第48話


空の宮殿に戻り、堅苦しい服からやっと解放されて、そのまま自分にあてがわれた部屋に戻り──一晩明けて。


相変わらず静まり返っている白亜の宮殿を、俺は黒猫と共に散歩していた。


あちこちに淡い気配は感じるが、ほとんどがイム将軍みたいな半獣半神の聖獣とからしく、人間はかなり少ない。


彼らは皆一様に、俺に出会うとかしこまってしまう。


何かしら仕事中の彼らを邪魔しないために、気配を感じられない方へと進んでいくと、屋根のない広い場所に出た。


屋根どころか、床もない。


円の形で空いた空間に、風がゆっくり渦巻いて、下の緑の森が見下ろせる。


いかにも、昇り降りに使ってそうな場所で、俺は感心した。


これはアレか。風のエレベーター的な?


下を覗き込む。


地上からかなり高さがあるのがわかり、肝が冷えた。


どうやって降りるんだ?


「……ニャ?」


下をじっと覗き込む俺の顔を、黒猫が見上げてくる。


「見てるだけだから。──あの風って乗れるのかな」


誰か上って来ないかな、としばらく眺めていたが、変化はなかった。


飽きたので、またウロウロし始める。


離れた通路から、呼ぶ声がした。


「……リューキ?」


キラキラじゃなく普通の騎士服の山河が、あきれ顔でやってきて、俺の腕をつかむ。


「朝メシも食わないで……」


言われてみれば、食べてない。


「腹が減ってないから気づかなかった」


ニャーと黒猫が鳴く。


自室まで戻り、用意されてた朝メシをいただく。


今日は、どうするんだろう。


「ヒマ……」


ついつぶやくと、山河は苦笑する。


「オヤジと母さんは?」


「陛下はお仕事。エリ様は……リューキの服を用意させてる」


ウソだろ。


衣装部屋に山とあった服やら何やらを思い出し、寒気がしてきた。


「昨日いっぱい着せられただろっ、まだ何か用意すんのか!?」


「ニャー!」


黒猫も同意してくれる。


「作るのが趣味みたいだからな……リューキも諦めた方が」


「……止めてくる!」


また、延々と着替えさせられる恐怖を思い出し、俺は母さんのいそうな部屋へ向かった。


黒猫も山河もついてくる。


気配を頼りに薄いカーテンをくぐると、広すぎる部屋いっぱいに、様々なものがあふれていた。


棒に巻かれた様々な色の布から、繭みたいに丸い生糸、宝石の詰まったたくさんの箱、母さんを真ん中に集まっているメイドさん達──。


母さんが俺に気づき、嬉しそうに手を伸ばしてくる。


「おはよう、リューキ」


「おはよう──じゃなくて!」


「翡翠蝶々の鱗粉をもらったの。糸に使うか生地に織り込むか迷っていてね……」


母さんの手元に、きれいな小箱に入った、翡翠色の細すぎる輝きがある。


小箱の蓋には宝石のような翡翠色の蝶々がとまり、ハタハタと優雅に羽根を動かしていた。その羽根からキラキラと鱗粉が舞い落ちる。


わずかな風でも起こしたら飛び散ってしまいそうで、思わず口を閉ざす。


ヒラリと、開け放した窓から他の蝶々も入ってきて、嬉しそうに母さんの周囲を飛び回る。


黒猫がピクピクとヒゲを震わせた。


次に青い羽の小鳥が飛んできて、咥えていた花弁をポトリと落とした。


メイドさんがそうっと拾う。


鮮やかな青い花。


「まあ、これは……瑠璃彩香ですわ。妃殿下」


そうやって次々と小動物や、または風の精霊達が珍しい材料を運んでくるので、俺が口をはさむ隙間がなかった。


母さんもメイドさん達もとっても楽しげで。


……とぼとぼと、自室に戻る。


「ニャー……」


「ミューレイも参加してきていいぞ……女子はキラキラ、好きだよなぁ……」


「ニャッ」


戦う前から敗北した感が。


結局部屋に戻り、ソファーに寝っ転がったところで、本格的にヒマになった。


ヒマになると、考えてしまう。


本気で怒ったり心配してくれた、面倒見のいいアイスブルーの眼を。


……五日後に、会えるのか。


寝転がって見上げた窓からの空の色が、ちょうど同じ色合いに見えた。







──五日後に何が起きるかなんて、全く予想もしなかった。




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