第4話 滅びゆく世界
その男はルスカ同様に体のラインが浮き彫りになる黒のスーツを着用している。
同様に砂漠に溶け込む色合いのフード付きのマント。そして、拳銃を腰のガンホルダーに納めていた。
ルスカが兄というだけあって両者はよく似ている。ただ、男女の差異だろう。兄の方がルスカよりも背が高く、体つきもがっしりとしていた。つまり、細マッチョのイケメン。
「ん? その子は?」
「うん、オアシスで出会ったの。訳ありの子みたいで……」
ちょっと、取扱注意みたいに扱われて嫌な気分。いや、確かに取扱注意ではあるんだが。直ぐ、草生やすし。しかも、物凄く雑に扱っても、雑草と忌み嫌われる連中のごとく直ぐに生えてくるんだけどさ。それでも、もっと丁重に扱っていただきたく。
なんて気持ちを表情に出していたのだろう、ルスカの兄が表情を緩めて視線の高さを合わせてきた。
「よく生き残ったな。俺は【ステイル】。ルスカのお兄さん、とでも覚えてくれ」
「あらやだ、いけめんっ!」
「いやいや、男の子だろ?」
「うん」
基本はボーイ。でも、象さんを呼び出すとガールになる。
「あぁ、その子。女の子にもなれるみたいで」
「え?」
「でも、その……にゅっ、て生えるの」
「え? えぇ?」
ある意味で俺は性別を超えていた?
「基本は男っ! たまに女っ!」
それを説明すべく、象さんを召喚。
俺のパオーン様は、俺の生やした草を纏って雄々しいエレファントへと変態した。
「ぱおーん」
「わけが分からないよ」
「うん、私も分からないから、族長と相談しようかと」
「そ、そうだな……それが良いかも」
ステイルは妹に対し苦笑して見せた。
そりゃあ、こんな不思議生物が実在したら混乱するわな。
「それにしても……うーん、女の子」
「らめぇ」
くぱぁ、はやめろ。繰り返す、くぱぁ、はやめろ。そこは俺も怖くて詳しく調べていないのだから。
「ナナシちゃんは本当に何者なのかしらね」
「草」
「くさ? やだ……私、臭う?」
「いや、植物の方」
「……と、取り敢えず、族長に会おうか」
「うい」
信じていないもよう。まぁ、そうなるよな。
取り敢えずパオーン様は元の位置に納まってもらう。股間が寂し過ぎて風邪を引いてしまいそうだから。
巨象は俺の意思に従い、しおしおに枯れて粉微塵になり大地に還る。その際に、象さんの粉は乾いた大地を即座に緑に変えた。
つまり、草生える。
「うおぉぉぉっ!? く、草がっ!?」
「急になんだっ!?」
「どうなっているっ!?」
この怪奇現象にモブキャラたちが騒ぎ始めた。そして、追い打ちをかけるかのように、緑からぷにぷにどもが発生。キャッキャウフフ、とハッスルし始めた。
「ひえっ、これはまさかっ」
「【O・L】かっ!? それにしたって、こうもハッキリと視認できるって異常だぞ!」
O・Lは【オーバー・ライフ】の略称だ。という情報がまたしても勝手にあ棚の中にポップしてきやがりました。ほんと、どうなっているのやら。
まぁ、いい。これでぷにぷにの正体が分かったのだから。
ぷにぷにどもは、いわゆる【精霊】と呼ばれてきた世界を支える要素の一つ。【星の血液】とも呼ばれる存在であり、こいつらの存在数で星が滅びるか滅びないかのおおよその目安が付くという事だ。
つまり、九割が砂漠で、ぷにぷにがほとんど存在しないこの星は滅びかけている、という認識で良いのだろう。ぷにぷにが少なくなればなるほどに星は潤いを失い砂漠化の一途を辿るのだから。
いや、待て。なんで俺はこの星の九割が砂漠だと確信した?
俺は知っているのか? この星の、ぷにぷにの本当の正体を。
そうだ、人類は【人工O・L】の製造に着手。しかし―――。
警告。これ以上の情報開示権限は有しておりません。
自壊プログラム回避のため、状況を終了いたします。
「ふぁっ!?」
「きゃっ、どうしたのっ?」
「あ、いや……何でもないんだぜ」
突然の合成音声による警告は心臓に悪い。しかも、聞き捨てならない内容。
俺に自壊プログラムだと? 本当に俺はなんなんだ?
