第13話 うろこ雲

 うろこ雲は吉兆だとかいやいや地震の前触れだとか、人間は空模様ひとつにさまざまな意味を見出だそうとするのが何とも微笑ましい。

 昨晩いただいた女の子が、そういった話が大好きで、食べるまでの間にいろいろと迷信めいた話を聞けたのはおもしろかったなぁ。

 うろこ雲は龍神が空に現れた証なんだと聞いたときはちょっと笑ってしまったものだ。

本物の龍神は深い海の底にいるし、有象無象の人間たちにはほとんど無関心だというのに。あと個人的には地震もあんまり関係ないと思う。


 自分には幸運の星がついていると信じて、僕をはじめ周囲の人間に、破魔の力も妖力もないただの水やら石やらやら壺やら布団やらを押し売りしていた彼女は、昨晩自分が喰われるとき信じられないといった顔をしていた。いや、たいていの人間は自分が食われる想定なんかしてないのでみんな驚くんだけど。見えない力に守られていると信じるために常に何かを盲信していた彼女が、最期のときになってすがれるものが何もないと気がついたときに、やっと見せた焦りの表情、生存本能に喘いで必死になった動物らしい目がちょっとおもしろかった。

 結局のところ、彼女も含めて人間は、明日はどうなるかわからない我が身の無事やちょっとした幸運を祈るために、自然現象に吉兆を見いだすのだろう。それが人間のかわいらしいところだと思うと言ったらテツオさんには「お前ホント嫌なやつだな」と言われた。褒めたのに何故……。

 まあ吉兆やらはさておき、うろこ雲が出ているなら近々雨には気を付けよう。さて、おいしい肉も食べられたし、今日の外回り営業は気持ち良くできそうだ。

 けっこう気に入っている人間のサラリーマン稼業を満喫するために、僕は会社に向かって歩みを進めた。

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