第18話 旬

「テツオさんの旬っていつだったんですか?」

「ハァ!?」

 喫茶店で注文した、旬のフルーツを使ったパフェを眺めながら、考えたことが口から出てしまっていたらしい。まずい、とても機嫌を損ねてしまったような気がする。

「いやっ、違うんですテツオさん!! ただ、僕はテツオさんにも食べ頃があったのかどうかを知りたくてですね」

「帰るわ」

 テツオさんは注文していたサンドイッチの残りひとつを口に押し込むと、立ち上がって行ってしまった。もともとおごるつもりだったのでいいんだけど、ちゃんとタダ飯は全部食べていくあたりさすがだ……。

 

初めてテツオさんに会ったときは、彼はまだこどもで、しかも痩せていて、何より僕はヒトの食べ方を知らなかった。

再会したときには、人間としての食べ頃はとうに過ぎたおじさんになってしまっていた。

……正直、しくじったな。と思うときは時々ある。

生き物はすべて、旬を過ぎたらあとは腐り落ちていく一方だ、とこの前会ったときにトウコさんは言った。

いつも相手の一番美味しいときを逃さない彼女らしい言葉だ。

『あの腐りかけの中年清掃員と、おぬしはどうして一緒におるんじゃ』

 素朴な疑問だといった風のトウコさんに、僕はあまり深く考えず、「食べ物にはならないけど、一緒にいると意外と楽しいので」と答えた。それにトウコさんは是非を言わなかった。ただ一言だけ言った。

『旬が過ぎたらあっという間じゃぞ。』


「テツオさんごめんなさい~!」

 会計を済ませて店を出ると、早足で歩いているテツオさんの背中が見えたので僕はヒトの速度で走っておいかける。

立ち止まったテツオさんは、じっと睨んでしばらく黙っていたが。

「……さっきの、悪いとは思ってんのか」

「正直何が悪いのかはわからないんですけど謝っといてあげるかと思って」

「だと思ったわ!! ……あー、まあ良いや、バケモンにはわかんねえだろうしな」

「?」

「今度寿司おごれよ」

 ため息混じりに言うテツオさんにとりあえずホッとした。


※ ※ ※


「テツオさんの旬っていつだったんですか」

そう訊かれて妙にカンに障ったのは、俺にとっての旬というか、全盛期と言える瞬間はこれまでに一度も無かっただろう、と嫌味を言われた気がしたからだ。

 退魔師の家系である有栖川に生まれながら破魔の力を持たない落ちこぼれだった自分は、いつも身を縮めて生きていたこどもで。実家を出てからも生きるために必死だった。今が人生で一番落ち着いているが、その日暮らしで貯金はほとんどなく、この先体を壊したらどうなるかわからない、という漠然とした不安が常に付きまとっている。

 将来が安泰だったなら、今が旬だよと軽口をたたく余裕はあったのだと思うが。ヤツに旬はいつだったのだと訊かれて、もうお前は堕ちる一方だと宣言された気がしたのだ。

……くだらねえ。バケモノがそんなことまで考えているはずがないというのに。

 今さらこの先人生が好転するとも思っちゃいない。せいぜい、ヤツにタカれるだかタカるとしよう。

どうせコイツだって気紛れで付きまとっているだけで、すぐに飽きるに決まっているのだから。




 


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