第3話 小さなオアシスと少女

 草生える、草生える。小さなあんよから草生える。


 地獄の巨大ミミズ地帯を突破した俺は新たなる力、象さん召喚を手に入れた。

 しかし、これがまったく使えない。言う事は聞かないし、俺を踏み殺すわで召喚しない方が良いくらいだ。

 だが折角の特別な力。なんとかして利用できないか、空からと何やら音が鳴る頭で考えてみる。その結果、くそデカいデコイにしかならない、という結論に至った。クソったれめ。


 凹んでいても仕方がない。特に目標は無いが歩き出す。目立った目印が無いから仕方がない。本当に砂漠だらけ。植物のしょの字も無い。その広大さは砂の海に例えられる。

 こんな海は嫌だな、と考えつつ黙々と歩く。俺の歩いた後には草が生える。ぴょこぴょこと、にょっきりと。

 俺が歩けば歩くだけ、緑は生まれ出てくる。俺は植物生産マシーンだ。この枯れ果てた大地を蘇らせることができるのは俺だけ。今のところは。


「あー、ほんと、なんにもないな」


 実につまらない景色。もう砂漠は飽きた。何か変化はないのか。後ろを振り返れば賑やかであるのは間違いないが、俺が求めているのは違うものだ。

 でも、こうも何も無いと本当に滅亡した世界なのでは、という不安が過る。遭遇するのはことごとく化物ばかり。それに対抗する手段も無くただ逃げる事のみ。

 既に生きることに嫌気が差しているものの、決して死ぬことが許されないという地獄。


 俺に許されているのは、ただひたすらに歩く事のみ。食事も睡眠も不要というクソったれな肉体を与えられたばかりに、俺は絶望のウォーキングを強制させられている。することがこれしかないのが最悪。ふぁっきゅー。


 さて、色々と絶望しつつ、だいたい七回ほど朝を迎えた。小さな丘を越えた際の事だ。待望の変化が訪れたのである。


 それは本当に小さな緑だった。無論、俺が生み出した緑ではない。あいつらは自己主張が強過ぎるから、俺が生み出したってひと目で分かる。

 でも、俺が目の当たりにした緑は可憐で弱々しく儚げであった。俺の植物たちには無い美しさを持っている。


 果たして、そこに行って、俺の緑と混ぜてしまっていいものか。絶対に、この可憐な美しさは無くなり、図々しいまでの逞しさを持った雑草軍団に生まれ変わってしまうだろう。

 ハッキリ言ってそんな光景は見たくない。ここは名残惜しいが迂回するべきだろうか。


 そのような事を考えていたら、その場所で蹲っている小さな姿を発見。この砂漠に溶け込むであろう色合いのフードとマントを羽織っている。大きさからして子供か女性の可能性が高い。

 俺の決心は途端に揺らいだ。アレは間違いなく知的生命体。この乾いた大地を知る存在に違いない。この機会を逃せば、今度はいつになるか分かったものではない。


 一週間か、一ヶ月か、一年後か。それとも十年、百年か。


「待ってられるかっ! 可憐な自然がなんぼのもんじゃっ!」


 俺は即座に自然を冒涜することにした。あんよの雑草共も「まかせろー」とやる気満々だ。


「おーい! そこのあんたっ!」


 猛ダッシュで砂の坂を下る。そして、足を取られて転がり落ちる。まぁ、良くあることなので気にしない。俺が転がった後は当然の権利のように草が生える。

 なんでもいいから、素肌さえ触れていれば植物が生えてくるシステムらしい。もし、服や靴などを手に入れられたなら、この怪奇現象は抑えられるのかもしれない。


「っ!? ダメッ! そこはっ!」

 女性の声。なるほど、あの小さな影は少女の物だったのか。そこまで考えて、俺の意識は唐突に途絶えた。


 気付けば復活地点でにょっきりと復活。いったい何があったのやら。だが、死亡地点とはそうはなれていない場所だったらしく、小さな姿は直ぐに見つかった。

 今度は用心深く坂を下りる。すると、砂が下へと流れ始めたではないか。これは楽だな、と暢気に構えていたのだが、それは大きな間違いであることが発覚。

 そして、俺をぶち殺してくれた存在もハッキリと理解した。


「蟻地獄かっ!」


 そう、アリさんの天敵、アリジゴクだ。こいつが俺を葬り去った張本人。あの時、少女が俺を止めたのは、こいつの巣がそこにあったからだろう。

 さて、正体が判明したからって俺に成す術はない。また食われて復活ポイントからの再スタートだ。俺は自慢ではないが非力なショタっ子。殺されるのが仕事でもあるくらいなのだよ。


