Day 12『坂道』

坂道の怪

 坂道とは、不安定な場所である。物を落とせばコロコロと転がり落ちてゆくし、下り坂はフラフラ勢いがついて転んでしまうこともある。

 坂道は不安定な場。また、不安定な場とは怪異の潜む場所である。つまり、坂道も怪異と出逢う場のひとつ。

 そして、吾輩は怪異である。名前はヒミツだ。人間に対して何か特別なことをするわけではないが、ただ恐ろしく感じる見た目をしている。見た人間を怯えさせる怪異が吾輩だ。


 なのだけど。

 今、目の前にいる人間はちっとも吾輩に驚かない。地面を震わせるようなおどろおどろしい声をあげても、身体を道いっぱい大きく膨らませても、吾輩のことを気にもとめない。真っ赤な顔で息を切らし、必死に坂道を登っている。背中の黒いリュックは日差しで熱々。歩いたあとには、したたる汗が歪な点線を描く。

 どうしてそんなに必死なのか。周りのことなんてちっとも映らない黒くまっすぐな瞳が気になって、怪異らしくもなく、その人間につきまとった。というか、ちょっとくらい吾輩のことも見て欲しい。


 そんなこんなをしてるうちに、人間は坂道の上にある学校へとたどり着く。ここの生徒だったらしい。

『お疲れ様』

 何だか、坂道を登る様子に付き合ううちに、吾輩の中ですこし仲間意識が芽生えたのか、ねぎらいの言葉が自然とこぼれた。一方的な関係とはいえ、ここから始まる友情もあるのかもしれない。


「うっせぇよ!このバケモノが!てめぇのせいで、転校初日に遅刻しただろ!」

 突然、声を荒げる人間。しゃべると思ってなかった生き物が急にしゃべるものだから、吾輩はびっくりして人間の背中から滑り落ちた。そんな吾輩へ一瞥をよこすこともなく、フラフラと校舎の方へと歩いていく人間。

 そんな弱々しい後ろ姿を見つめながら、さきほどの大声の余韻にぼんやり浸って、目を閉じる。意外と好きな声だった。転校してきたと言っていたので、これから毎日あの坂を通るのだろう。

『明日になるのが楽しみだなぁ』

 まだ冷たい日陰のアスファルトに身体を押しつけて、明日の夢を見るため、眠りに落ちた。

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