冬至 イエロー・サブマリン

 幸せに満たされた腹に、淹れたての珈琲を流し込む。


 『パンデミミック』騒動はザッハの想定以上に星界を混乱させた。だが知ったことではない。物語はどこにでも存在する。星の数ほどに。

 木枯らしが吹き付ける窓の外は、蓄音機のスピーカーからビートルズの『イエロー・サブマリン』が揺蕩うこの部屋とは別の世界なのだ。


 何もかもが流行り廃れ、栄枯盛衰を繰り返すこの星界で、俺は与えられた役割を演じるだけ。参謀ザッハが練り上げた物語シナリオが滞りなく展開してゆくよう振る舞い、星界の人々を扇動し、ほとぼりが冷めるまで水面下に潜る。


 俺たちは常にあの太陽を目指しているのだと謡い、実際は近づきつつ離れつつを繰り返し周遊しているに過ぎない。

 それもこれも変化を生むため。変化のない世界は既に破滅している。前に進むために必要なのは、一つのゴールではなく、度々浮上する希望だ。


 それも、ほんの少し手を伸ばせば届きそうな希望。


 俺たちは星界の人々に不安や夢を見せ、掴み取れる希望を用意する。誰かが持ちうるものを羨ましがる心理を利用し、この星界の虚構けいざいを回し続ける。

 目立つ舞台で仮面を被って台詞を吐き、ヴェールを被せた『オブラート星策』を滞りなく遂行するのだ。


 そうしたことは陰謀だろうか。俺たちにとっては正義だが。

 いや、そんな大それたことではなく、ただ単純に、そういうシステムなのだ。このクダラナイ現実を際どいバランスで保つための。


 誰もが虚構の歯車。


 己もそうした創作話ホラバナシの一部だと知っていながら適当に生きていくか、知らずに煽られながら転がされ続けるか、という違いがあるだけで。




『塵リリリリリリリリリリイリリ入りりりリリリィin』


 けたたましい黒電話の音にドキリとする。ここにかけてくるのはトルテだけだ。


『スコーン、元気か? 早速だが次の星策が固まりつつある。名付けてWORK-T INJECTION PROJECT。で、また一つ頼みたいんだ。ちょっと出てこられるか?』

「ああ、わかった」

『お前ほどの役者はいないからな。頼りにしてるよ。じゃあ、いつもの場所で。ガチャン、ツーツー』


 そういうことだ。忙しなく切られた回線の余韻を放り出し、風向きの変わった外界を丸窓から眺めた。


 そろそろ浮上する時らしい。




   §




 角度を変えて眺めると真実が見えるかもしれん。しかし胡乱な現実が必要とし受け入れてゆくのは、わかりやすい虚構だったりする。



 それはそうと、湯船に浮かべる柚子の果実がイエロー・サブマリンに見えるのは、ワシだけじゃろうか。

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