「いや、ただ死ぬのも、もう飽きた。いっそ、道連れにしてやろう」


 ここで象さんを召喚する。マイサンがポロっと外れ落ち、そこから象さんの芽が生える。

 あとはそれに植物たちが集合し、瞬く間に植物の巨象が爆誕した。


「ぱおーんっ! ぱおっ、ぱおっ!」

「きしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……あぁぁぁぁぁっ!?」


 アリジゴクの威嚇の声はたちまちの内に断末魔に変わった。

 そりゃあ、くそデカい象さんが巣に向かって転がって行ったらそうなる。

 召喚した場所が悪かったのか、象さんは誕生早々にバランスを崩して転がって行ったのだ。その結果、ぷちっ、という音を立ててアリジゴクは死んだ。


 象さんだからね、仕方がないね。


「う~む、意図した結果ではないが、こういう使い方もありだな」


 自分の声とは思えない可愛らしい声で呟く。象さんは質量爆弾としても有用だったのだ。

 脅威を滅ぼした俺は改めて少女の下へ向かう。足がもつれないよう慎重に坂を下り……隣に先ほど転がり落ちた際に出来上がった緑の道があったので、そっちに移動。


 うん、坂が下り易いなぁ。


 よっこいしょ、と砂の坂を下り終えて少女の下へ。少女は雰囲気的に怯えているようだ。

 そりゃあ、こんなわけの分からないショタっ子を怖がらないわけがない。


「お嬢ちゃん、こんな所で何を?」


 あ、そういえば、俺の言葉は通じるのか?


「お、女の子? え、何で裸?」


 やっべ、象さんを召喚したままだった。


 象さんはアリジゴクを潰しても尚健在。今はアリジゴクの巣を潰してご満悦している。まさにバーサーカー。

 彼は思ったよりも狂暴な性格をしているため、制御は早い段階で諦めた。いつでも枯らすことができるのが救いか。


「戻れっ」


 急ぎ象さんを枯らして股間の象さんを復活させる。俺の小さな象さんは、ぱおーん、と生えてきた。


「えっ? 生えたっ!?」

「男なんだぜっ……あっ、あっ、引っ張っちゃ、らめぇっ!」


 なんてことをしやがるのでしょうか。この少女、俺の象さんのお鼻を引っ張り始めたではありませんか。


「ほ、本物だ」

「酷いんだぜ」


 少女は黒髪に黒い瞳、褐色肌で、年の頃は十二から十五くらいだろうか。マントの下にはぴっちりとした黒のボディスーツを着ている。というかそれだけだ。目のやり場に困るくらいにはエロい。

