Day 2『屋上』

ぽぽっと昇れ!虹より先に

【立ち入り禁止】


 どこの学校でも、屋上に出る扉にはこの紙が貼ってあるんじゃないかと思う。

 ただ、ウチの学校はちょっと変なんだ。聴いてくれる?


 怪談話なんかでよくある『学校七不思議』ってあるでしょ。

 怖い話を本で読んで、自分の学校にもあるかな?って、先生や先輩に聞いてみたら、別にそんなのは無くて、ガッカリした経験ない?


 …僕も前の学校のときにガッカリしたんだ。

 でも、この学校に転校してきて、びっくりした。

 だって、先生たちの口から聞いたから…。


「屋上に出ちゃダメですよ。

 小学生がここの屋上に出ると、誘拐されてしまうっていう七不思議があるんです」


 …なんて、校長先生まで大真面目な顔で言うんだよ。信じられる?

 特に男の子がダメらしい。だから、大人でも男の子と間違えられそうな格好の人は絶対屋上に行かないんだって。

 だから、男だけど白髪で禿げてる校長先生はしょっちゅう屋上に居るのを見るけど、短髪のよく似合う山本先生は女でも行ったことないって言っていた。成長の早い高学年の女子とかは大丈夫らしい…。

 ちっともワケが分からない。


 こんなことを言うのは、実は僕が天文クラブに入っているから。

 ウチの学校の天文クラブは、夏休みに星座を見たりもするんだけど、こんな七不思議のおかげで、僕たち男は屋上から見せてもらえないんだ。女子たちは行かせてもらえるのに…。

 地上からだと街灯の明かりがあるから、やっぱり屋上からの方がよく見えると思う。


 天文クラブの担当は山本先生なんだけど、先生も出られなくて、代わりに校長先生が女子たちの付き添いをしてる。

 先生はそれが何か心配らしい。


「七不思議なんて言って、ホントは自分が女の子に囲まれたいだけじゃないの」

 この前、ボソッと呟いたのを僕は聴いてしまった。

 山本先生はすぐにハッとした顔になって、笑って誤魔化していたけれど、僕も七不思議なんて信じてない。迷信と一緒で何か大人の事情があるんじゃないかと思うんだ。


 僕がそういうと、先生は真剣な顔で僕の目をじっと見つめた。

「…高橋くん。七不思議の正体を明かすのを手伝ってくれない?」


 ちょうどそのとき太陽が雲に隠れて、僕はぶるっと震えてしまった。気温がキュっと下がったような気がした。まるで僕らを引き留めるみたいに。……多分、たまたま。多分、気のせいだと思うけど。


******************************


 とにかく、そういうわけで僕たちは今、屋上に続く扉の前にいる。

 先生の作戦はこうだ。

 まず、禁止されている山本先生がひとりで屋上に出る。それから、校長先生を呼び出して、それで何も起こらないことを見せつける。それで、僕も今度から屋上星見会に参加させてもらえるように交渉する。

 実際に何か起きる可能性も考えて、作戦は晴れた昼間のうちに。念のため、僕は屋上に出ず、校長先生への電話を担当することになった。電話しているときに何か起きたら大変だからね。


「さっきちょっと雨が降ったから、もう今日は中止にしようかと思ったけど、晴れてよかったね」

 少し緊張しているのか、先生の声は少し震えていた。


「…ふぅ。よし!開けるね」


 扉を開くと、ぶぉっと空気が外に流れて、僕まで屋上に出てしまいそうになった。

「わぁっ!大丈夫?」

 僕は中から見守る予定になっているのだ。黙って先生にうなずいて、僕はドアの陰に隠れた。ここなら、吹き飛ばされることはない。


「…こういうのが危ないからかな」

 自分に言い聞かせるように呟きながら、先生は恐る恐る外に出た。雨上がりの屋上は、キラキラ日の光が反射して綺麗だった。


「わぁ、虹が出てるよ。見て、高橋くん」

 先生が振り返って微笑んだとき、誰かの声がした気がした。低い声だったので、校長先生がもう来たのかと、びっくりしたけど、近くに他の人の気配はない。


 ドキドキしながら、山本先生の携帯電話で校長先生に電話をかける。


「あれ?もう校長来たの?」

 先生の声に振り向いた瞬間、僕は言葉を失った。


「ぽぽぽ?」


 大きな麦わら帽子を被った白いワンピースの女性がこちらを見ていたから。屋上の金網の向こう側から…。


 僕の顔を見て、先生も何かを察したのか、さぁっと青ざめる。ガチガチに固まった顔でゆっくり後ろを振り向くと、女性を見て腰を抜かした。


『…もしもし。もしもーし!』

 いつの間にか、落としてしまった先生の携帯から校長先生の声がした。


 だけど、僕は先生と女の人から目が離せなくって固まっていた。


「ぽぽぽぽぽ…」


 女の人はガシガシ金網を登って、こちらに来ようとしている。帽子を被った彼女の顔は逆光みたいに真っ暗で、よく見えなかった。でも、なんだか笑っているような気がした。

 先生は腰を抜かしたままで、手足をバタバタ動かしていた。声も上手く出ないのか、息の仕方も忘れたみたいに、ひゅーひゅー音が口から漏れていた。


「ぽぽ、ぽぽぽ、ぽぽ…」


 金網からを乗り越えた彼女の頭は金網よりも高かった。

 低い声で何か呟きながら、彼女はどんどんどんどん近づいてくる。


 と、廊下からも何かが凄い勢いで迫って来る音がした。


「やだあぁああぁあぁあぁあぁああ」


 僕はもうパニックなってしまって、叫び声をあげながら、勢いよくおしっこを漏らした。あっという間に、ズボンが温かく重たくなっていく…。


 そのとき、


「ストーップ!」


 と廊下を走る人が叫ぶのが聴こえた。でも、急にそんなことを言われても、僕のおしっこは止まらない…。


「…ちょっと…待って」


 ようやく、おしっこが全部出切った頃。息を切らして校長先生が走ってきた。


「ごめん!八っちゃん!ちょっと…待って」


 くたくたの様子で、そう言って屋上に飛び出した校長先生は、押し込むように山本先生を中に入れると、再び屋上に出て、扉を閉めた。

 僕たちはぐちゃぐちゃになった顔を見合わせた。先生も怖かったのか、ちょびっと鼻水が出ていた。

「保健室…先生の着替えも貸してもらえるかな…?」

 先生はかすれた声で呟いた。扉の前は温かい液体でびしょびしょで、座り込む先生の服も濡らしてしまっていた。


******************************


「ごめんなさい」

 借りたジャージに着替えた僕たちは、校長先生にミッチリ叱られた。

「…七不思議に拐われるからって言ってるでしょうが」

 綺麗なふさふさの銀髪が乗っていた校長先生の頭は今はもうツルッとしていた。屋上の七不思議、八尺様へルール違反のお詫びとして、『差し上げた』らしい。


「人間社会の法律と同じで、怪異との間にもルールがあるんだから、こういうのはちゃんと守ってもらわないと…」


 不意に部屋が暗くなった気がして、振り向くと窓の外を白い影が横切った。


「高橋くん!ちゃんと聴いてるの?」

 ぶるっと震えて、何度もうなずく。あんな怖い想いはもうたくさんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る