寒露 魅惑のボーイソプラノ

「……我々人間が、AIに洗脳されている、か」

 尻すぼみになったスコーンを一瞥し、ザッハがため息交じりに、しかしハッキリと言葉を繋いだ。


 そういえばマリー・トツォ自身も、AIがデザインしたボーカロイドだ。


 風に揺れるエキゾチックなローブのフードから、粉雪のように繊細な頬とミルクティのような甘やかで柔らかそうな髪が見え隠れする。特徴的な造形アイコニック中性的な風貌ミステリアス。ハープを手に世界を巡る旅人のボーイソプラノは、老若男女を魅了してやまない。


 あの甘い旋律バイラスが……まさか。


「それが……感応者の中にはメディアに深く没入し、帰らぬ人となった者も少なくはないのです」




   §




 バイラスもまた伝播の担い手。

 情報を継代する独自の仕組みを持っておる。その情報を解きほぐし増殖させるに相応しい宿主とマッチングすれば、爆発的にその存在感を増し、世界を覆い尽くす。


 ファッションや流行語でも、発案者や作り手がいて、火付け役がいて、変化に敏感なものが共鳴し、それに倣う者が増え、感受性の低かった者を残して浸透する。

 流行とはそのように様々な担い手によって皆で創り上げてゆくものなのじゃ。


 己にその意識があろうとなかろうと。

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