第23話 レシピ

 有栖川徹雄に与えられる食事の料理方法は、他の家族に向けたものとは異なっていた。

 フグ、トリカブト、スズラン、有栖川家に伝わる秘薬など、ありとあらゆる毒を、少しずつ正確な分量で混ぜながら食事を作るよう、料理人たちには細かい調理法が書かれた紙が週に一度配られた。

 分量に一匙も狂いの無いよう、定めれた手順を決して間違えぬよう、細心の注意を払いながら、有栖川徹雄の食事を作った。それは料理というよりも、精密な科学実験のようであった。

 徹雄の食事の料理方法を事細かに指示するのは、有栖川家当主。徹雄の祖母にあたる。

 徹雄の兄は、有栖川の当主たる祖母がみずから、弟のために毎日の料理方法を事細かに指示する事に憤りを感じていた。彼はできの悪い弟が嫌いだった。

「お祖母さま、私には解りかねます。なぜ、あのでき損ないの為に、お祖母さまみずから毎日の献立を指示するのに心を砕いておられるのか……」 

 さっさと致死量の毒を盛って殺してしまえば良いのに。と、彼は本気で訴えた。

 孫の訴えに、当主は静かに尋ねる。

「おぬしは有栖川当主たる私の行動に不満があるのか?」

 言われて、彼は狼狽した。

「とんでもないことでございます。私はただ、お祖母さまのお手を煩わせまいと……」

「私が無意味で愚かな行動をしていると言いたいのか?」

「! 滅相もございません。お許しください、お許しください……!」

「……もう良い。下がれ」

 孫は逃げるように当主の部屋から去ってしまった。内心、彼女は残念に思っていた。ここで引き下がらない気骨を見せてくれたなら、彼に秘密を教えてやっても良いと思っていたのだが。

「……まだまだじゃの、あいつも。」

 当主は、ひとりごちて立ち上がると、ネズミのような姿をした低級怪異を入れた籠を棚の上から下ろした。続いて戸棚をあけて、小瓶を取り出す。中にごく少量入っているのは、採取した徹雄の血液だ。

 当主が、籠の中に、瓶に入った血液をぽたりと落とす。獣は吸い寄せられるようにそこに近づいて、血だまりの中で止まった。

 程なくすると。獣はひっくり返ってもがき苦しみ、小さな脚をばたばたと動かしてそのまま絶命してしまった。

「ふむ……予定どおりじゃな」

 当主は特に感慨もなくそう呟いた。

 徹雄の食事を徹底管理することで、彼の身体を、怪異にとって旨そうな、全身猛毒の身体に育て上げる。このまま成長させ、16歳になった暁には――。

「あと6年か……何、もうすぐじゃ。もうすぐ……。」

 


※ ※ ※

「……テツオさんってホントにコンビニ飯ばっかりですね……」

 青年はテツオの部屋のゴミ箱を見て言う。見たいわけではないのだがどうしても目に入ってしまうのだ。

「僕が女の子に作る料理のあまりをあげても良いのに」

「だからそれは嫌だっつってるだろ。人が作ったメシって安心して食えねーんだよ。」

 言いながら、テツオはコンビニで買ったおでんのつゆを、旨そうにずるずると飲み干したのだった。


 

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