ハーンと恐怖の獣
大学から出て、今日はひとまず別れることにしようとした時。ハーンがさっきからまたずっとあらぬ方を向いている。何か気になる物でもあるのか、そちらの方を向く。
「アレってなんですか?」
自分には何も見えないただの通り。
「その……黒いもやに赤い点がみたいのが……」
その言葉を言い切る前に、ハーンがまるで何かの攻撃を避けて、そのまま通りを駆け抜けていく。
「いや、その土地勘ねぇのに逃げるのまずくねぇか?」
「まったくもって同意だね。モルドレッドくん!」
慌てて走り、追いかける。土地勘がないっていうのはもちろん問題だが、傍から見ると自分含めて何をしているって感じがする。
「念の為だ。見えたか?」
「見えてないな」
「見えていないね……魔力で探知するわ」
エーテルのみで構成されている生物ならば、肉眼で視認するのは出来ない。さっきも、エーテルの感知に敏感になってたことを考えると”見えてはいけないものを見えてしまった”と考えるのが筋か。
「エーテル体の生き物か。エーテル体の対処は授業で対処したことあるが、一旦は狙いに定めているハーンの元に合流しないとだな」
魔術において見えない攻撃というのはありふれている。その場合まず考えるべきはエーテルからの干渉である。エーテルを干渉し、体内のエーテルを奪ったり、バランスを崩すことは攻撃の手段になり得る。
「さっき、マーリンがこっそり付けてたマーキングの使わせてもらおうかな。ごめんね~」
本来ならエーテル体の撃破は各々がこなせばいいのだが、今回はエーテルの扱いができないハーン、なおかつ守らないといけない対象になっている。
「後で掛け直しておけばいいだろ」
ホームズから紐が飛び出てマーキングを頼りに一直線にハーン向かい拘束する。
「ちょっと建物の上で処理しましょう」
「床を作るから、ついてきて」
「了解」
空気中のエーテルで風に干渉、そこにちょっと自分の発展魔術を使う。
「これはなんですか〜」
逃げているって思ったら捕まるもんなぁ。
「ごめんなさい。逃げるから捕まえました」
ハーンの拘束を解く。
「相変わらず感心するな」
「嫌味だろ」
「はいはい。とりあえず眼下の問題を解決する!いいね?」
ホームズはそう言い、すかさずハーンの元に防護の魔術が施される。ハーンの宙辺りには魔法陣の展開されており、敵意ある攻撃はすかさず防護するようになっている。
「複数属性練り込んでるのマジぱねぇなぁ」
「探知お願い。守るのにリソース注ぎたいから」
まぁ、自分の本領発揮ってところかな。辺りのエーテル、肉眼で見える現象を凝視すると確かに見つかる。すぐさまに捉え、認知をそのまま逃がさない。
「狼だ。マジでいたね」
そのまま形を作らせ、他の人でも見えるようにさせる。
「後は任せろ」
モルドレッドが自身のポケットから小さな鉄の棒を取り出して銃の形を付与する。そしてすかさず発砲。狼はそのまま倒れ込み死ぬ。
「赤く光る瞳の狼ねぇ。バーゲストとか?」
「マジでやめてくれ。それは厄ネタ過ぎる。シャレにならん」
モルドレッドが言う通り、厄ネタだな……だが、黒い毛皮に赤い瞳となると間違いないのか?
「だが、バーゲストは狼というよりは犬だろ。うちらの国ではよくあるハウンドドックに近しい」
「でも正直、狼と犬の区別つけられるかい?」
鎖もないのは伝承とあり方の振れ幅が広がるとしても、あれどバーゲストの形を取るにはないな……
思考を巡らせた瞬間、首元に一撃が走る。回避はできず、反射的に傷を癒すことに専念する。
だが、すぐさまに全身に“恐怖”がやってくる。
「ごめん。魔術使えない!」
”恐怖”がエーテルをかき乱して、魔術のためにエーテルを使うことができない。これ以上の追撃が来るともっとまずい。身体を急いでハーンのために敷いた防護の中に入る。
「迂闊だった。一匹狼なんて嘘っぱちだからな……狼である以上、複数匹を想定するべきだった……!」
モルドレッドも慌てて防衛に入る。
やってしまった。ホームズはハーン守るのに集中しなければならないし、ずっと維持ができる訳でもない。モルドレッドも特定は出来るが、複数匹いることを考えると不利な状況だ。それに傷を貰うとエーテルがしばらく使えなくなる以上、無理はできないし、それ以上にハーンに傷つけられるとエーテル崩している中でさらに崩されると取り返しのつかないことになる。
「皆さん。私、今なら私の左眼が捉えることができます!」
ハーンの一言が状況を一変する。
「その言葉、本当だな?」
「はい。なので、さっき銃を出したと思うのですが、それを!」
モルドレッドはすぐに渡し、発砲する。
「マジだ。完全に捉え切れてる。エーテル体のまま死んでいく……」
「なんとなくですけども、左眼の扱い方が見えてきました」
しばらく狙撃が続く。これはまともにやり合っていたら倒せなかった数だ。弾が切れるとモルドレッドが新たに生成する。
