第47話
──夕暮れ時。
空に浮かぶ白亜の宮殿に、夜の精霊達が集まってくる頃。
必要以上に着せ替え人形にされて、俺はぐったりと長椅子に潰れていた。
被害は何故かミューレイにまで及び、衝立の向こうから可哀想な悲鳴が漏れてくる。
正式な騎士服を着た山河は、髪まで丁寧に整えられ腰に剣までさげ、メイドさん達の視線を集めまくって、俺の横で立っている。
暗い青色の生地に、裾に銀糸のような刺繍がされた騎士服の上に、同じ色合いの青いサーコート? を着込んで、肩には銀色の薄い金属みたいな鎧みたいな……とにかく無駄に似合っている。
オヤジは暗い緑色の服で、飾りは金。騎士服よりは派手なボタンや袖がつき、立ち襟には宝石が縫い付けられ、真っ白な毛皮のマントを無造作に羽織り……いかにも王者然としている。
着慣れてるのはおかしい、絶対。
「もう……ムリですにゃ……王妃さま、勘弁にゃー……」
「まだ20着目よ? ……仕方ないわね、時間だし。これにしましょうか」
ようやく決まったらしいミューレイが、母さんの後からよろよろと歩いて出てきた。
母さんは真っ白なしとやかなドレスで、オヤジとお揃いの白い毛皮のマント。金色の髪はゆるく結い上げられ、オヤジが見惚れていた。
ミューレイは、淡い紫色の膝丈の可愛いドレスで、黒髪は片側で花と一緒に編み込まれ、ちょっと化粧もされたようだ。淡いピンクの唇がツヤツヤしてる。
「可愛いでしょう?」
母さんが満足したようにミューレイを眺める。
うんうんとうなずくと、ミューレイはかあっと赤くなる。
それから、チラッと何度も俺を見た。
俺だけ、変なんだな、きっと。
ため息をついて、40回くらい着替えさせられ、最終的に落ち着いた服を眺める。
紫紺色、暗い紫色? の生地は光が当たると金色に光る不思議なベルベット風の服で、やはり裾に金色の装飾が縫われ、袖や襟に琥珀色の宝石がつき、上に淡い紫の毛皮のマント──派手すぎて恥ずかしすぎて死ねる……。
全員、着替え終わったのを確かめ、オヤジが立ち上がる。
「さて。じゃあ行くか」
「ええ」
オヤジの腕に、母さんが腕をからめる。まるで、映画か何かのワンシーンみたいな両親は、王様とお后様にしか見えない。
「リューキ、置いて行かれるぞ」
ぐったりしている俺の肘を掴み、山河は後ろから俺を支え歩かせる。
ミューレイがあたふたと後に続く。
途中、すれ違う兵士やメイドさん達に見送られながら、外縁まで出てくると、青い騎士服姿のイム将軍と、シーシアさんが待っていた。
「おー、皆様お似合いですね! ちゃんと陛下に見えますよ! リューイ陛下」
「当たり前だ、エリの見立てだぞ!」
シーシアさんも目を輝かせて、俺達を見詰めた。
離れて何人か、騎士服の人達も俺達を見守っている。
「イム、頼む」
オヤジが一言いうと、将軍はうやうやしく一礼し、その場で姿を変えた。
青い輝きに包まれて、バサりと翼がひろがり青い毛並みがきらめき、現れたのは馬だ。
翼の生えた青い馬──普通の馬より一回りでかい。
目を丸くしていると、山河が教えてくれる。
「
周りの騎士達も、次々と翼馬に変身した。
荒々しいその姿は神聖で格好いい。
「乗ってくぞ。リューキは、彼女と一緒にな」
乗るのか、これに!
近くに寄ってきたひとり? が前脚の膝を折り、俺の体にそっと頭を寄せる。
1回馬には乗ったけど、多分乗れるけど……恐る恐るまたがると不思議と暖かい。
続けて、ミューレイは身軽にひょいっと俺の後ろに、横向きに座った。
「リューキ、背中」
伸ばせと山河が注意してきたが、立ち上がった翼馬の上は高い。しかも、どこに掴まればいいのかわからん。
「毛皮つかんで平気だから。落とされないから大丈夫」
なんとか俺が姿勢よくなると、山河も別の翼馬にまたがった。
「行くぞー」
オヤジが号令を出す。
ふわりと浮かんだと思ったら、もう空の上にいた。
輝きはじめた星で視界が埋まり、夕闇のオレンジ色と青い闇が足下にひろがり、雄大な景色が一望できる。
不思議と、風も感じず暖かいままだ。
前方にオヤジと母さんが乗るイム将軍の姿が見えた。
首をひねればわりとそばに、山河がついてきている。
こんな、着替えまでして、いったいどこに向かってるんだ?
