺には割と厳しいのに。

 女の子たちは背中に乗せて散歩してあげるし。


 おのれ、これは主人に対する重篤な背信行為だ。断固として許すわけにはいかない。


「ナナシちゃんっ。女の子っ!」

「もう、それとっちゃいなよっ」

「しそんはいえいっ、だよっ!」


 Hey、ガールたち。それ分かってて言っているのかね?


 いや―――この世紀末な世界観なら知っている可能性も否定できない。

 最早、種の存続という使命感に近い何かなのだろうか。


 でも、俺は男でいたいのです。わかってくれたまへ。


「俺は男の子っ。パオーン様は捨てたりしない」

「じゃあ、もぐ」

「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」


 容赦のないお子様たちの暴挙に、俺は死よりも勝る恐怖を覚えたのであった。

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