俺は俺自身をまったく知らない。草を生やし、無限に再生する存在。そう、ざっくりとしたことしか分かっていないのだ。
だが、俺は何かの切っ掛けさえあれば、高度な情報を自分の知らない場所から引き出せるようだ。これは、いったい何を意味するのか。
いや、考えるだけ無駄か。そもそも、考えてどうする。自分が分かったからって、やる事など、そうそう変わったりはしない。
俺にできる事は草を生やすこと。乾いた星に草を生やすこと。つまり、歩けってこった。
そして、俺が用済みになるくらい星が草で覆われた時、その時、本当の事が分かるに違いない。
そう思わないと、やってられん。
「おい、ぷにぷに。悪戯すんなよ」
「ぷにー」
おまえら鳴けるんかい。
多分、分かった、との合図なのだろう。そう思いたい。
というか、こいつらはクソザコナメクジなので悪さをしても直ぐに退治できる。即ち、無害決定。
なんだ、心配することでもなかったな。がはは。
「ほんと、なんなの君?」
「俺も分かんね」
「分からないことだらけねぇ」
取り敢えずは族長の下へと向かう事になりました。そうすると当然、俺は草を生やすわけで。
「草だーっ!?」
「なんの草っ!?」
にょきにょき生えるよ、名も知らぬ草。
小さなあんよから、わさわさと。ぴょっこりと。
ついでに、ぷにぷにも生え出るよ。
ぷにぷにと、ぽよぽよと。
事情を知らないモブたちは驚愕するしかなかったという。
「見なかったことにしようぜ」
「そういうわけには……あぁ、話が進まないから急ぎましょうか」
「お、おう」
ルスカに手を引かれ、俺はひと際、大きな銀色の箱へと連れて行かれる。それには階段が備わっており、ルスカとステイルは迷うことなく上がって行った。
尚、俺は足が短いため、ステイルに抱っこされる形で上がってゆく。
お子様だからね、仕方がないね。
階段を登り切った先の壁には長方形を縦にした黒の部分。パネルだろうか。丁度、大人の手のひらサイズ。俺はそれを見て指紋認証機を想起した。
そして、それは正しい推測だったようだ。
ルスカが右手を黒いパネルにかざす、と壁が左右に割れた。自動ドアだ。しかし、ひと目でドアがあるとは分からない。何故なら、そこには開閉ギミックが分かるであろう境目が一切無いからだ。
いったい、どういう仕組みなのだろうか。疑問に思ったが、今回は情報は急に現れたりしないもよう。
「お~、すげー」
なので、俺は雑な感想を口にすることしかできなかった。
「モンスターどもに勝手に入られても困るからね。こうして、分かり難いように工夫してるの」
「へー」
ルスカたちは特に侵入の許可を得ることなく巨大な箱内部へと入って行った。
「ただいまー」
「あぁ、お帰り。無事で何よりだ、我が子よ」
実家だったんかい。
豪華な円状の絨毯の上に胡坐を掻き、パイプタバコを燻らせている豊かな髭を蓄えた初老の男性はルスカたちの姿を見て険しい表情を緩ませた。
彼は頭にターバンを巻き、黒のボディスーツの上にガウンのような物を着込んでいた。
顔の作りはステイルを男前にしたもので、若い頃はイケメンだったに違いない。
巨漢。座っていても理解できる。盛り上がった筋肉がガウンを圧迫している。多分、筋肉を膨張させて衣服を引き裂く演出ができるだろうな。
というか彼が族長か。そうなるとステイル、ルスカは族長の子ということになる。要は身分の高い人。
でも、ルスカはわざわざ自分の身を危険に晒してまでオアシスに水を汲みに行っていたことになる。どういう事だろうか。
箱の中は、やはり住居になっていたようだ。とっても中東的な内容。ジプシーの近未来版とでも言えばいいだろうか。
室内は結構な広さがあり、奥にはドアの存在。ドアノブが無いことから自動ドアになっているのだろう。
生活スペースと思われる空間はカーテンで仕切られている。プライベート空間をそれで構築しているものだと思われた。
親子とはいえ、ルスカは女の子だ。しかも年頃。こうした配慮は必要不可欠なのだろう。
見た感じ、水回りの設備は無い。つまり、風呂もトイレもキッチンも無い。ここは完全に事務作業をする場所、及び、休息を取るための場所なのであろう。それ以外は外で全て行うとみた。
多分、集落の皆で協力して食事を作ったり、身体を拭いたりする感じなのだろう。
食事に関しては、その方が管理し易い、というメリットも考えられる。
「ん? その子は?」
「うん、実はね……」
ルスカは、俺の事情を族長にざっくりと説明した。娘の説明に彼は僅かに眉を顰める。
「ふむ。事情は分かった。こんな小さな子を放り出すわけにはゆかんだろう」
「じゃあ?」
「うむ。ナナシ、わしはこのキャラバンの長、【テカス】だ。行く当てが無いのなら、暫くはわしらと暮らさぬか?」
どうやら、俺を保護してくれるらしい。これは好都合と考えるべきであろう。彼らなら、俺の知らない情報を数多く保有しているに違いない。
それに、俺には時間制限というものが無い。滅びと再生を一瞬にして終わらせる存在。
であるなら、彼らの申し出を断る理由などあんまりない。
「いいの?」
「無論じゃ。ここでじっくりと自分の将来を決めると良い」
「お世話になるんだぜ」
こうして、俺は暫しの間、ここで世話になることにした。
暫し、というのはいずれ、ここを出ていくことは決めているからだ。
俺はある意味で化物だ。
死なないし、草を生やすし、象さんだってパオらせる。
正直、加齢による成長だってするかどうかも分からない。
そんなわけの分からない存在が、いつまでもこの集落に居続ければ確実に問題の種となろう。
その前にできるだけ情報を頂戴してスタコラサッサだぜ。わっはっは。
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