疑問はすぐに解消された。
自然の森や平原を抜けた先に、ちらほらと灯りが見えはじめ、低い山を越えた先に大きな川が流れ、その先に見えてきた城壁。
いくつも高い壁を作り囲んだその奥に、きらびやかな城がそびえている。
四角い塔が均等に配置された、頑丈そうな城。
その正面の巨大な門の前に、翼馬は降り立った。
空から降ってきた俺達に、鎧姿の兵士達が呆然としている。
「リューキ達は、降りないように」
後ろから小さく呟かれ、うなずく。
オヤジだけが地面に降りたつと、我に返ったように兵士達が槍を向けてきた。
「なっ、何者──」
「セトレアの王が来たと、伝えろ」
オヤジはにこやかに話しかけてるが、兵士達はガクガク震えている。
「セト……っ!?」
奥の兵士の一人が、慌てて走っていった。
イム将軍が翼を一振りすると、突然突風が生まれて城門が吹き飛ばされた。
巻き込まれ転倒する兵士達は、驚愕の表情だ。俺も、顔が引き攣りそうだ。
当然のように将軍の背中に戻り、城内に踏み込むオヤジ。
騎乗のまま奥に進む俺達に、何事かと集まる人々の視線。
兵士達が次々と駆け寄ってくるが、イム将軍の迫力とオヤジや母さんの姿を目にすると、ただ目で追うのみで、タジタジとなっている。
やがて、大勢の注目を集め引き連れたまま、中庭のような広場に辿り付く。
ちょうどその場へ、身分の高そうな男が二人、急ぎ足で現れた。
彼らは俺達の姿を目にした途端、たいそう驚いて、その場で固まってしまった。
オヤジが地面に降りる。
「よう、16年振りか……ロアヒム?」
「っ、……なっ……リューイ様……っ!? え、エーリリテ様までっ?」
幽霊でも目撃したような反応だ。
40近いおっさんは、銅色のゴワゴワした髪と、ヒゲを生やしている。
「太ったなぁ、お前」
「っ」
ワナワナと、ロアヒムと呼ばれたおっさんは震えた。
「なっ、なぜ……わざわざここに?」
「ちょっと話しがあってな。10年以上も時間が経てば仕方ないが……セトレアに関わるなって、それだけは守れと約束させた記憶があるんだが」
周囲の人々がしんと静まり、成り行きを見守る中、話が進む。
ロアヒムは、ブンブンと首肯した。
「したとも! 我々はいっさい、精霊や神々に手は出さん! 大国とは違う!」
「じゃあなんで、オレの息子が誘拐され、監禁され、皇帝に献上品にされそうになったんだ?」
おっさんも、周囲の人々も青ざめた。
ここでその話が出るのかと、俺もびっくりした。
笑っているが、オヤジは周りに威圧感を与えている。
「だっ……誰がそんな恐ろしいことを! いや──西国の首都が壊滅したと……まさかっ!」
問う眼差しに、オヤジはため息をつく。
「お前が知らないってことは、西の独断か。息子が──リューキが止めなかったら、西は本当に壊滅してたぞ?」
言いながらオヤジは俺を振り向く。
たくさんの視線が俺に集中した。
わざとかオヤジ! 名前で呼ぶとか!
おっさんは俺を眺め、少し懐かしそうな表情になった。
「おお……成長されて。……もう16年ですか……」
ちょっとだけ、張り詰めていた空気がなごむ。
だがすぐに、その顔が引き締まった。背後に控えていた部下達に、何やら目配せをする。
「知らぬ間に西が暴挙に出たこと、心よりお詫びを申し上げます。つきましては早急に経緯を調べ──」
「いや、時間かかるから面倒はいらん。ただ」
おっさんが何か言うのを遮って、オヤジは母さんを見上げた。
母さんが、うなずく。
「関わらなければ平気だと思ってたが、それだと人間は、時間が経つと忘れるからな。セトレアを忘れないために、何か機会が必要だろう?」
「機会、ですか……?」
オヤジは、ニヤリと笑った。
「精霊や神々の姿が、見れる場が必要だ。おとぎ話なんかじゃなく、実際に存在するんだと。手を出してはならないと理解させる場がな。だから──祭りを開け」
おっさんは、聞きながら悟ったらしく、関心したように目を輝かせた。
「時々でいいし場所はどこでもかまわん。誰でも参加できるように」
「それは素晴らしい! ぜひ、ここで! 毎年」
ざわざわと周りの人々も騒ぎ出す。なんでか、みんな嬉しそうに。
「すぐに準備させます! 5日……5日ください! 各国にも報せますので!」
「任せる。それと西は今回、必ず参加させろ。ギルドとかの、色付き達もだ」
「うけたまわりました!」
オヤジに頭を下げるおっさんにならい、周りの人々も頭を下げた。
「では、5日後に」
ヒラリとイム将軍にまたがり、イム将軍はそのまま翼をひろげ、中庭の空に浮かぶ。
俺の乗った翼馬も他の翼馬も、後に続く。
あっという間に夜空を駆け、飛んできた空を戻る。
結局、あのおっさんに話をつけに来たってことだよな。
堅苦しい服のせいか、知らない場所に出向いたせいか、疲れを感じた。
前を飛ぶイム将軍の背中で、両親は仲睦まじく何か話してる。
俺は、ちょっとぼうっとその様子を眺め。
翼馬が少し高度を上げた瞬間、手がずるっと滑った。
「っ」
「にゃっ?」
後ろに座っていたミューレイに、背中がぶつかる。
ずり落ちかけた俺を慌てて支えてくれて、ミューレイが叫ぶ。
「王子様っ!」
「ごめ」
乗せてくれてる翼馬がチラリと振り向き、心配そうに見てきた。
「大丈夫……ごめん」
空の上にいるって事が頭からとんでいた。
夜空で辺りが真っ暗なせいか。
「リューキ?」
すぐ後ろにいた山河から、心配げな声がかかるのに首を横に振り、しっかりと掴まり直す。
「あぶないから、さ、支えてますねっ」
遠慮がちに後ろから声がかかり、腰にするりとミューレイの腕が回った。
ほっそりして暖かい腕のぬくもりに、不意打ちをくらう。
背中にやわらかな感触がぴったりと──。
うわ。
なんだ、この気持ち良さ。
「………」
夜で良かった。
きっと、今の俺は真っ赤になってただろうから。
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