第24話 月虹

京都の夜空に、月虹が光っていた。

月にかかる虹を見たものには幸福が訪れるという。今年の夏は『パパ』とハワイのマウイ島に遊びに行って月虹を見た。『パパ』は大仰なカメラを使って写真を撮っていた。彼が語るカメラのうんちくは1つも覚えていないが、月虹は綺麗だったな、彼女は夜のベンチで一人、腹を撫でながらぼんやり思いだす。

 キラキラした女子大生生活に憧れて上京したが、家庭教師のアルバイトだけでは最低限の生活を営むだけで精一杯だった。『パパ』とデートをすれば、お金がもらえて欲しいものが手に入れられた。初めは食事をするだけだったのが、もっとサービスしないと他の子に変えるよと煽られて、どんどん『パパ』との関係がずふずぶになった結果、彼女は妊娠した。『パパ』は妊娠がわかった途端にとんずらし、両親に相談もできず、中絶する費用も無かった。パパからのお金は全部アクセサリーやスイーツやらに使ってしまって、貯金しておこうなど全く考えていなかったのだ。産むことなどもっと考えられなかった。

 月虹が京都の夜空に光っている。幸運の象徴だというそれは、自分を嘲笑っているように、彼女には思えてならなかった。八方塞がりの自分に、これから幸運が訪れるなんて……

「あらまあ、お嬢さん。こんな夜更けにどないしたん?」

 不意に声がかけられて、彼女が振り向くと、上質な着物を纏った、眼鏡をかけた妙齢の婦人がこちらを見ていた。年齢は自分より上だとは思うが、肌はつやつやで、何歳なのか判断がつかない。

女子大生は、婦人が身に付けているものやちょっとした仕草の品の良さなどを一目見て、この人はお金持ちだ、とわかった。パパ活を始めてから、そういう嗅覚は妙に鋭くなっていた。

「……若くてかわいいお嬢さん、よろしかったら、何があったか話してくれへん? ほっとけないわ。」

 婦人の頭上には月虹が輝いている。

 話しやすい不思議な魅力がある婦人に言われるまま、彼女は自分の今の状況を語った。

「……なるほどねえ。周りに知られんうちにお腹の子をおろしたいんや?」

「はい……こどもなんていても困るし……」

「さよかさよか~大変やったねぇ。」

 婦人はレースの手袋で覆われた手で女子大生の肩を撫でて。

「ええ方法があるんよ。ついておいで」

 婦人に言われるまま、女子大生は夜の京都の小路に入った。

 よかった、こんな親切な人に出会えるなんて、自分はやはり幸運だったんだ。

 感慨深く夜空を見上げた彼女の首元に、婦人は無言でがぶりと噛みついた。



「いやだアアアアアア!!痛い痛い痛い!!なんで?!!なんで!!」

 婦人に足から尻にかけてバリバリと喰われながら、女子大生は絶叫した。抵抗する間もなく、気がついたら彼女は婦人……いや、怪異に下半身を文字通りむしゃぶりつくされていた。もう脛骨が露出してしまっている。

「お腹の子を殺したいんやろ? せやったら母胎ごとうちのごはんになって死んだらええ。何の役にもたたずに野垂れ死ぬよりよっぽどええ」

「なんで私がこんな目にあわなきゃいけないの!? みんなパパ活なんてやってるのに! 私を孕ませたアイツだって悪いじゃん!なんで、」

「そんなんうちに言われてもなぁ」

 バケモノにとって食べる人間の善悪などどうでもいい。ただ旨いかどうかだけが大事なのだ。

「月虹が出てるとき、流星群がふる日……夜空に変わったことが起きると、ほいほい深夜に出歩くヒトが出るもんやけど……いやあ、子持ちのメスやなんて、ラッキーやわぁ。妊婦さんって滅多に夜中に出歩いてくれへんからねぇ。ほんまに……」

 怪異は上半身だけになった女子大生にニタリと笑った。

「お月さんに虹がかかる夜は、ええことがあるわ」 

 白い月と虹に照らされて、怪異の口もとの血はぎらぎらと輝いて見えた。

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