第14話 裏腹

『聞いてくださいよトウコさん、この前ちょっとテツオさんが寝てる間にちょっと舌を味見してみたら、舐めただけでめちゃくちゃ不味くて、しかもテツオさんにあとでバレてすっごく怒られたんですよ~! まあ病気移しちゃったのはちょっと悪かったかもしれないけど、ひどくないですか!? 普段親切にしてあげてるのに!』

『テツオさんにタバコやめてって言っても全然聞いてくれないんですよ。お前に食われるくらいなら肺癌で死んだほうがマシだって、僕はテツオさん食べる気は無いのに』

『テツオさんが(』


「お主はほんにあの清掃員が気に入っておるの……」

 チェーン店のコーヒーショップで、青年とのこれまでの会話を思い返しながら、スレンダーな黒髪の美女……トウコはしみじみと言った。対する青年もこれまた整った顔立ちの、スーツを着たサラリーマン風の青年で、周りの人間はお似合いのカップルだと信じこんでいたが、二人は人を食う怪異の同胞同士で、話題になっているのは特に美しくもない清掃員の男である。

「そこはまあ、ほら、ちょっと不細工な動物のほうがペットにしたらかわいいみたいなところ、あるじゃないですか。あれですよ。」

「……まあ良いわ。で、今日は清掃員がお主の連絡になかなか返事を寄越さんという話じゃったか」

 つい過去の話が脳裏を駆け巡ってしまったが、今日の青年の愚痴は『テツオさんにメッセで連絡しても全然返事が来ない。訊いたら、めんどくさいから返してないと言われた』というものだった。中学生の悩みか?とトウコは思った。

「恋は駆引きも楽しみの一つじゃぞ。気持ちとは裏腹に押して駄目なら引いてみろ、たまにはお主から突き放してやったらどうじゃ」

「え!? いや、恋じゃないんですけど……」 

「違うのか?」

「そんなわけないじゃないですか~。テツオさんは綺麗な女の子じゃないし不味いしガサツだし……ちょっとおもしろくて放っておけないから目が離せない珍獣っていうか……」

「……まあ、とにかく、お主は少しヤツに構いすぎじゃ。たまには『もう連絡しません』くらい言ってやれ」

 だいたい、自分の同胞が、下等生物相手に、しかも特に美しくもない人間にこんなにも翻弄されているのは目に余る、とトウコは前々から思っていた。恋でもペット扱いでもなんでもいいが、主導権はこちらが握るのが当然だろうと思う。

 青年はトウコの言葉を受けて、少し考えるとメッセをぽちぽちとうち始め、こんな感じでどうでしょう、と画面をトウコに見せた。『僕も忙しくなってきたので、もうテツオさんにはメッセ送りません。迷惑かけてごめんなさい』

「おお、おお、これならヤツも少しは反省するじゃろ」

「はい、普段女の子の気を引くときを思い出してみました」

「なんでそれを普段清掃員にできないんじゃ……」

 とりあえずそれを送らせると、またコーヒーを飲みながら世間話を始めたが、青年は卓上のスマホを見ながらそわそわしている。

 5分ほど経った頃。

 青年のスマホがブーブーと音を立てて震えた瞬間、彼はかるた大会のごとく素早くスマホを手に取り、画面をチェックし始めたので、トウコも横から覗きこむ。青年は特にそれを止めずに一緒に見た。

『自分がおととい送ったメッセ見てみな』

「……おととい?」

 青年か首をかしげながら画面を操作するのをトウコは見守った。

「……これかな?」と言いながら青年がトウコに見せたのは。

『テツオさん全然返事くれませんね!!もう連絡しませんから!!』という青年からのメッセ履歴だった。

「……お主いつものことかーーァ!! 清掃員から完全になめられとるぞ!」

「ええっ、そうなのかな……」

「そうじゃ!しばらく向こうが恋しがるまでホントに会わないようにしたらどうじゃ」

「でも今日ごはん食べる約束しちゃいました……」

「何なんじゃお前ら!!」

 

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