第7話 引き潮

潮が引いた片瀬海岸から江ノ島にかけて砂浜をぶらぶらと歩く。

普段は海に覆われているここで、子連れの家族や女子学生の友人同士がはしゃぎながら歩いている。

足元を見れば、小さなヤドカリやらカニやらがちょこちょこと動いていてかわいらしい。

いつもは海にかかっている橋が、潮が引くと意外と高さのある橋だったことに少し驚いたりする。

 潮の満ち引きは、僕が生まれる前からずっと変わらぬ自然の営みで、ヒトや景色だけが目まぐるしく変わっていく。

 移り気で儚い人間たちの有り様を嘆いたり嗤ったりする同胞も多いけれど、僕は見ていておもしろいと思う。 

「てめえ!人に買い物させといて勝手にほっつき歩くんじゃねえよ!」

 怒号が背後から飛んできて、振り返ると、買い物袋を提げたテツオさんが大股で歩いてきた。そういえばテツオさんに飲み物買ってもらってたの忘れてたな。

「あっ、すみません、干潮で橋の下が歩けるようになっていたので行ってみたくなっちゃって」

「ガキかよ……せめて俺がもどってくるまで待てや……」

 テツオさんはため息をついて、頼んだサイダーを差し出してくれた。テツオさんはお茶を持っている。

 昔から変わらぬ海の姿に比べて、人の世は虚しい泡沫夢幻よ、と海出身の同胞の言葉が急に脳裏をよぎった。

 サイダーを乾いた喉に流し込む。

 ヒリヒリするくらいに強い炭酸は、すぐに喉元を通りすぎて胃のなかにおさまってしまう。……でもだからといって、これが虚しいということにはならないはずだ。たぶん。

「テツオさんも一緒に江ノ島まで歩いてみましょう!」

「えっ、嫌だ、そもそもいきなりお前に拉致られたから海歩く靴じゃウワアアー足が早え!!」 

 潮は、まだまだ引いたまま。歩いても走っても、向こう岸にたどり着くまでには十分時間がある。

 海が満ちる時間になる前に、何故か無性にこの人と有限の砂浜を歩いてみたくなった。

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