「これで全部だと思います。本当に申し訳ないです。私のせいで……」
「いいの!むしろ怪我なかった?私たちが不甲斐なかったぐらいなんだよ」
事実だ。
「アーサー、首の怪我は」
「かわせないって判断してすぐに治療をしてよかった……エーテルが使えなく前に使えて致命傷にならずに済んだよ」
本当に危なかった。今になってやっと使えるようになった。
「で、どうする?」
「このまま返すのもな。ホームズ、一晩寮の部屋に泊まらせたどうだ?」
自分、モルドレッド、ホームズは魔術大学の寮に住んでいる。男の自分とモルドレッドの部屋にいさせるわけない。
「うーんそれが一番無難だし、万が一の時に助け呼べるしね。でも、ハーンの事情次第だよね。とりあえず、今ってどこに身を置いているかは分かりますか?」
「私、連絡入れてみますね!」
そういい、端末を取り出す。
「ロンドンって電波飛んでいなくて不便ですよね……って伝わらないですね……あはは。アレです。エーテルなくて困っちゃう的なやつです」
しばらく応答をしているような様子だった。交信の魔術を行うときみたいな感じだけども、まったく魔力の動きを感じない辺り、本当に別の技術体系と痛感させられる。完全に魔術師は電脳を認識することが出来ない。
……ハーンには口が裂けても言えないし、ハーン自体に罪がないし自分は今のところ抱かないとはいえ一つ思うのは、これは恐怖を感じて排斥しようと思う感情は当然だろう。
「寮に泊めてもいいですか?」
「ええ!」
とりあえず寮に帰ることにした。今日は色々と大変な日だった。でもそんなことよりも―――
「正直なところ、ホームズがいないと話にならなかった……」
「そうだな」
「……まぁ、事を成せばその人は救われているから。自分たちの問題ってところだね」」
赤い目のした狼に襲われてから一週間後。三人でマーリンのデスクにやってきた。
「やぁ、この前の一件はお疲れ様だったね」
そして、妙な間を置かれる。いきなり喋らなくなるのは……その怖い。
「マーリン、なんですか?今の間は」
「おやおや?こりゃ一本取られちゃったね」
何のことなのか全然分からず、なにかいたずらの可能性を考慮する。マーリンはたまにこういうことをする。なんかしらの魔術を仕込んでいることを考えて辺りのエーテルの流れを探る。
「今日は三人に伝えたいことがあってね」
マーリンがカッコつけでやったであろう指パッチンをするとホームズの背後から現れる。
「私、魔術大学に留学します!」
ホームズの背後から飛びつく。あまりにも急でホームズが完全に体制を崩す。
「やった~嬉しいし待ってたよ~」
「えっなに忍者!?いや……そのちょいと待て……」
モルドレッドの疑問について自分も言及する前にマーリンが先んじて喋り始める。
「そう、モルドレッドの言う通りでね。ハーンにはちょいとばかし勉強してもらった。大学についていく為にも基礎知識は必要だしね。それと三人に留学したことを伝える時になにか披露できるようにしなさいというのも加えてね」
「マーリンから言われたので、魔術の勉強頑張りました~面白いですよね。本当に未知に満ちているって感じです。三人に伝えるときは、忍者らしく潜伏で。体内のエーテルを操るのがマーリン曰く上手いって言われたのでやってみましたがどうでしたか?」
完全に分からなかった。姿は幻影で隠して、そこから体内のエーテルの流れをコントロールして空気中のエーテルと同化していた。どんな練度だよ……
「あの……そのクビになりませんよね……」
モルドレッドが完全に弱腰になってる。
「いや流石にしないからね!」
流石にの一言!は自分にも突き刺さる。
「ちなみに、留学する際に受けた試験だと……基礎魔術は大学入学時という基準で見ればトップクラスだな。発展魔術はきつかったがポテンシャルの塊過ぎるな。先に目をつけておかなかったらこんな逸材うちには来なかったな……」
あの騒動から一週間で……入学した時よりも基礎魔術は出来ている可能性あるの……?
「あっ、考えてみれば先週のあの時だって発展魔術であろうあの目の力引き出せていたし、すぐに追いつかれるのでは……」
モルドレッドがかなり青ざめている。青ざめるのは仕方ない。まだ出来ていないという発展魔術も、今後すぐに成長されると冗談抜きで魔術師としての格が上になる。
「あっ、そんなモルドレッドくんに一つ悲報が。彼女、15歳だよ」
自分たちよりも4つ下の情報を聞き、モルドレッドは気絶した。
「マーリンンンン。それはモルドレッドに言っちゃあいけない言葉でしょうが!泡吹いて気絶した!」
「ハーン、えっ、かわいい妹じゃん!あざとさの塊じゃん!」
「ホームズお姉さま!」
完全にホームズが陥落している。
「あれ、これって外から完全にズタズタにされちゃっている?」
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