 でも悲しいかな、俺のボディは、それにちっとも反応しないんですわ。


 だが、彼女の腰に括り付けられていた物を俺は見逃さなかった。それは拳銃だ。デザインは俺の知っているものではないが、その形状から拳銃にしか見えない。


「そんなことより、ここで何をやってるんだ?」

「それは、こっちのセリフ。坊やは何で裸なの? ここは死の砂漠。そんな格好じゃ化け物たちに食べてくださいって言っているようなものよ」


 あっはい、何十回も食べられましたとも。


「お父さんは? お母さんは? 兄弟はいないの?」

「皆いないんだぜ。ずっと独り」

「そ、そう……ごめんね」


 ただし、ぷにぷにはいる。草も生える。象さんもいる。


「俺の事はどうでもいい。ここで、何をしてたんだ?」

「うん、水を確保していたの」


 彼女の視線の先には悲しいほどに小さな水溜りがあった。オアシスとは呼べないほどの小さなそれは、しかし、彼女たちにとっては生命線のようで。


「でも、それもそろそろ枯れてしまう。私たちは新たな水源を求めて旅立たないといけない」

「へぇ、大変だな」


 俺みたいに何度死んでも再生するわけでもない。飲まず食わずでもいられない。それは正しく生きるという事に違いなかった。

 でも、暫くそれを体感していない俺にとっては他人事にしか聞こえない。そして、超久しぶりに会話しているというのに感動も湧き出てこなかった。これは意外だ。


「大変って……一人ぼっちの坊やの方が大変じゃない」

「大変なのは大変だけど……困っているのに困っていない、というかなんというか」

「変な子」


 彼女はひょいと俺を持ち上げる。細身にしてはビックリするほど力持ちだ。


「取り敢えずは水も確保できたし、集落に戻りましょう」

「おん? 俺も?」

「当たり前でしょう? あなたみたいな小さな子を見捨てるほど鬼畜じゃないわ」

「ふ~ん」


 普通なら喜ぶところだろう。でも、何故か淡白な反応しかできない。高揚しようとすると何かに押さえつけられる感覚がしてテンションが下がった。


「私の名は【ルスカ】。あなたは?」

「名前は……無い」

「えっ?」

「俺に名前は無い」

「う~ん、困ったわね。取り敢えずは名無しのナナシ君でいいかしら?」

「構わない」

「じゃあ、ヨロシクね、ナナシ君」


 こうして、俺はルスカに保護される流れとなった。だが、問題が無かったかというとそうでもなく、むしろ問題しかなかったという。


「……あれ? あんな所に植物なんて生えていたかしら?」


 ルスカが改めて周囲を見渡す。怪物がいないかを確認したのだろう。そうすれば俺が生やした草を発見するわけで。


「俺の特技。草生やす」

「へ? いや、ちょっと待って……!」


 途端にルスカは頭を抱え始めた。ブツブツと何かを呟いては、空と俺の顔を交互に見つめる。そして、震えつつも言葉を発した。


「も、もしかして……【神樹の芽】様ですか?」

「知らん」

「えぇ……?」


 実際に知らないのだから仕方がない。今の俺には情報が無さ過ぎるのだ。


「生まれも、育ちも、出生も、何もかもが分からない。気付いた時には全裸で砂漠に立っていた」

「うぅ、ひょっとして、私、とんでもない案件を抱えちゃってる?」

「気にすんな、禿げるぞ」

「それは嫌」


 ルスカは盛大にため息を吐く。まぁ、こんなわけの分からない存在を拾ってしまえばそうなうだろう。

 でも彼女は俺を見捨てることなく集落に連れ帰るようで。


「よいしょっと。取り敢えずはリーダーに相談してみなきゃ。しっかり私に掴まっていて」

「分かった」


 そういうと彼女はしゃがみ込み、小手らしき装備を着けた右腕を持ち上げる。それはアームガードなのだろう。

 ルスカがそれに触れる、と装甲部分が展開し、内部からパネルのようなものが出てきた。


 すると俺の脳裏に情報が開示される。滾々と湧き出る泉のような、そんな感覚だ。


ArmアームCurationクリエイション】、略してAC。腕部特殊機能集合装甲とも呼ばれている。

 聞いた覚えが無い名前だ。なんでそんな知識を俺は持っているんだ。俺は背筋辺りがざわざわする感覚を覚える。


「転移アプリ起動、座標……指定。プログラム開始」


 よどみない動きでACのパネルを操作するルスカ。するとピピッという機械音と共に輝く輪に包まれる。

 一瞬の浮遊感を覚えた俺は、ジジ、という音と眩暈を覚えた。そして、直ぐに知らない景色を見る羽目になる。


 そこは砂漠で間違いないが、何台もの箱が円状に並んでいる奇妙な場所だった。もしかしなくともルスカが言っていた集落であろう。


 並んでいる箱はメタリックに輝く箱状の物で、様々な個所に線が伸びている。中には明らかにドアのようなものが存在していることから、何かしらのギミックが搭載されているのではなかろうか、という発想に至る。


「おぉ、なんか知らんけど、なんか凄い」


 急に語彙力が低下したのは俺がショタっ子だから。仕方がないね。


「よし、プログラム終了。無事に集落に転移できてよかった」

「失敗するの?」

「うん、たまに。失敗したら、石の中に転移したりするよ」

「こえー」


 マジで怖いんですが。止めてよね、石の中なんて。死んじゃうから。

 まぁ、死んでも復活ポイントから再スタートになるだけなんだけども。


「さて、それじゃあ、リーダーのところへ行こっか」

「ルスカ。無事に帰ってこれたんだね」

「あ……ただいま、兄さん」


 ルスカに声を掛けてきた者は、彼女によく似た男性だった。

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