第9話 神隠し
「だから何でも僕のせいにしないでくださいよ!」
「日頃の自分の行いを考えろ!」
定食屋で整った顔立ちのサラリーマンの青年と、よれよれのジャケットを着た中年の男性が言い争いをしている。
珍しい……と常連客と店員は内心思った。いつも青年の方は柔和な笑みをたたえ、中年男性相手に声を荒げることなどないからだ。
「なんじゃなんじゃ、やめんか。他の客に迷惑じゃろ」
そう言いながら二人に近づいてきたのは小学校低学年くらいの美少女だ。サラサラの黒髪をまっすぐに切り揃えたこの少女を見て、青年のほうは「あ、トウコさん~!」とすがるように声をかけ、中年男性のほうは見たくないものを見たかのような顔をして、小さく「げっ」と声をあげた。
他の客に迷惑、というトウコの言葉を受けて、二枚目の青年のほうは小声になってトウコに不平をぶつけた。
「ひどいんですよ、テツオさんが例の誘拐事件はお前の仕業じゃないかって言うんです……!」
言いながら青年が指差したのは、定食屋に備え付けられたテレビだ。ついているのはニュース番組で、先日8歳の女の子が忽然と姿をくらまして行方不明になった事件を報道している。
「一応確認なんじゃが本当に心当たりはないのか?」
「無いですよ~!僕の好みは適度に肉がついた成人女性だってトウコさんも知ってるでしょ!?」
「はは、冗談じゃ」
何より、目の前の青年ならこんなニュースになるようなヘマなどせず、もっと上手くやるだろう、とトウコは思ったが口には出さないことにした。
トウコに泣きつく青年を見て、中年男性……テツオは、はぁと息をつく。
「てめえの日頃の行いを考えりゃ疑われてもしょうがねーだろうが」
「ふざけないでください、僕は18歳以下の人間は襲わないって決めてるんですから!」
「どうだかな……」
「わーんトウコさーん!!」
「まあまあ……私はテレビに疎くてよう知らんのじゃが、どの辺で起きた事件なんじゃ」
トウコの言葉に、青年は女の子が行方不明になっただいたいの場所、被害者の女の子の特徴、それに近頃うろついていたという怪しい男の背格好や服装など、連日のニュースで報道されていたことを伝えた。
それを聞いていたトウコの顔色が変わる。
「……今、左手に、髑髏がデザインされた金色の腕輪、左耳の至るところに金のピアスと言ったか」
「あ、はい、ニュースによれば……あれっ、トウコさん!?」
トウコは青年とテツオを残して、一目散に定食屋を飛び出してどこかに走って行ってしまった。
カーテンを締め切った暗い部屋の中で、手足を縛られ口にガムテープを貼られた幼い女の子が震えて座っている。
左手に髑髏がデザインされた金の腕輪をはめ、左耳の至るところにピアスをした男は女の子の行方不明事件が報道されているテレビ番組を見てケラケラ笑っている。
「アハハ、大ニュースになってるよぉ? お母さんのところに帰りたい?」
こくこくと涙目でうなずく少女に男はニヤリと笑う。机の上に無造作に置いてったカッターナイフの刃をカチカチと音を鳴らして出すと、いきなり少女の顔に向けてぬっとカッターを突きだした。
「じゃあ俺といっしょに楽しくて気持ちいいことシようねぇ?」
怯える少女を見て、男は悪魔のように笑う。恐怖で抵抗できない少女を立たせると、スカートに手をかけようとした、まさにその時。
「こうすけ」
不意に、男の背後から少女の声が聞こえた。目の前で怯えている少女のものでは、ない。
男が恐る恐る振り返ると、黒髪を切り揃えた美少女がこちらを睨んでいる。部屋にはしっかりと鍵をかけたはずだった。いや、鍵が開いた音などしなかった。なのに、どうして。
「と、トウコちゃん……!?」
こうすけ、と呼ばれる男はトウコを知っていた。数ヵ月前、街で声をかけたのだが、彼女の底知れぬ不気味さに恐れをなしたこうすけが、トウコの前から姿をくらましたのだった。
「ねえ、その女、誰? 私の前からいなくなったと思ったらこんな子に浮気したの?」
ずんずんと歩いてこうすけに迫り来るトウコ。小さな少女にたいして、こうすけは恐怖に震えた。
「な、なぁトウコちゃん誤解だって……この ガキは金目当てで誘拐しただけだ、好きなのは君だけだ」
「……本当に?」
男は首がちぎれそうなほど何回も首を縦に振る。それをじっと見つめていたトウコはようやく笑顔を見せた。
「良かった……嬉しい。じゃあ、邪魔なやつは早く部屋から追い出して。二人きりになりましょう?」
「ハ、ハイ……」
こうすけはぶるぶる震える手で、誘拐した少女の拘束をすべて解くと玄関から押し出した。少女はちらりとトウコを振り返って言う。
「助けてくれたの……?でも、あなたは……?」
「貴様のことなどどうでも良いわ!!消えろ!!」
「ヒッ」
トウコの剣幕に怯えて、少女は転がるように走って逃げていった。
カーテンが締め切られた部屋のなか、ニュース番組がついたテレビの明かりがぼうっと光り、トウコの顔や体をうっすらと照らしている。
「こうすけ」
怯えるこうすけににっこりと微笑んで、トウコは彼の頭を優しく包むように抱き締める。
「これからは浮気なんて考えられないくらい、ずっとずっと、私だけ見ていてね。愛しい人」
トウコの白くて細い腕が、切れ味の良い鎌の形に変わっている。
「え、待っ………ギャ、」
トウコが右手をこうすけの首の後ろに回して、鎌にかわった腕をさっと引くと、男の首が胴体から離れ、主を喪った胴体がどさりと床の上に落ちた。
「ア、アアアーーァッ!!!!アッアッアーーーー!!!」
トウコに抱きかかえられた男の生首は、血を噴き出しながら力なく横たわった己の胴体を見て絶叫した。男の首の断絶面からは血が止めどなく流れていたが、生首はトウコの力によってまだ息をしている。
「さあ私と一緒に行きましょう、こうすけ。大丈夫、私があなたを幸せにしてあげる!」
「アアッアッアッ」
「ん、ああ胴体は私が食べておいてあげる!誰にも渡したくないもの」
そう言うとトウコはこうすけの首をテーブルの上に置き、いとおしそうに彼の胴体をむしゃむしゃと喰い始めた…………。
※※※
その日の夕方、速報で行方不明になっていた少女が無事に保護されたことが全国的に報じられた。
翌日の朝もそのニュースで持ちきりだった。
「女の子、見つかって良かったですね~!」
仕事あがりのテツオについて定食屋に入った青年が爽やかな笑顔で言う。
「ああ、無事に戻ったんなら何よりだな」
一方のテツオは仕事あがりの疲れた顔のまま、青年に相槌をうっていた。
「男に監禁されてたけど、当の男がまだ行方不明なんですって。怖いなぁ。テツオさんも気をつけてくださいね」
「いや少女誘拐犯がオッサン狙うわけねーだろ……」
「あ、そうそう。これで僕を疑うなんてお門違いだってわかりましたよね!? もう無闇に疑わないでくださいよ!」
「へいへい……」
青年を鬱陶しく思いながら、確かに何でもこいつのせいにしようとしたのは少し悪かったかな、とテツオは思いながら朝の焼き魚定食に箸をつけた。
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