異邦の客人
フィッシュアンドチップスが売りの新しく出来た店である。内装は新しい店なだけあって、綺麗で手垢のついていない感じだ。まぁ、フィッシュアンドチップスなんてなぁ……
「どう?美味しい?」
「お、美味しいでしゅ……」
自分には全然ピンとこなかったが、ハーンにとっては顔がとろけている程であり、ホームズはさらっと頬つついている。柔らかそうだけども、完全に餌付けをしている飼い主と犬にしか見えない。
「イギリスは飯マズイって聞いていたので、今回の長期滞在に備えて日本から色々持ち込んでいたのですけどもこれならば大丈夫ですね!みんなで食べるのもいいですね!」
イギリスは飯マズイって聞いてたか……事実だな。
「飯マズイは事実ではないわ!」
モルドレッドが間髪入れずにはいる。
「いや事実だろ……」
「それは、あんたたち二人共、味付けもろくにせず食べれば良いのではという怠慢から来ているからだから!」
「不服だ。食事なんぞ食べればすべて変わらん。人に押し付けるつもりなどないが」
自分とモルドレッドの意見は合致した。これは世紀の事件だ。こうして考えてみると一緒に暮らせているのはこういうところなんだろうな。
「……納得いかない。まぁ、そのマズイものはあるけども美味しいのもあるよってことを覚えてくれると嬉しいかなハーン?」
なんだ。そのサラッと出したハーンってのは。
「ハーンってなんだよ……」
助けられた人も戸惑った顔をしている。
「いやー仲がいい感じだったし……しばらくいるならばまた会えないかなって。それで、あだ名的な……?」
「いや、俺のモルドレッドとかあいつのアーサーみたいな感じの内輪ノリを外に持ち出すなよ」
「まぁ、そうなんだけどもあんまり日本人の名前出すっていうのも問題かなっていうのもあってね!」
肝心のその日本人の女の方を見ると涙を流していた。
「あっ、ごめんなさい。嫌でしたか?」
やらかしたな。ホームズよ。
「いえ、むしろ逆でそこまで考えてくださって」
よく分からん。まぁ、だがそういう人なんだろう。
「ただ……」
「ハーンって私はモンゴル人ではないのですけども?」
あーって顔をしている。色々と先回りして考えている悪い癖が出たな。
「それは……パトリック・ラフカディオ・ハーンという方がいまして……その方、イギリスの大学で学んでいたし、その後日本でも教鞭取って、なんやら”かいだん”なるものを学んでいたっていうのをどこかで知ったことを記憶の中から漁っていたのですよ。ダメですかね……?」
「その貴女に付けてくれた名前大事にします……」
完全に置いてきぼりにされているが、二人の間ではそれなりの納得をしているようだった。
「怪談ならば、軽くならば出来ますよ。聞きますか?」
「是非!」
ホームズは知識にすぐ食いつくな……
「……眼の色おかしくないか?」
ハーンの左目の色が青くなっている。
「なぁ、モルドレッド。君の姉さんに相談出来ないか?」
「……姉さんは仕事中だし、マーリンに見てもらった方が無難じゃないか?病気というか害があるのか分からない。ならば幅広く知識のあるマーリンの方が良い」
「そうね。痛みとかはない?身体の調子は?」
マーリンに伝令の魔術を送る。
『マーリン。分からないことがあるが聞いてもいいよろしいでしょうか?』
『いつものつるんでいる三人とも来たよ。すまないが、アーサーだけに取りまとめても?』
ホームズとモルドレッドはうなずく。
『ああ、そのなんて言えば良いのかな。眼が青くなるという現象って何か心当たりありますか?』
『分からないな。分かる範囲でいい。その人やその前後に何が起こったのか説明してくれないか?』
「ここに来たのはいつ頃?」
ホームズが質問をする。それにハーンが答える。
「今日です……今日ロンドンにポータル経由でやってきて、約束の時間まで暇だったので魔術の勉強しに図書館へと向かったです。そこでいじめられて……後は分かるかと」
「というか、約束大丈夫?」
「それは後日にずらしたのでご安心を」
経緯の発言を伝令の魔術で通す。
『ポータル経由ってことは外国人か』
『日本人だ』
『魔力に触れた経験があるか聞いてみてくれないか?」
「ハーンさん。魔力に触れたことは?」
「さっきいじめられた時が初めてです」
マーリンが思考を巡らせているようだ。その間、特にハーンには体調を崩すことや、外部からは目立ったものはない。
『おそらくだが、魔力の耐性がない中で魔術を受けたことによる影響だろうね。身体の中の従来あるであろう魔力でバランスが崩れている。時間で解決出来るかと思うが、念の為だ。私のデスクに来なさい』
「すごい建物ですね……見たことがないものです」
マーリンのデスクに向かうため、大学にとんぼ返りをする。
「日本は全然知らないけども、こういう建物はないの?」
「私の国は、無機質な感じでして……素材の感じを感じ取れるというか。なんか空気全体で満ちているって感じしません?」
