Day 5『秋灯』
夜長に灯る君が明かり
ほんのり白い空の下。闇が迫って、虫が唄う。
うるさい夏は逃げ去って、涼しい風が舞い踊る。
秋の夜長に
ギィーっと叫ぶ犯人は、端に
寂しく揺れる男児を乗せて、不協和音しか鳴らさない。
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『人身事故の影響でダイヤを変更しております。お急ぎのお客様には、大変なご迷惑を――…』
満員電車の中で、俺は奥歯を噛みしめた。
キィーッと響く悲鳴みたいな音を合図に、電車が止まって三十分。そろそろ怒りが沸きだしそうだった。
隣の高校生は、俺にもたれてスマホをしてるし、後ろのおっさんは舌打ちでリズムを刻み始める。離れた場所では罵声が聴こえた。
…不快なのは、一緒なのに。
俺も一緒に喚きたい。
…せっかく定時退社ができたのに。心の中で、俺も大きなため息をつく。
…息子と一緒に夕飯を作る約束したのに。
仕事と育児。どちらもこなすは難しい。
大嫌いな両親が、高圧的だったワケが少し分かる。俺は子どもに威嚇しないけど。
俺はシングルファザーの会社員だ。妻は恋に夢見て、どこかに消えた。俺の元には可愛い息子だけが残った。
ひとりでも幸せにしてやると、ここまで頑張ってきたつもりだが、もうそろそろダメかもしれない。
窓の外の電灯を見つめて、つい俺はギュっと目をつぶった。
いつも彼には我慢をさせている。お弁当は冷凍食品の詰め合わせだし、お迎えに行くのはいつも最後だし…。
暗い静かな園庭で、白い灯りが照らすは我が子。ブランコの音が寂しく響く。
尖った唇は明後日の方へ。眠い目玉はこちらを見ない。
拗ねた我が子は憎いけど、愛しい息子にゃ変わらない。
彼の好きな弁当を買って、彼の我が儘にゃ付き合わない。
彼との大事な約束を破って、彼のために働いて。
「ムリムリスキスキ。ママママカネカネ。
チチチチニクニク。ムキムキスリスリ」
口から静かに音が漏れて、周りの音が静かになった。
…そうだ。保育園に電話しないと。
「すみません!保育園に電話します」
満員電車に奇声が響く。返事はないまま、空気はピリッと。
昏い瞳でスマホを探す。
窓の外は暗いまま。満員電車は停まったまま。
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「今日もタカシくんのお父さんは少しお迎え遅くなるそうよ」
先生たちの声を聴いて、ボクはこっそり外に出た。
ちょっと前まで、ジィーっと鳴く虫の声でうるさかった園庭。まだ虫は鳴いているけれど、この虫は何だか囁いてるみたいだ。
『ジーっと鳴くのは、オケラとクビキリギス。秋の虫は、コオロギ、スズムシ、マツムシ…』
お父さんの声を思い出すと、もう待てなくて、ぐにゃぐにゃ、周りがボヤけて見えた。
秋の虫はたくさんいるけど、ボクはひとりでブランコを漕ぐ。合いの手気分の金属音。
闇の中をカシャカシャ響く。自転車の音が通り過ぎる。
夜空に星はたくさんあるけど、月はひとりでまん丸笑う。黄色い明かりは、日の光。
ビカっと何かが光った気がして、顔を下ろすと白い光。見えないほどに眩しくて。
ボクを映すビームは
だけど、ボクは幸せで。夢の先に熱が光る。
しかし、知るのは先のお話。星の光は過去の残像。
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