Day 6『どんぐり』

ドンドン!グリグリ!Don !Don グリ(ス)!~褐色の抗争に陽は昇らない~

 ドンっ!


 低い応接机の上へ乱暴に足が乗せられた。黒い爪先が鈍く光る。


「ヘイ…。友よアミーコ

 約束のブツは、持って来たか?」


 とある建物の一室。窓の外から月が照らす。

 机を挟んでソファが二つ。漂う紫煙が息苦しい。

 そこに座った男は三人。ピリッと空気が張りつめる。


「はい…。ボスカポ


 ひとりの若い男が恐縮しながら、大きなケースを取り出した。年代物の茶色いそれには、白い粉の袋がみっちり…。


「ふむ、よくやった」

 ボスと呼ばれた初老の男エーゾーはニヤッと笑って、何かを投げる。若い男シマは慌てて、それに飛びついた。それは濃い金色の古い鍵。


「金は例の場所に隠している」


 その瞬間、月が隠れて陰がさした。


 ドンっ!!


 大きな銃声が部屋に響いて、シマは思わずギュっと縮こまる。

 恐る恐る目を開けると、そこにはバッタリ机に突っ伏したエーゾー。古い机の木目に沿って、赤い染みがじんわり広がる。


「殺し屋モモだ!」


 シマの相棒、ニーホンが叫ぶや否や、ドンドンドンっ!と大きな銃声が続いた。

「何してんだ!早く逃げるぞ」

 彼は隣でぼんやりしているシマと机の上の茶色のトランクをひっ掴んで、その場をトコトコ逃げ出した。

 ふわっとカーテンがはためいて、冷たい夜風が流れ込む。雲から月が顔を出し、部屋の中を再び照らした。逃げるふたりを追うように。


******************************


「ハァ…っ、ハァ…っ。ヤ…ッバいね!」


 息も絶え絶えに、シマは倒れこんだ。うるさい夜の森の中。月明かりしかない暗闇は、たくさんの虫の声で満ちていた。


「…一体、あの粉は何なのさ?」


 ふかふか落ち葉の山の上。うつ伏せのまま、シマは顔だけニーホンの方へと向ける。


「…C-コナラ」


 彼はじぃっと宙を見つめ、うわごとみたいにつぶやいた。


「C-コナラ。

 俺たち、リスの世界を人間どもみたいなマフィアの色へと染めあげた元凶さ。

 基本的にはボスみたいな権力者の間での取引通貨として使われている。

 …ホイ!」

 ニーホンが放り投げた袋をシマは慌てて掴む。

「その一袋で、だいたいドングリひと月分ってところかな?」

 四角い袋に入ったそれは、そんなに価値のあるものには見えなかった。シマにとってはただの白い粉だった。


「ただ問題なのは、そいつは貨幣となるだけではなく、薬にもなる。一口食えば、十年生きれる。二口食えば、二十年だ。食べれば食べるほど長生きできるワケよ。おまけに身体も力も強くなる。

 ただその代わり、無限の欲望に苛まれ続ける。食欲、性欲が強くなるのはもちろん、何故か他人の持ってるドングリばかりやたらと美味そうに見える」


「…他人のドングリが?どうして?」

 シマの疑問にニーホンは首をすくめた。

「さぁ?とにかく、自分でドングリを持っていても他人のが欲しくなっちまうんだよ。


 あと、死への恐怖も強くなる。…その欲望は食えば食うほど強くなって、それはずっと死ぬまで続く」


 ふたりの頭上で枝がざわざわ揺れた。シマはぎゅっと首をすくめて、揺れる枝をじっと見つめる。


「つまり、コナラは俺たちのお金であり、麻薬なのさ…。

 まぁ、そうは言っても俺らはジャンキーじゃあねぇ。ボスの金ももらって、トンズラしちまおうぜ!」


 ニーホンは白い歯を見せて、ニィっと笑った。シマは何だか嬉しくてなってしまって、ピョンと跳ね起きる。そして、足でリズムを刻んだかと思うと、突然歌いながら、踊りだした。


 〜♫リスの森のマーチ♬〜


(♪ジャン♪ジャン♪ジャン♪ジャン♪)

(♪ジャン♪ジャン♪ジャン♪ジャン♪)


 ここは〜静かぁ〜な♬

 夜の…森!(Hey!!!)

 月がぁ〜照らすぅのは〜♪

 黒い…影!(Woo-hoo!!!)

 そこにぃい~るのぉは〜♪

 ボク…たち!(Yeahhhhh!!!)


(Everyone join in! HEY!)


(リース♪リース♪リース♪)

 ボックたちは〜♪

(リース♪リース♪リース♪)

 可愛い毛皮〜♪

(リース♪リース♪リース♪)

 リースwreathじゃないぞぉー!

(リース♪リース♪リース♪)

 栗鼠リスぅーだゾ☆


 …あまりに夢中に踊っていたシマは、調子に乗ってうっかり強く地面を踏みしめてしまった。


 ドンッ!


 側の木が揺れ、びっくりしたオオクワガタがボトボトボトボトっ!


「コラーっ!森で暴れるなクワーっ!」


 堕ちてきたオオクワたちは黒光りしたアゴを振りかざす。


「うるせぇーっ!」


 叫び声とともに、彼らに向かってドングリが投げられた。…ニーホンだ。

 隣で息を飲んで、縮こまっているシマと違い、彼はとても喧嘩っぱやい。


「クワガタの癖に『クワ』って語尾につけてんじゃねぇ!アヒルか、この野郎!!」


 とはいえ、オオクワたちの数は意外に多く、敵わないとふんだのか、捨て台詞を放つとさっときびすを返して、駆け出した。


「えっ!待ってよ、ニーホン!」


 暗い森を駆けるふたりのリス。明るい声が闇に響く。夜の帳はまだまだ上がらぬ。

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