日本は全然知らないからそこは置いといて。エーテルは年数を重ねるほどに集積されるという話を聞いたことがある。これが実際明確なのかは断定は出来ていないらしいのだけども、傾向としては語られる。ロンドンでは、そのことも考えて建物は基本的にはそのままを維持して改装をする形を取る。それにロンドン魔術大学に関しては実験などエーテルを行使することもあってか、集めやすい建物設計にしている話も聞いた。例えば対称性だったり、窓があって光を通すと良いだとか。あとは純粋にここの土地が集まる。だから発展した大学になったと。
「もしかしたら空気中のエーテル感じ取れているかもしれませんね」
「エーテルとは?」
結構答えるの難しい質問来たな……
「その質問は私が答えよう。エーテルというのは、大気、大地、万物あらゆるものに籠もっているもの。魔術師はこれらを行使する人でね。実のところ、火水風土にそれらを”補完”するものとして考えられていたけども、今やエーテルの中に火水風土という特性を広く多くの人が引き出しやすいものとなっている」
デスク行く前だけども、ドヤ顔でマーリンは待ちきれずに廊下で待っていた。ワクワクしていると見た。
「やぁ、私は魔術師のマーリン。本名は別にあるのだけども、まぁ表向きに通りが良いのはこっちなのでね。君もそう呼んでくれると助かるよ」
「私は……」
言葉を詰まらせているところで、ホームズが入り込む。
「ハーンってことにしてもらえる?ほら、日本人の名前出すとめんどいし」
「……まぁ、そうだね。本人はいいのかい?」
「私は問題ないです」
日本人狩りの問題はマーリンから少し聞いた。円卓の騎士の仕事として頭に入れておくべき知識だと。
ここロンドンは魔術の最先端の都市である。僕はここの外に出たことはないのだけども、他の国などでは日本が開発している電脳技術が流通しつつあるという。技術面においては詳しくないから置いとくとして、円卓の騎士の仕事として大事な部分としては、電脳技術が広まることで最下層、これまで魔術の才がない人たちの受け皿となった仕事がなくなりつつあるという事実である。さっきのいじめていた人たちが一例なんだろう。
だから、ホームズは個人的に仲良くしていたけども、自分としても知っておきたい人でもある。
「さぁ、中に入ってくれ。汚いが君の身体についてどうなっているか観察させてもらおう」
マーリンの持つ部屋は汚い。その汚さというの本や彼の書き置きが散見しているところにある。後はきれいにしようという意識もないということもある。彼いわく、ここにあるものは魔術で制御できるからわざわざ秩序だって並べずとも実質整理整頓されているから問題なしということ。
「その……なにかしたほうが良いですか?」
「そのままで構わない。一応さっき聞いた感じでは未知の魔力に触れて身体がついていけないということだろうって考えていたが……」
全身の隅々を見る。もちろんいやらしい眼ではないとは思うがホームズの目がスケベなことしたらすぐさまに殴るようなものになっていた。
「その考えに間違いはないだろうけども……君けっこう全身に最適化改造を施しているね。結構な電脳技術者と見た」
一瞬魔力の行使を感じた。相手が魔術に疎いから大胆にやったし、あえて分からせたな。
「その、サイバネティクス改造ってなんだ?」
モルドレッドが質問を投げかける。それにハーンは返す。
「こっちだとあまり普及していないですよね。電脳はご存知で?」
一応と皆は答える。
「身体の動きというのはニューロンと信号で動かされています。ここに目をつけたのが電脳技術。元は中国で発見されたのですが、発展改良したのが日本なので日本の技術と見做されることが多いですけどね。電脳という名前はその名残です。身体の仕組みが分かったので、そこから人間の機能を拡張、改良することにしたわけです。例えばですけども、私の喉には小型の拡張言語機械が埋め込まれていて自動翻訳が出来たりするですよ。声の感じも変えられたりしますね。まぁ、私の身体ベースに発しているので限界はありますが」
そういや気にしていなかったが、流暢な英語を喋っていることに今更ながら気づく。
「失礼だったら申し訳ないが、その技術って最終的に行き着く先は自己が消えないか?」
……
「モルドレッドさん。その考えに関しては、よく議論されています。もちろん人によると思いますけども、私としては選択と改良をする限りは人間であり、自己は存在すると思っています」
選択と改良か……
「興味深いな。今度詳しく教えてくれないか?」
「あっ、アーサー喰い付いているじゃん。で、あんまり話を脱線するのもアレだし、マーリンはそのサイバネティクス改造に思う所あるわけね」
「正直言うと未知数なんだよ。魔術と電脳はそれぞれ別の技術体系でお互いにどう干渉するのか分からない。だから観察がしたいのが本音だね。もちろん許せばだけども」
「それは……ちょっとどうなのかはすぐに答えられないですね……」
「うーんそっか。まぁ、仕方ない。都合がついたら教えてくれ。私はだいたいこのデスクにいるからね」
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